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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
日常Ⅱ
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92.禍福の日々Ⅲ

その奇襲が仮に前後左右、あるいは上であればもっと事前に察知できただろう。

音や視線や殺気や気配など、あらゆる情報がそのヒントとなる。

だが、それは『下』から来た。


まず、マンホールが高く弾き飛ばされた。

前触れもなく轟音と共に、周囲のいかなる建物よりも高く舞う。


瞬間的に少年は下を見た、蹴り上げた犯人はそこにいるはずだ。

祓打は反射的に上を見た、高速で動いたものを視線が追った。

向かう視線の方向差は二人の戦闘経験の差だったが、今回は祓打が正解だった。


浮かぶ円状の鉄に、隠れるように何かが居た。

形としては四足の獣、走るために特化した流線型は白犬のようでもあり白狐のようでもあった。

中空にてその円鉄を蹴って方向を調整、落下しながらの襲撃を行った。


「ほう」


祓打は感心した。

無駄のない綺麗な動きだった。

伸びる爪が彼自身へと向けられていることなど意識の外。

手に持つデッキブラシで防御することなく、ただその動きの素晴らしさを認める。


「――ッッ!!」


見えない巨大ハンマーが振りぬかれたかのように、途中で真横へ弾かれた様子もよくわかった。


ヤマシタさんによる音の衝撃波。

上方の蹴る音を捉え、早撃ちのように生体魔力を消費し放ったものだった。

それは敵を直撃し、生々しく湿った音をさせて壁面へと叩きつけたが、少年の内部は焦りで埋め尽くされた。


――どうする、どうする、どうする!?


