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第32話 静かな変化

大樹が目を覚ますと、窓の外はまだ朝の陽ざしを湛えるには程遠い時間帯であった。

基地の外灯が辛うじて夜を押し留めており、空は濃い群青色のまま静止している。


窓ガラスには、外気との温度差で薄く曇りが生じていた。


もう少し眠ろうか、と一瞬だけ考えた。

だが、頭の奥に残る昨夜の作戦説明と、これから始まる一日の重みが、それを許さなかった。


出来る備えは、今のうちにしておくべきだ。


そう自分に言い聞かせ、大樹は上体を起こす。

手探りでベッド脇の眼鏡を取り、室内灯を点けた。


与島基地でパイロットに割り当てられている個室は、決して広くはない。

前線基地として最低限の居住性だけを確保した造りで、備え付けの机と椅子、簡易ベッドを置けば、残された空間はわずかだった。


だが、前線基地としては珍しく、潤沢な数の個室が用意されており、大樹にも一室が割り当てられていた。


昨夜支給されたばかりの制服に袖を通す。

小柄な体格のせいか、肩回りや袖がわずかに余るが、動作に支障はない。

鏡に映る自分の姿を一瞥し、軽く息を吐いた。


手早く身支度を整えると、大樹はそのままハンガーへ向かった。


まだ夜が完全には明けきらぬ時間帯だというのに、ハンガーの時間は止まっていなかった。


整備員たちが交代制で配置され、スサノヲやアメノウズメの点検、調整、与島基地内で可能な修理作業を黙々と進めている。

その動きは無駄がなく、連携も淀みない。


――これが、最前線基地か。


大樹は感心を隠さず、視線を巡らせた。


自然と足が向いたのは、ユグドラシルのいる区画だった。

白い装甲に覆われた機体は、整備アームに囲まれながらも、静かに佇んでいる。


その隣。


サイクロプスの傍で、巨人用に設計された長刀が試験装置の上に横たわっているのが見えた。

規格外の刃長と質量が、一目で分かる。


その傍らで、人影が忙しなく動いていた。


藤堂だった。


大樹は小走りで近づき、声をかける。


「藤堂さん、おはようございます」


藤堂は工具から視線を上げ、わずかに口元を緩めた。


「大樹くんか。おはよう。早いな。眠れなかったのか?」


「いえ、そういうわけでは……。多分、藤堂さんも同じじゃないですか?」


一瞬きょとんとした後、藤堂は照れ臭そうに笑った。


「……そうかもしれないな」


大樹は長刀に視線を移す。


「何をしているんですか?」


「サイクロプスが扱う長刀だ。なかなかのじゃじゃ馬でな」


藤堂はそう言いながら、刃の根元を軽く叩く。


「こうやって事前に調整と点検をしておかないと、どうにも落ち着かなくてな」


そう言って、藤堂は一瞬だけ指を止め、刃の状態を目で確かめ、安全カバーの中にあるスイッチを操作した。


次の瞬間――


けたたましいベル音が、ハンガー全体に鳴り響いた。


同時に、制御ユニット上部の回転灯が赤い光を撒き散らしながら回り始める。

警告音と警告灯が、重低音の鼓動のように重なり、空気を切り裂いた。


数拍遅れて、


「キィィィィィィィン……」


甲高く、しかし抑え込まれたような振動音が響く。

純白の刃を構成するプレート一枚一枚が、肉眼でも分かるほどの微細な振動を始めていた。


大樹は思わず息を呑む。


「……このサイズの長刀を、サイクロプスで振り回しているんですか?」


「そうだが……何か問題でもあるのか?」


大樹は一瞬、言葉を選んだ。


「藤堂さん、サイクロプスの筋束強度を、部位ごとに調整は……してないですよね」


藤堂の動きが、止まった。


「……していないな」


即答だった。

だが、その声には、ほんのわずかな間があった。


大樹はサイクロプスと台座の上の長刀を見比べ、ゆっくりと続ける。


「スサノヲの基本設計と筋束設定は、基本兵装であるサーベルを装備する前提で最適化されています。

出力配分も反応速度も、その重量と刃長を基準に組まれている。だから――」


視線を長刀へ向ける。


「あの長刀は、スサノヲには重すぎるんです。

均等配分のまま使えば、力を出し切る前に制御側が悲鳴を上げる」


藤堂は腕を組んだまま、短く顎を引いた。


