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空を行く雲、流れる水のごとく  作者: 原 徹生
第1章 日本編 Ⅰ948-1978
14/24

流雲はカメラマンとして独立するが、色彩異常に挫折しアメリカへの放浪の旅を決意するが…

[7] 旅立ちの時


「天の川」の天体写真の雑誌掲載後、天体撮影の問い合わせが来るようになった。「皆既月食」の撮影依頼が雑誌社からきた。


 1977年9月17日。皆既月食の日。

 今年の皆既月食は、中秋の名月に重なる。こうした偶然は滅多に起こらない。次に中秋の名月の月食は、215年後の2192年9月21日になる。

流雲は数週間前から皆既月食の天体撮影の準備を始めていた。

 太陽・地球・月が一直線に並び地球の影に月が入り込み「皆既月食」が起きる。

 その時に地球の影は暗闇ではなく、大気を通ってやってくる赤い光に含まれる。皆既月食の月が赤黒い赤銅色に色付くのはこの光現象による。 


 数日前から、皆既月食が近づくと気持ちが揺れ、朝から落ち着かずソワソワしていた。

 台風が近づいていた。天候が気になるが、何か特別なことが起こる予感を感じていた。 

 これまで海の中、山の中と様々な景観を撮影をしてきたが、数年に一度の皆既月食の撮影は流雲に大きなチャレンジになる。

 手持ちの写真機材だけでは皆既月食の撮影は難しく。天体観測用の焦点距離400mmレンズや天体撮影用三脚など天体撮影用機材をレンタルで確保した。


 前日に流雲は久し振りに本郷村の祖父月堂龍禅を訪ね雲龍院に一泊した。

 翌日、昼過ぎまでのんびりと過ごし、午後に大山に出発する。


 大山の歴史は古く、平安時代から山岳信仰の対象として信仰を集めてきた。

 今宵は山頂でキャンプする予定だ。事前に、祖父月堂龍禅から「阿夫利神社」の神官に許可を得てもらった。

 標高1,252mの山に撮影機材がを運ぶこともあり、中腹700mまでケーブルカーに乗る。

「阿夫利神社駅」から参道を抜けて、阿夫利神社に安全祈願の参拝をする。

 緑濃い樹林の山道を登り、樹齢500年の夫婦杉の巨木の脇を抜けて山頂を目指す。

 午後4時。辺りは既に薄暗く、ヘッドライト灯し頂を目指して行く。30分後、流雲は大山山頂の広場に辿り着いた。山頂には、奥の院のお社がひっそりと佇んででいた。


 広場の大きな岩の脇に撮影スポットを確保しテントを設営した。

秋浅い9月の山上は肌寒く冷える。深夜になれば気温は零度近くまで下がる。山頂は火気厳禁だ。流雲は暖を保つため厚着の上にダウンを着込み冷え込みに備えた。

 テント脇に三脚をセットする。闇夜に震えながら、ドラマの開幕をまった。


 暗天に星が瞬き月光が輝いている。

 今宵の皆既月食は、夜半過ぎの2時20分に欠け始めて4時頃に最大食になり、4時50分頃に皆既月食が終わり、5時40分に月食が終わる。

 夜半を過ぎると、山頂は漆黒の闇に包まれた。吐く息が白く冷え冷えとした冷気に大山は包まれた。周りには人の気配は無く、暗闇の中、孤独な時間が過ぎていく。時刻が近づく。


 流雲は撮影前のルーティン『数息観』で精神統一を計る。

 流雲は被写体と一体となり、自然景観の中に「声なき声を聞こう」としている。高僧のように「禅定三昧ぜんじょうさんまい」の悟りを求めている訳では無い。


 大きく深呼吸し、精神を静め望遠レンズを覗き込む。

 曇り空の中、満月の姿が400mmの望遠レンズの中に浮かび上がった。夜空を覆っていた雲が流れ、晴れ間が現われた。心にイメージした月姿が顔を出した。

(ラッキーだ。ダメだと諦めていたのに、奇跡だ……)


『心眼観』でファインダーを覗く。

 美しいモノトーンの月姿が、レースのような薄い霞雲の向こうに見える。

 青白く光る月は徐々に暗い月姿に変化しながら、本影の中に完全に入り込んだ。一度真っ暗になり見えなくなる。欠けた月の暗さに驚かされる。

(月食ってこんなに暗くなるのか……)

