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プロジェクト・アマテラス《三貴機神再生計画》  作者: 狐月華
4. 美咲《ミッシング・リンク》
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第55話 因果の外側

 小田桐に促され、ヴァンガード隊の面々と美桜は、司令室奥に設けられたブリーフィングスペースへと移動した。

 足音が、やけに重く響く。誰も口を開かない。


 整然と並ぶ椅子に、それぞれが腰を下ろしていく。

 だが、その動作には普段のような余裕はない。背もたれに身体を預ける者は一人もおらず、誰もが無意識に前傾姿勢を取っていた。


 空気が張り詰めている。

 言葉ではなく、沈黙そのものが圧力となって場を満たしていた。


 正面――小田桐が、静かに席に着く。


 薄暗く抑えられた室内。

 天井灯は最低限に絞られ、コンソールの表示光だけが淡く浮かび上がっている。


 その中で、指先が動く。

 カチ、という小さな操作音。それが、不自然なほど大きく響いた。

 やがて――正面の大型モニターが、ゆっくりと光を帯びる。


 暗転していた画面に、像が浮かび上がる。

 それは――

 ニックが先ほどハンガーで目にした、あの映像だった。


 カルナ・フロラ上空。


 大気を巻き上げるように形成された、黒い渦。

 雲ではない。煙でもない。質量を持った何かが、空そのものを侵食するように渦巻いている。

 その内部を、無数の影が飛び交う。


 飛行型サーヴィター。

 個としての輪郭を保ちながら、それでいて群体のように絡み合い、流動し、ひとつの()として空を覆っている。


 その中心に――異質な色があった。


 黒く渦巻く塊のただ中で、ただ一点だけ、濁りのない赤が浮かび上がっている。

 周囲の闇とは明らかに性質を異にするその光は、溶け合うことなく、むしろ境界を際立たせるように存在していた。


 やがて、その輪郭が、わずかに形を結ぶ。羽根だった。

 左右に広がるそれは、人の形をなぞるように配置されている。

 だが、その均整はどこか歪で、生物としての整合性を欠いている。


 人型に近い。

 しかし、人間ではない。

 その存在は、既存のどの分類にも収まらないまま――ただ()()()()()という事実だけで、見る者の認識を拒絶していた。


 誰も、言葉を発しない。一度見たはずの光景。

 だが改めて突きつけられることで、その異常性はむしろ強く際立っていた。


 視線が、画面に縫い付けられる。誰一人として、目を逸らせない。

 やがて――小田桐が、静かに口を開いた。


「これは、先ほどハンガーで映し出された映像を録画したものだ」


 抑揚のない声。だが、その一音一音は、はっきりと空間に沈み込む。

 視線が、わずかに横へ流れる。


「藤堂」


 名を呼ぶ。


「お前が見た映像と――同一のものだ」


 確認するように続ける。


「そうだな」


 その一言が落ちた瞬間、室内の空気が、さらに一段沈んだ。誰も動かない。誰も、余計な音を立てない。

 一瞬の間。


「……ああ」


 藤堂が、低く応じる。短い。だが、その肯定には曖昧さがなかった。視線は、モニターから外れない。まばたきすら、忘れたかのように。


 映像が、続く。黒い渦が、さらに膨れ上がる。


 大気を巻き込み、空そのものを歪めるように広がっていくそれは、もはや()()()()()()というより、一つの()()()()()()()()のようだった。


 そして――ゆっくりと、動き出す。


 渦の根元、カルナ・フロラと接続していたはずの()()が、わずかにずれる。

 引き剥がされるように、滑るように西へ……画面上の座標が、静かに移動していく。


 屋島。


 その上空へと、差し掛かった瞬間――光。閃光だった。白が、すべてを塗り潰す。

 輪郭が消える。空も、渦も、存在そのものが、一瞬で焼き飛ばされたかのように消失する。


「……ッ」


