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第51話 待機命令

昭和初期。

日本の軍国主義が高まりつつあった時代。


桜は“潔く散る”象徴として扱われ、士気高揚のために各地へと植えられていった。

戦時下にあった満州や南方の基地においても、それは例外ではなかった。


その思想に基づくものであるかどうかは定かではない。

だが――ここ、与島基地においても、桜は植えられている。


そして今、その桜は満開に咲き誇っていた。


白にも見える淡い花弁が、風に揺れるたび、はらはらと舞い落ちる。

無機質なコンクリートと鋼鉄の構造物に囲まれた基地の中で、その光景だけが異質だった。


その最中――


基地の総員に対して、司令部から通達が下された。


内容は、簡潔だった。


『別命あるまで基地内で待機せよ。屋外に出ること、遠隔にてスサノヲを運用することも認めない。期限は未定、追って連絡するまで順守すること』


理由の説明は、一切なかった。


ただ命令だけが、冷たく下された。


ざわめきはあった。

だが、それも長くは続かない。


この基地にいる者たちは、理由が告げられない命令に慣れていた。


だからこそ――


動きは、止まる。


時間だけが、宙に浮いたように流れ始めた。


――


「……暇やな」


ニックは、ぼそりと呟いた。


やることがない、という状況に慣れていないわけではない。

だが、理由もなく“何もするな”と言われるのは、性に合わなかった。


結局、足が向いたのはハンガーだった。


薄暗い空間に、整然と並ぶ機体群。

静まり返ったその中で、わずかに金属音が響いている。


その音の方へと視線を向ける。


ハンガーの一角。

そこだけが、わずかに“生きている”。


大樹の専用スペースだった。


簡易的に仕切られたその区画の中で、大樹が何やら細かな作業をしている。


「やぁ、ヒョロ眼鏡くん。今日もがんばっとるみたいやね」


気軽に声をかける。


「ああ、ニックさん」


大樹が手を止め、振り向いた。


その表情には、疲労よりも集中の余韻が残っている。


「それは何をやっとるんや?」


ニックが顎で示す。


大樹は、手元の弾頭を軽く持ち上げた。


「ああ、これはですね」


一拍、言葉を選ぶ。


「例え百足型サーヴィターの弱点である腹側だとしても、そもそも通常の爆発だとカルナの甲殻に対しては効果は限定的だと思うんです」


淡々とした口調だった。


だが、その目は明確に“考えている”。


「なので……」


言いながら、大樹は弾頭の内部に指を差し入れた。


そして、白い欠片を取り出す。


光を受けて、鈍く輝く。


「これはカルナイト装甲の刃です。自爆したスサノヲの装甲から放出されるものと、ほぼ同じ物ですね」


ニックが目を細める。


「……ほぉ」


大樹は続けた。


「この弾丸は、外からカルナの甲殻を破る必要がある。だから――

爆風で吹き飛ばすのではなく、爆風で放出されるカルナイトの刃で甲殻を切り裂く思想なんです」


言葉のあとに、わずかな静寂が落ちる。


ニックは、しばらくその欠片を見つめていた。


やがて、口元をわずかに歪める。


「えげつないこと考えるなぁ」


軽口のようでいて、その実、評価だった。


大樹は肩をすくめる。


「スサノヲの戦闘ログを見て卵移送作戦の記録を参考にしただけです」


淡々と返す。

その言葉に、迷いはなかった。


ニックは、ふと視線を上げた。


ハンガーの奥――整然と並ぶ機体群の方へと目を向ける。


サイクロプスの傍では、藤堂が長刀を試験用の台座に横たえ、何やらせわしなく調整を行っているのが見えた。

刃の角度を確かめ、わずかな歪みすら見逃すまいとするように、何度も視線を走らせている。


その隣、ストライク・イーグルでは、加納が機体に調整端末を接続し、画面をじっと見据えていた。

指先は動かない。

ただ、表示される数値とログを、逃すまいとするように凝視している。


さらに視線を移す。


アメノウズメの足元。

そこでは冴木が、工具を片手に機体を構成する無数のボルト類を一つ一つ確かめていた。

締結のわずかな緩みも見逃さないように、黙々と点検を続けている。


そのどれもが、静かな作業だった。


だが――

止まってはいない。


ニックは、ぽつりと呟く。


「なんや……ヴァンガード隊は、せっかくの自由時間やいうのに、ハンガーに全員集合しとるやないか」


半ば呆れたような声だった。

だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。


言いながらも、足はすでに動いていた。


視線の先――

自機、ジョーカーのもとへと向かう。


軽く駆ける。


無意識だった。


理由はない。

ただ、そこに行くのが自然だった。


与えられたのは“何もするな”という時間。

だが、この場にいる者たちは、その意味を別の形で受け取っていた。


命じられていなくとも、やることはある。

命じられていないからこそ、やっておくべきことがある。


ハンガーの中に集まっていたヴァンガード隊は――

次の出撃に備え、静かにその爪を研いでいた。


ハンガーの外では、風が吹く。

満開の桜が、また一枚――音もなく舞い落ちた。


誰も出ることを許されない基地の中で、それでも時間だけは、静かに進み続けていた。


――その静寂を、引き裂くように。


けたたましい警報音が、基地内に一斉に響き渡った。


「――ッ!?」


空気が、一瞬で変わる。


反射的に、全員の動きが止まった。


次いで――館内アナウンスが流れ出す。


『北朝鮮より、超高高度飛翔体が発射!繰り返す。北朝鮮より、超高高度飛翔体が発射!』


「なんや!?どうしたんだ!!?」


ニックの声が、半ば怒鳴るように響く。


ただ事ではない。

その場にいた全員が、それを理解していた。


ハンガーにいたパイロット、整備員たちが一斉にざわめき立つ。

静まり返っていた空間が、一瞬で“現場”へと変わる。


その時――

ハンガー内に設置されていた情報表示用モニターが、自動的に切り替わった。


映し出されたのは、朝鮮半島と日本列島の地図。


その上に――


赤い点。


一つ。


「……速い」


誰かが、思わず呟く。


それは点ではなかった。

線だった。


凄まじい速度で、南東へと突き抜けていく。


「どうせまた、日本海かどっかに落ちるんだろ」


別の誰かが、吐き捨てるように言う。


これまで何度も見てきた光景。

そのはずだった。


だが――

赤い点は、減速しない。

軌道も変えない。


そのまま、日本の領空へと侵入する。


「おい……」


誰かの声が、低く震えた。


赤い点は――

本州の輪郭を、越えた。


ざわめきが、消える。

代わりに落ちたのは、重い沈黙だった。

モニターを見つめる視線が、誰一人として逸れない。


点は止まらない。


一直線に、本州を縦断していく。


北から南へ――

まるで、最初から“狙い”が決まっているかのように。


「……嘘やろ」


ニックが、かすれた声で呟く。


そして――

赤い点は、本州を抜けた。


その先にあるもの。


四国。


誰もが、次に起きることを理解できずにいた。


――その時。


「映像、切り替えるぞ……!」


整備員の一人が、モニターを操作した。


表示が切り替わる。

与島基地に設置されている、四国の監視用カメラの映像が映し出される。


複数のカメラ映像から、カルナ落下地点のカメラの映像を拡大表示する。


「な、なんなんだこれは……」


誰かが、絞り出すように言った。

それ以上の言葉は、続かなかった。


モニターを見た者全員が、言葉を失っていた。


誰も動かない。

誰も視線を外さない。


ただ、見ている。


そして――理解していた。


とんでもないことが起ころうとしている。

その事実だけは、誰の眼から見ても明らかだった。

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