 欠けた月は外側から赤く色付く、徐々に「赤銅しゃくどう色」に変化する。流雲は「赤銅色」に輝く、神秘的な美しさに包まれた月姿を撮り続けた。


 36枚を2本撮り終え素早くフィルム交換し、再び、カメラを覗き込む。その時、流雲は不思議な光景を見た。

 月の上弦部分に、ブルーベルト状の青白い光源が外側を覆いこむように発光している。

赤く輝く神秘的な「赤銅色」の月姿の上に、舞い降りた摩訶不思議なブルーライトの輝きの不思議な光景に、流雲はシャッターを切るのが一瞬遅れた。まるで、宇宙の彼方から、突然天使が羽根を広げ舞い降りてきた錯覚を覚えた。


 カメラの中で眼を凝らす。ブルーライトの帯は微妙に色彩を変化させている。

 カメラを通して流雲に何かを訴えている。そんな感覚に捕らわれた。

すると、信号を発するように。突然、 紺碧色の閃光が走った。月姿の周りが青白い光線に包まれた。


 流雲はシャッターを切り続ける。再び紺碧色の閃光が走り、眼が眩んだ。

 突然。カメラの中に、不思議な光景が出現した。

 一瞬、目が眩みファインダーから目を離した。

 

 流雲は、シャッターを切り続けた。青白く輝く光源が月姿全体を覆うように広がり、瞬く間に青白く輝くブルーライトの青色光に流雲も包まれた。

 辺り一面、青白い光線に包まれた。何か、強いエネルギーが発せられる光に包まれた感覚に襲われた。


 一時、月姿が明るく青白く光り輝く。すーと、輝きが失せた。

 宇宙から放出されたブルーライトのエネルギーが、流雲の身体の中に透過した。


 月姿が赤銅色の姿を取り戻した。月姿は、青緑色を含んだより陰影のある美しい赤銅色に輝いていた。

 皆既月食が終わり明け方を迎えた。

 神秘的なブルーライトの月姿は、ベールを剥ぐように日常の輝きに戻った。

流雲は初めて体験した壮絶な月姿のドラマに魅了された。

 撮影を完了すると膝から地面に崩れ落ちた。流雲はこれまでの撮影で感じたことのない疲労を覚えた。疲労困憊した流雲は撮影機材をテント内に放り込むと、寝袋に崩れる様に倒れ込んだ。大山で夜明けまでの短い眠りについた。

 

 流雲は現像ラボから上がってくるインデックスの紙焼きを待っていた。

 大山撮影から戻った翌日に、中目黒の現像ラボに紙焼きを依頼した。

 午後にはプリントが上がってくる。どんな写真が撮れているのか。不安でもあり楽しみでもあった。

最終的に36枚フィルムを6本撮り終えていた。特に、ブルーライトの青白い光に発光していた月姿を確認したかった。

 

 平日の昼下り、流雲は中目黒の現像ラボに紙焼きを取りに出かけた。36枚撮り6本の紙焼きを受け取る。

 ライティングテーブルを借りフィルムをライトにかざし、フィルム照らし合わせながら相反則の具合いをチェックする。


 天体撮影時にシャッター速度1/250~1秒程度で、暗い対象に数十分もの露出をかけるとフィルムの実効感度が低下する問題が発生する。

 特に、天文写真撮影時などの微弱光の長時間撮影時に写真の実効感度が低下する現象を「相反則不軌」と呼んでいる。


 流雲は素早く2枚の紙焼きシートを確認する。3枚目の紙焼きシートを広げ画像を見た。しかしシートの前半部分に写っていたのはワンショットだけだ。

 あのブルーライトの青白い光の月姿が無い。青白い光源のショット部分だけが白く感光している。現像に失敗した訳では無い。その証拠に、後半に撮影した赤銅色の月姿はくっきりと写っている。


