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二つの長者大戦 02

 むぐむぐむぐむぐ……。

 細い路地に放置された古い水瓶に座って、健乃はおにぎりを食べている。本来はお昼ご飯として持たされたものだが、団子を奢ってもらったので手を付けていなかったのだ。

 一文の路銀もない一人と一匹にとっては、まさしく不幸中の幸いである。

 というか、路銀も持たずに旅をしようという発想がそもそもの誤りである。

「それにしても弱ったな」

 アテの外れたタニシの表情は渋い。

 彼としては、座敷童子という名前を出しただけで狂喜乱舞して鯛の尾頭付きを献上されると思っていただけに、まさか路地裏で冷めたおにぎりを頬張ることになるとは予想外だ。

「本来なら今頃は芸者をはべらせて山海の珍味を味わっているところだったというのに」

 捕らぬ狸の何とやらというか、海に狸を捕りに行くレベルのガバガバ計画というのが問題である。

「おにぎり、おいしいよ?」

「それは良かったな」

「全部で三個もあるよ」

「それは幸せだな」

「タニシは食べないの?」

「残ったご飯粒でも貰えれば十分だ」

「そうなんだ」

 むぐむぐむぐ……。

「なら、ワシに一つ貰えんかね?」

 不意に老人が横から声をかける。

 夕暮れ間近な路地裏、泊る宿のない幼女、一見無害そうな笑顔で声をかける老紳士。

 これはいけない。

「幼女趣味の変質者かな?」

「いやいや」

 タニシの素直すぎる指摘を、老人は笑顔で否定する。

「ということは、人さらいだな」

「いやまさか。ワシはその美味しそうなおにぎりが欲しいだけじゃ」

「つまり乞食かっ」

「いやまぁ、もうそれでいいか」

 歳を取るということは妥協するということである。

「ということだがやっちゃん、おにぎりを恵んでやるか? 嫌なら足の小指を思い切り踏んづけてから逃げるんだぞ」

「物騒な助言しないでくださらんか」

「ふむ、ご老体だけに骨が砕けて歩けなくなるかもしれんな。それは確かに気の毒だ」

「確かに治りは遅いが、まだ寝たきりになるつもりはないぞ」

 ちなみに、そんな状態になってもタニシよりは速く動ける。

 人間て凄いね。

「ん」

 やや呆れ顔で小さな溜め息を吐く老人に、相変わらず口をむぐむぐと動かしながらの健乃が手に持っていたおにぎりを差し出す。白いご飯を塩で握った簡素なおにぎりだ。具は狸お手製の梅干しらしい。

「いただけるのかい。こりゃありがとさん」

「ん」

 口をむぐむぐしながら頷く。

「うん、いい塩梅だ」

 隣の水瓶に座り、老人もおにぎりを頬張る。

「ところでご老人、アンタも宿無しかい?」

「どうしてそう思う?」

「いや、おにぎりを食べる金もないんだから、てっきり仲間かと思っただけなんだが」

「ワシの恰好を見なされ」

 言われて改めて観察してみると、老人の服装は簡素ではあるものの綻びや繕いの跡は一つもない。新品同様の衣装だ。汚れているようにも見えないし悪臭が漂ってきたりもしない。

 ついでに言えば薄くなっているとはいえ髪は綺麗に結い上げられているし、髭も手入れされておりボサボサではない。

 つまるところ、極めて身綺麗だ。

「なるほど」

「わかっていただけたかな?」

「金をかけるところを間違っておにぎりが買えなくなったんだな」

「うん、違うぞ」

「となると、それは服ではなく皮膚なのか?」

「どうしてそうなる」

「いや、ウチらのおにぎりを恵んでもらうという相手なら、どう考えても地べたを這いずって生きてるくらいの人でないと辻褄が合わないというか」

「お主ら、そんな悲惨なのか?」

「いや、一文無しなだけだ」

 十分悲惨である。

「まぁそれなら――」

 老紳士は水瓶から腰を上げ、背中を見せる。

「泊まる場所くらいはワシが用意してやろう」

「え、いいのか、ご老人?」

「いいともさ。おにぎりを馳走になった礼もせねばならんしの」

「そりゃありがたい。この時期の夜は結構冷えるからな。布団がないのはともかく、屋根も壁もない場所で寝るには不安があったところだ。明け方のカラスも危険だしな」

 タニシだからね。

「それは困る」

「うむ、そうだろうそうだろう」

「非常食がなくなる」

「せめて道案内と言え!」

 道案内というより旅の目的そのものなんですが。

「若いもんは賑やかでいいのぅ。ホレ、しっかりついてくるんじゃぞ?」

「ありがとよ、ご老人」

「うん、ありがと」

 一つ残ったおにぎりを包み直して懐に仕舞い、いつも通りにタニシを頭に乗せたまま健乃は曲がった背中を追いかける。

 路地を抜け、角を曲がり、ゆっくりとした足取りで歩いていく。

「ところでご老人は、どんな小屋に住んでいるんだ?」

 相変わらずホームレスか何かだと思っているようである。

「なに、大した小屋じゃない。取柄は大きいことくらいだ。正直、この歳になると広すぎて不便なところさ」

「へぇ」

「着いたぞ、ここじゃ」

「え、もう?」

 あまり近さに驚きながら見上げると、そこには大きな金色の文字が並んでいる。

「わ」

「ら」

「し」

「べ?」

 交互に読んでしまうのは多分、近くで見ると大きすぎるからである。


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