逃げることも戦うことも難しい、先ほどの様子を見れば祓打が戦闘を得意としていないこともわかる。

魔力とて無限ではない、特に攻撃力を発揮できるほどのものとなるとその残弾は限られている。

そして、敵はまったくあきらめた様子がない。


重力を無視して、壁面にて体勢を反転。

ぎろりと攻撃を仕掛けた少年を睨みつける。

凶悪な白が、汚れて暗い町並みを獣の形に切り取る。


それに対して祓打は、落ち着き払った様子で指を突きつけた。


「夜間の騒動は他の人の迷惑だ、やめるように」

「そのような状況ではないのではないだろうか!?」


どうやら変な奴だとようやく少年は気がついた。


「ふむ困った――たしかにこのままでは殺されてしまうことになる」

「そうだ、だからこそ――」

「ここで死んでは掃除ができない」

「どれだけ掃除を好んでいるのか!?」

「むろん、真に掃除したい個所はここではなく別だ」

「そ、そこは拙者の仲間が破壊してしまったと思う……」

「な、『――』へ戻る方法があったと!?」

「上手く聞き取れぬが、おそらく違う」

「では、どこを?」


おまえの家、今頃瓦礫。などの端的な説明をすることはできなかった。


壁を駆け下り、ふたたび襲撃が仕掛けられた。

白い獣は吠えず、騒がず、地面を蹴り立てる音すらさせず、無音のまま接近する。


「野犬か」

「違う」

「野良犬と言うべきだった」

「それも違う!?」


間違いなくその白獣は『未誕英雄』だ。

あれほどの勢いで壁面に叩きつけられたにも関わらず、骨折どころか傷のひとつもついた様子がない。

ただの獣であるはずがなかった。


「避けろッ!」


位置関係としては、左右に壁として建物があり、少年の前に祓打がおり、そのさらに向こうに襲撃者がいる。

ヤマシタさんは固定砲台としては機能するが、即座に動くことはできない。

どうやら今はヤマシタさんの側を狙っているようだが、途中にいる者を無視するとは思えない。


「む――」


だが祓打はデッキブラシを持ち直し、振りかぶり、白い獣をぱこーんと吹き飛ばした。

ちょうどゴルフスイングの要領で振り抜かれたそれは、獣の顎をかち上げ、宙へと放り上げた。


「……は?」

「おまえの動きはとても読みやすい――きれいに整理された合理的なものだ」


混乱しながらも、少年は再び衝撃波を放つ。

体内にて循環させた魔力を口より放ち、同期させるように鈴の音を合わせ、螺旋状に白い影を貫き吹き飛ばす。


あっけなく、なんの防御態勢も取らず、再び敵は壁へと叩きつけられた。


「……弱い?」


半信半疑に、そうつぶやく。

移動速度は早く、無音移動も大したものだが、それだけだった。

祓打の攻撃――明らかに戦闘としては役に立たない動作が、十分すぎるほど機能していた。


まさか、という思いがあった。

敵に回せば厄介なのが『未誕英雄』というものだ。

乱闘や無差別の襲撃が横行しないのも、誰がどのような能力を持つかわからず、返り討ちにある可能性があるからこそだ。


迷い混乱する最中にも敵は来る。

三度、やはり前と変わらない速度と勢いで来た。

祓打がスイングし、ヤマシタさんが吹き飛ばす。

今度は殺傷の可能性すらあるものを放ったが、やはり前のなぞり直しにしかならなかった。


「諦めぬ姿勢はすばらしい。だが一体なぜ我々を襲うのか……腹を空かしているのか?」

「拙者の見るところ、あれもまた未誕英雄であると思う」

「そうか――なにか不満があれば窓口にて受け付ける、今は時間営業外なので対応ができない」


白い獣は答えることはなく、攻撃が堪えた様子もまたなかった。

無為無策とも思える突進を繰り返す。

無音のまま、無言のまま、白い姿がやってくる。

ただ――二人の体力と魔力だけが減っていく。


それは一種の悪夢だった。

どれほどの攻撃を行おうとも通用しない。

最初と同じ速度と勢いで迫り来る。白い影が喉笛を狙う。


敵の弱さによって生まれた安心は、敵の不気味さによって不安へと塗り替えらようとしていた。


「――」


じり貧だった。

もうそろそろ限界が近い。何か別の手を打たなければならない。

だが、どうすればいいのか?

逃げることは選択肢から外す必要があった。今背負っている委員長は、少年以外の人間が運べば、もれなく破滅と破損と不運がセットで襲ってくる。

ならば委員長に頼るのか?

それは敵が強いからと悪魔に頼みごとをするようなものだ、なにが起こるのかまるでわからないが少年にとって不都合なことが起きるとは確信できる。

だとすれば――


「委員長殿、すまぬ、しばらくここで待っていて欲しい」


少年自身が自在に戦うしかなかった。

着膨れした少女を壁面近くに置いた。


幸いなことに敵は一匹、下手を打たなければ彼女が被害に会うことはない。

敵を捉えて叩きのめせばいい。


急速に背丈が縮まる、スカートのように着ていた布が解け、その中から猫が現れる。

祓打が弱くなるのは不合理では? とつぶやいていたように思ったが、それは猫の強さを知らぬからに違いない。


あちらは獣、こちらも獣、負ける道理など、どこにもない。


白い獣が立ち止まり、こちらを見つめる。

睨み返した。

わずかに視線の角度が異なっていることに、遅れで気づく。


その獣は、笑っていた。

ものを言わず、吠えることもなく、襲撃のみを行っていたそれは、歯茎をむき出しにし、泥酔したかのように目元をゆるませ、喉奥で呻くように笑った。


弾かれたように振り返る。

白い獣の視線の向かう先だ。

うっすらと、委員長の目が開いていた。

熱にうなされた、明らかに事態を理解していない表情。


委員長を安全な場所へと置き、敵へと立ち向かう。ヤマシタさんが行おうとしていることはそれだった。

だがそれは――置き去りにして立ち去ろうとする姿にも、場合によっては見える。実際、彼女からはそう見えてしまった。


「ッッ!」


全身の毛が逆立った。

全ての行動を一度に行う。

寸毫にも躊躇せず実行した。


爆発的に――黒い領域が広がった。


残った魔力を消費して祓打を吹き飛ばし、それに追いつくかのような速度で駆ける。

そんな二人の様子など知ったことがないかのように、白い獣は歓喜を変えず、むしろ増大させながら突進した。


まだらの猫と白い獣は交差し、そのまま正反対へと駆け抜ける。

膨張する黒は、白だけを飲み込んだ。

無音のまま、崩壊が乱舞する。


その夜、寂れた地域の一角に、クレーターがもう一つ出来上がった。

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