 流雲は現像技師の鎌田氏を呼んでもらった。

 鎌田さんは、流雲にカラーの紙焼きや現像の基本を指導した技師だ。顎髭を綺麗に整えた鎌田さんがきた。

「ご無沙汰してます」

「よう。元気か。ファインダーは覗いているか?」


 流雲は近況を話した後、天体撮影の状況を説明しアドバイスを求めた。

 部分的に感光したフィルムを見せる。鎌田さんもはじめての経験だった。

「フィルムの中間部だけ、感光するなどありえない。20年以上現像を続けてきたが、はじめて見た」

 ベテラン現像技師も理解できないことが起こった。不思議だ。


 流雲は鎌田氏と二人でフィルムをチェックした。1枚目は完璧に現像され問題なし。2枚目は半分ほど感光しているが色素が残っている。3枚目から12枚目までが感光している。13枚目以降はすべて問題なしと判断した。

「よし。引き伸ばして見よう。流雲も手伝ってくれ」

「3枚目のインデックス、四つ切りサイズに焼き付けて見ますか?」

「じゃ、ラボに行くぞ。ラボは久し振りだろう。カメラマンは薬の臭いを忘れたら片端者になるぞ」と現像技師の職人の顔覗かせた。


 早速、二人はラボにこもった。

 流雲はカラー写真を印画紙に焼き付ける時が最も緊張し興奮する。

 自分の想い描いた色彩が現れるか。現象するまで分からない。この緊張感がたまらない。写真家の喜びは撮影した画像を完成させる時だろう。

「流雲、テストストリップを焼き付けろ」

「はい」と答えながら、遮光ドアを抜け暗室に入る。

 セーフティライトを灯す。流雲は引き伸ばし機の前に座ると静かに瞼を閉じた。


 大山の撮影状況を思い浮かべた。

露出、感光時間、イエロー、マゼンダ、シアンのカラーフィルター濃度を微妙に変化させた5タイプのスペックを作成した。

 カラー写真の発色現像法の原理はネガフィルムに光をあてるとネガ画像の元色が印画紙に再現される。この時にイエロー・マゼンタ・シアンのフィルター濃度の組み合わせ、露出、発光時間が重要になる。この微妙な組み合わせが発色に影響を与える。

 

 流雲は5タイプのスペックを調整しながら、ネガキャリアにネガフィルムをセットし、テストストリップを焼き付けた。流雲は、白と黒の発色部を確認しながら色彩の発色を確認する。

 暗室の奥には、現像液・漂白液・水洗・定着液・水洗・安定液の6個のタンクが並んでいる。鎌田さんが各処理タンクの温度調整と攪拌を行っている。


 約30分後、テストストリップの現像処理が終わった。

 2人で確認した。NO.3のテストストリップの発色を選択する。四つ切りサイズに1枚目から4枚目、13枚目から26枚目まで、流雲は18枚を素早く焼き付けた。

 焼き付けた印画紙を鎌田さんに託す。暗室時計を睨みながら鎌田さんが現像液タンク、漂白タンクの温度調整しながら攪拌する。

 印画紙を流雲が水洗いする。定着液タンク、水洗い、安定液タンクと昔のコンビが手際よく乾燥させる。僅か1時間ほどで18枚を現像した。


 焼き付けられた18枚の写真をひとつ、ひとつ確認する。

 1枚目の写真には、青白く陰影のあるブルーベルト状の冠が光り輝いている。くっきりと光影の変化が写っている。13枚目からの20枚目も、綺麗な赤い月姿が 鮮明に写っている。


 この写真を見た鎌田さんは「綺麗なターコイズ・フリンジだ」と感嘆の声を上げた。

「何ですか?ターコイズ・フリンジ?それは?」

「流雲は知らないのか?皆既月食の状況を調べなかったのか?写真家として怠慢だぞ」

 ターコイズ・フリンジとは、月食の時に成層圏のオゾン層を太陽光が通過する時、赤色光は吸収され青色光だけが本影の縁に沿って見える現象。滅多に観察されない珍現象だ。


「だが、この紺碧色は俺も見たことがない。通常は、もっと明るいブルーが強く、白っぽく見えるはずだが……。これは遠藤先生に聞かないと分からないな」

(そうか。これは一度先生の所に行かないと、分からないな)


「鎌田さん。ありがとうございました。遠藤先生の所に行って見ます」

 流雲が、再度紙焼きを確認すると確かに光線が走った跡ような光の筋が写っていた。

(これは現像ミスではない。撮影時に何が起こったのだろうか?)