「……ほう。それで?」


続きを促す声音だった。


大樹は一度息を整え、言葉を選ぶ。


「カルナ筋束強度の調整は、油圧シリンダーの受圧面積を変えるようなものです。

強度を上げれば反応速度は多少落ちますが、その代わり、より大きな力を安定して生み出せるようになります」


制御ユニットの端末に手を置き、藤堂を見た。


「もしよろしければ……設定を変えてみてもいいですか?」


一瞬の沈黙の後、藤堂ははっきりと頷いた。


「頼む」


大樹はすぐに端末を操作し始める。

筋束ごとの出力配分、応答遅延、負荷上限。

指先が迷うことなく数値を入力していく。


数十秒後、操作を終えると、小さく頷いた。


「……こんな感じでどうかな」


そして、藤堂を見上げる。


「試しに、ちょっと動かしてみてもらえませんか?」


藤堂は無言で頷き、アメノウズメの操縦席へ向かった。

起動シーケンスが走り、低い駆動音とともにサイクロプスが目を覚ます。


長刀を携えた機体は、ゆっくりとハンガー外の試験スペースへ移動した。


やがて、藤堂は長刀を大きく振り上げる。


一瞬の溜め。

そして、振り下ろした。


空気が裂ける音が、鋭く響いた。


「……成る程な」


操縦席の中で、藤堂が呟く。


これまで長刀は、腕の力だけでは持ち上がらなかった。

身体全体を動かし、反動をつけ、担ぎ上げるようにしてようやく扱えていた兵装だ。


それが今は――

腕の動きだけで、自然に持ち上がる。


振り下ろした後も、刃先が地面に触れる前に、すっと止まった。

無理な反動も、制御の遅れもない。


藤堂は、もう一度だけ長刀を構え、軽く振ってみせた。


「……悪くない。いや、かなりいい」


満足げに頷く。


大樹は制御ログを確認し、胸の奥で小さく安堵した。


反応速度の低下は、想定していた範囲内。

体感できるほどの遅れはなく、むしろ動作は安定している。


「おはようさん。藤堂のおっさんもヒョロ眼鏡も、朝は早いんやなぁ」


場違いなほど軽い声が、大樹の背中から飛んできた。


振り返ると、そこには陽気な笑みを浮かべ、片目をつぶった男が立っている。

ニックだった。


「なんや知らんけど、外にサイクロプスが長刀握って突っ立っとるやろ。

カルナの襲撃でもあったんか思うたで」


藤堂が操縦席から降りながら、肩をすくめる。


「ああ、ニックか。ちょうどよかった」


そう言ってから、大樹の方を見た。


「大樹くん。今のサイクロプスは筋束強度を上げる設定にしたんだと思うが――

逆に、筋束強度を下げて反応速度を上げる設定も可能だな?違うか?」


突然話を振られ、大樹は一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。


「もちろん可能です。

出力を必要以上に食わない分、初動と切り返しは確実に速くなります」


「……ん?」


ニックが眉をひそめる。


「藤堂のおっさん、何の話や?

さっぱり付いていけへんのやけど」


藤堂はニックの方へ歩み寄り、顎でハンガー奥を示した。


「ニックのジョーカーだがな、あれは短剣を愛用しているだろう。

高機動仕様で、装甲も軽量化してある」


「せやけど?」


「筋束強度を適切に設定すれば、無駄な出力を制限できる。

その分、機動力をさらに引き上げられる可能性がある、という話だ」


一瞬の沈黙。


それから、ニックの目が見開かれた。


「……なんや、それ。

そんなことまでできるんか」


感心したように唸り、今度は大樹の方をじっと見る。


「一目会った時からな、ようやるヒョロ眼鏡やとは思うてたんやけど……

やっぱり……ただヒョロいだけやなかったんやな。

思ったより、だいぶ高級な眼鏡やったわ」


からかうような笑みだった。

大樹は困ったように口元を緩め、軽く首を振る。


「……僕は、眼鏡ではありません」


その言い方があまりに真面目だったせいか、

一拍遅れて、藤堂が小さく吹き出した。


ヴァンガード隊に吹き込んだ新たな風によって、部隊は静かだが着実に変わり始めようとしていた。

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