第34話 初陣
ヴァンガード隊は、かつて主要幹線道路だったはずの道を東へと進路を取った。
舗装はすでに失われ、道沿いに並んでいた商店や緑地帯の面影はない。
白化した大地が一面に広がり、ところどころに、割れたアスファルトの残骸や、店舗の骨組みであったであろう錆びた鉄骨が突き出している。
それらが、ここがかつて人の営みの中にあった場所であることを、かろうじて主張していた。
アメノウズメは進む。
その周囲を、四機のスサノヲが囲う。
前衛には藤堂のサイクロプス。
左右を固めるのは、ニックのジョーカーと加納のストライク・イーグル。
最後尾に、大樹のユグドラシルが続いていた。
陣形は自然と戦闘配置へと移行している。
「……来るぞ」
佐伯が、短く告げた。
「進行方向にお客さんだ。反応、七」
その一言で、空気が変わった。
大樹は、思わず息を呑む。
距離は近い。
程なくして、ヘッドギアに映るスサノヲのセンサーでも捉えることができた。
「大樹くん」
加納の声が、落ち着いた調子で割り込む。
「初陣だ。アメノウズメの護衛は俺が務める。
新型機の性能とやら、前に出て見せてもらおうじゃないか」
一瞬の間。
「ひゅー……」
ニックが口笛を吹く。
「加納っちはスパルタやなぁ。
まぁ、ヒョロ眼鏡が危なそうやったら、ワイと藤堂のおっさんが秒で駆けつけたるわ」
ニックの軽口が車内に落ちた。
だが、その裏にある緊張は、はっきりと伝わっていた。
「……了解」
大樹は短く応え、頷く。
ユグドラシルが、一歩、前へ出た。
盾を構え直し、銃槍を引き寄せる。
装填動作に合わせて、乾いた機械音が響く。
ガシャン。
弾倉が固定され、表示灯が戦闘待機色へと切り替わった。
そのすぐ後ろに、ジョーカーとサイクロプス。
さらに一拍遅れて、ストライク・イーグルとアメノウズメが続く。
間隔は保たれている。
だが、いつでも踏み込める距離だ。
やがて、進行方向の影が動いた。
七体。
蟻型サーヴィターの群れだ。
節足をきしませながら地表を這い、白化した大地を割るように進んでくる。
五眼が一斉に赤く瞬き、敵意が明確な形となってこちらを捉えた。
次の瞬間。
そのうち三体が、隊列を崩し、真正面から加速する。
狙いは――ユグドラシル。
「来る!」
大樹の声と同時に、距離が一気に詰まる。
地面を蹴り、白い粉塵を巻き上げながら、蟻型サーヴィターが跳躍した。
鋭利な前肢が、一直線に振り下ろされる。
ユグドラシルは、その正面に立っていた。
初陣の重さを、装甲越しに受け止めながら――
大樹は、盾を前へ突き出した。
衝突音が、空気を叩いた。
蟻型サーヴィターの全体重を乗せた突進を、ユグドラシルは正面から受け止める――否、受け止めたまま踏みとどまり、そのまま押し返した。
駆動系が出力を跳ね上げ、筋束が一気に収縮する。
質量同士の拮抗は、ほんの一瞬で崩れた。
後退したのは、蟻型サーヴィターの方だった。
前肢が空を切り、重心を失った巨体が大きく傾く。
ユグドラシルは間合いを詰める。
盾をわずかに逸らし、その陰から左腕を伸ばし銃槍を突き出す。
銃槍先端の超振動チップエッジが唸りを挙げ、甲殻に触れた瞬間、蟻型サーヴィターの甲殻は悲鳴を上げる。
振動が甲殻の結合を破壊し、刃先は抵抗を押し潰すようにして、顔面の甲殻を貫通した。
「――今だ」
大樹は、トリガーのスイッチを引いた。
銃身内部で解放された高出力の推進力が、装填された弾丸を一気に押し出す。
弾丸は槍身に沿って加速し、すでに穿たれていた刃先の穴の奥へと撃ち込まれ――
瞬間。
内部から、破裂した。
衝撃は外へ逃げ場を持たず、圧力と熱が一気に膨張する。
蟻型サーヴィターの頭部は消失し、胴体の半分が内側から吹き飛んだ。
破片と粉塵が白化した地表へ降り注ぎ、残骸が鈍い音を立てて崩れ落ちた。
ユグドラシルは動きを止めない。
体勢を立て直す。
次の敵影が、すでに視界へ滑り込んでいた。
残る二体の蟻型サーヴィターが、左右から距離を詰めてくる。
さらに後方では、残り四体が散開し、包囲を試み始めていた。
ユグドラシルは、盾を持ち替え、銃槍を構え直す。
胸の奥に、確かな手応えがあった。
恐怖はある。だが、それ以上に――
「いける」
自分の声が、はっきりと聞こえた。
サイクロプスとジョーカーは動かない。
即座に割って入れる距離には位置取るが、それ以上は踏み込まなかった。
ユグドラシルの前面は、あえて空けられている。
ニックと藤堂――歴戦の二人は、すでに理解していた。
あの動き、この反応速度。
ユグドラシル……大樹には、預けられる。
二体の蟻型サーヴィターが、ほとんど同時に距離を詰める。
左右から挟み込み、圧殺するつもりの突進。
ユグドラシルは一歩も退かない。
右から迫る個体に、盾を突き出す。