 誰かが、息を呑む。

 その反応が、言葉になる前に――小田桐の指が動いた。

 映像が、停止する。唐突な静止。画面には、爆発の()()が切り取られていた。


 膨張しきった光の輪郭だけが、不自然なほど鮮明に凍り付いている。音も、動きもない。ただ、破滅の寸前だけが、永遠に引き延ばされている。


 静寂が落ちる。

 その沈黙は、先ほどまでのものとは質が違っていた。理解が追いつかないことで生まれる、空白に近い沈黙だった。


 反応は、遅れて現れる。

 佐伯の眉間に、深い皺が刻まれる。加納の手が、無意識に握り込まれる。関節が白く浮き上がるほどに。

 そして――美桜。

 その瞳は、大きく見開かれていた。


 瞬きが止まっている。呼吸すら、浅い。

 何かを理解しかけて、しかし届かない。その寸前で、思考が立ち止まっている。言葉が出ない。やがて――


「……飛行型サーヴィターにより、ミサイルが誘導された……ということか?」


 佐伯が、慎重に口を開いた。

 断定ではない。だが、ただの推測でもない。

 この異常な現象に、何とか論理を与えようとする意志だった。


 しかし――小田桐は、ゆっくりと首を横に振る。迷いのない動き。


「それは違うだろう」


 即答だった。


 否定に、躊躇がない。室内の視線が、一斉に集まる。小田桐は、そのすべてを受け止めたまま、続ける。


「カルナ・サーヴィターの目的は、一つだ」


 淡々とした声音。

 だが、その言葉には、既に結論が含まれていた。


「カルナ落下地点に存在するカルナ・フロラを護ること。それ以外にはない」


 言い切る。

 仮定ではない。観測でもない。

 断定だった。


「飛行型サーヴィターは、ミサイルに干渉した。カルナ落下地点へ到達させないために」


 一拍。


「結果として――軌道が変わった」


 わずかな間。視線が、再びモニターへと向く。


「その帰結が、これだ」


 凍り付いた閃光を示す。


「偶然、屋島へ落下した」


 静かに、結論が置かれる。

 だが――


「……偶然、やって?」


 ニックの声が、低く落ちた。納得ではない。拒絶に近い響きだった。

 こんなものが、偶然で片付くはずがない。


 だが、小田桐は応じない。

 ただ、ゆっくりと――眼鏡の位置を、指先で整える。

 わずかな仕草。それだけで、場の温度が、さらに下がる。


 そして。


「ただし」


 静かに、言葉を継いだ。


「偶然ではないこともある」


 その一言で、空気が張り詰める。全員の意識が、小田桐に引き寄せられる。

 小田桐の視線が、一人一人を確認するように、ゆっくりと室内を巡る。

 そして――


「それは……屋島周辺には、カルナが存在していなかったこと」


 言葉が、落ちる。重く、確実に。

 そして、さらに――


「もう一つ」


 わずかに声を落とす。

 先ほどよりも、静かに。それでいて、より深く沈む響き。


「屋島を選び、カルナの脅威から逃れ、移り住んでいた()()がいた、ということだ」


 その言葉が落ちた瞬間――室内の空気が、わずかに軋んだ。

 誰かの呼吸が、乱れる。それは大きな音ではない。だが、張り詰めた静寂の中では、異物のように際立っていた。


 意味を理解するより先に、その言葉に含まれた()()だけが、先に伝わる。


 カルナが存在しなかったから、人が残った。

 人が残っていた場所に、ミサイルが落ちた。

 ――それは、本当に偶然で片付く話なのか。


 二つの事実は、因果の形を取りながら、どこかで噛み合っていない。偶然という言葉で括るには、あまりにも出来すぎている。


 沈黙が、重く沈む。


 藤堂は、正面を見据えたまま動かない。だが、膝の上に置かれた拳だけが、ゆっくりと力を帯びていく。関節が、白く浮き上がる。


 美桜は、わずかに唇を開き――そのまま閉じた。

 言葉が出ないのではない。どこから触れていいのか、分からなかった。

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