正面衝突ではなく、角度をつけた受け流し。
蟻型サーヴィターの大顎と盾の装甲が擦れ合い、衝撃が横へ逃がされる。
同時に、左腕が伸びた。
銃槍の切っ先が、迷いなく左側の蟻型サーヴィターの頭部を貫く。
刃はそのまま胸部装甲を突き破り、内部へ深く沈み込んだ。
間を置かず、ユグドラシルは、その巨体ごと後方へステップする。
踏み込みと同時に銃槍を引き抜き、反動を利用して機体を回す。
照準は、すでに定まっていた。
残る一体の蟻型サーヴィターが、体勢を立て直す前に――
銃槍が、一直線に突き出される。
矛先が頭部装甲を貫いた、その瞬間。
内部で炸裂が起きた。
頭部は弾け飛び、胴体は支えを失ったように前のめりに崩れ落ちる。
ほぼ同時に、最初に貫かれていた個体も、遅れて力を失った。
内部を破壊された胴体が、白化した地面へと倒れ伏す。
二体、撃破。
ユグドラシルは止まらない。
盾を正面へ戻し、銃槍を構え直す。
その先には、なお四体。
包囲を狭めながら、間合いを測る蟻型サーヴィターの群れが、静かに蠢いていた。
「大樹くん、充分だ。ニック、行くぞ」
藤堂の声は、切り替えそのものだった。
「せやな。了解や」
応じると同時に、サイクロプスが白化した大地を蹴った。
遅れて――ほんの一拍だけ遅れて、ジョーカーが動く。
だが。
藤堂とニックは、ほぼ同時に違和感を覚えた。
速い。
ジョーカーが、想定よりも明らかに速い。
一拍遅れて駆け出したはずの機体は、加速の伸びで一気に距離を詰め、サイクロプスの進路を外側からなぞるように追い抜いた。
蟻型サーヴィターの目前で、鋭角に跳ぶ。
重力を裏切るような軌道。
着地と同時に回り込み、側面へ。
短剣が閃き、首元の甲殻の継ぎ目へ、正確に突き立てられる。
間髪入れず、二体目。
襲い掛かる大顎を、ひらりとかわす。
かわした、のではない。
最初からそこにいない。
背面へ回り込んだジョーカーが、もう一方の短剣を首筋へ突き立てる。
刃が沈み、力が抜ける。
二体が、ほぼ同時に崩れ落ちた。
その間も、サイクロプスは減速しない。
予備動作はない。
溜めも、踏み込みもない。
機体の勢いそのままに、腕部カルナ筋束の出力だけで長刀を振り上げる。
一閃。
刃は、蟻型サーヴィターの頭部から胸部までを一直線に断ち割った。
切っ先は、狙い通りの位置でぴたりと止まる。
次の瞬間、横薙ぎ。
大きく振り回すことなく、最短距離で刃が走る。
二体目の胴体が、音もなく切断され、上下にずれる。
崩れる残骸の間を抜け、サイクロプス長刀を腰部のアタッチメントに納める。
ジョーカーとサイクロプス。
その動きは、もはや従来のスサノヲのとは異なる次元に到達していた。
白化した大地に、残る蟻型サーヴィターはいない。
戦闘は、瞬く間に終わっていた。
ユグドラシルの前面で、静寂が戻る。
盾を構えたままの大樹の視界に、二機が並ぶ。
その背後で、アメノウズメは一歩も動いていなかった。
護衛は、完璧だった。
「……チッ」
小さく舌打ちしてから、加納は即座に思考を切り替えた。
感情に意味はない。あるのは、結果だけだ。
ジョーカーの初速。
踏み込みから加速、回り込みまでの一連の動きは、以前とは明らかに別物だった。
軽量機の利点を“逃げ”ではなく“攻め”に転化している。
サイクロプスは、その逆だ。
勢いを完全に制御し、刃の通るべき最短軌道だけを残して振り切る。
勢いに任せた攻撃ではないのに、切れ味はむしろ向上している。
そして――ユグドラシル。
蟻型サーヴィターの動きを真正面から受け止めながら、姿勢を全く崩していない。
盾の位置、間合い、銃槍を突き出す隙のない動きと、圧倒的な破壊力。
加納は、自分の機体位置を微調整する。
半歩、後ろ。
角度をわずかに内側へ。
――なら、俺は。
ストライク・イーグルの視界が、自然と空いた隙間を捉える。
前に出る三機を、最短距離で支えられる位置。
「……悪くない配置だ」
呟きは、誰にも届かない。
だが、加納の中では結論が出ていた。
この小隊は、もう一段階、上の戦い方に入っている。
ならば――自分だけが、取り残されるわけにはいかない。
加納は、視界の端で三機の背中を捉えた。
――認めたくはないが。
その完成度に、胸の奥がわずかにざわついた。
羨望でも焦燥でもない。
それよりもっと、静かな感情だ。
「……ふん」
鼻で小さく息を吐いた瞬間、
自分でも気づかないうちに、口元がわずかに緩んでいることに、加納は遅れて気づく。
頼もしい、などという言葉は似合わない。
だが――悪くない。
その感覚を否定することもなく、
加納はストライク・イーグルの姿勢を保ったまま、前を見据えた。
誇りはまだ、揺らいでいない。
だが、この小隊なら――
そう思ってしまった自分を、加納は少しだけ可笑しく感じていた。