 翌日、流雲は遠藤先生のオフィスを訪問する。

 流雲は時候の挨拶を済ませると、皆既月食の写真を見せながら話し始める。

 少し躊躇したが、誰にも話せなかった不思議な状況を先生に話すことにした。

 撮影時に、紺碧色の閃光が走ったことや一瞬目が眩みファインダーから目を離したこと。シャッターを切り忘れ、青白く輝くブルーベルトの月姿に見とれていたこと。そして、最後に青白く輝くと、すーと消える様に輝きが失せ赤銅色の姿を取り戻したこと。など撮影状況を説明した。


「流雲、不思議な話だ。先日の皆既月食の時にターコイズ・フリンジが起きたとは聞いていない。俺の想像だがその閃光が紫外線か赤外線か、分からないが。その光線がカメラのレンズに飛び込んできたのかもしれない。そうであれば部分的に感光した説明がつく」

「確かに、一瞬眼が眩んだ記憶があります。しかし光源がレンズの中に飛び込むことなどあるのですか?」

「俺も聞いたことが無いが……」


「流雲見ろよ。この2枚目は感光しているが、完全な紺碧色の光源だけが写っている。3枚目、4枚目の感光した写真には光源の影だけが写っている。何か。赤外線の光線の閃光が走ったよう跡だなぁ俺も聞いたことも経験したことも無い。しかし他に説明が付かない。何か流雲に変わったことは無かったか?」


「ひとつ聞いていいですか。先生、突然色彩感覚が鋭くなることってありますか?大山の撮影以後、陰の部分の微妙な色合いの変化が見え過ぎる傾向があります」

「どういう事だ。陰の部分の微妙な色合いとは?」

「例えば、木の葉の陰部分の色彩は精々濃淡しか判別できなかったのが。陰の中に黄色や茶色や濃いグリーン、濃い赤、濃いオレンジなど色々な色が見える。陰の中に蛍光色も感じる。ファインダーを覗いた時より鮮明に見えるのです」

「不思議な話だ。俺は聞いた事がない。医者に相談して見ろよ。この写真も、一度天文学の専門家に分析してもらったらどうだ。もし、流雲だけがターコイズ・フリンジを体験していたら、天文学的に貴重な資料になるかも知れない」


 結局。遠藤先生にも原因は分からなかった。

 ただ、先生は「流雲はこれまでも、人が滅多に遭遇しない現象に遭遇してきた。今回も、その不思議な体験のひとつなのだろう。余り、深く考えないことだ」と忠告された。

 先生に礼を述べて中目黒のオフィスを後にした。何か釈然としないモヤモヤした気分が残っていた。


 撮影した写真が感光していたことはショックだった。

 流雲が戸惑ったのは、撮影時の月姿の色彩と紙焼きされた写真との色彩の違いだった。

 確かに、初めての皆既月食の天体撮影にしては綺麗に撮れている。ピントも良く、細部も美しく表現されている。

 だが、あの時に流雲が見た赤銅色と印画紙に焼き付けられた色彩に異質なモノを感じた。

 

 最近、流雲は色彩感覚が鋭くなったのを認識していた。色彩だけでなく、明細度も鋭くなった感じだ。子供の頃の空想癖が蘇ったのか。不安に掻き立てられている。紺碧色の閃光を頻繁に思い起こしていた。

 極端に鋭くなった色彩感覚に恐怖を懐き始めていた。陰の部分の微妙な色合いだけで無く、陽の中の微妙な色彩や彩度の変化が良く見える。見え過ぎる傾向は、より強くなってきている。

 

 カメラマンとして生きることを決意した流雲にとって、この異常な色彩感覚が致命的な欠陥になるのか。一時的なものなのか。プラスに働くのか。将来への不安が掻き立てられた。


 流雲は不安を解消する為、色彩のメカニズムに関する資料を調べた。

 色彩異常は、専門的に「色覚異常」「色覚障害」と呼ばれ、特に赤や緑の混じった特定の範囲の色の差を感じにくいという色覚特性が一般的だった。

  こうした色弱に関する文献はあるが、逆に、流雲の様に見え過ぎる色覚特性の判例が見つからなかった。


 色彩認識度は個人差や男女差があり、女性はひと色の中に、色合いの細かい差を明確に認識できるが、男性は大まかな色彩しか判別できないとされている。

 犬は黄色と青色を識別するが、赤色は認識できずに全体的に青っぽく見えている。猫も同様だが人よりも暗い所が良く見える。

 鳥は人には見えない「紫外線」が見えている。昆虫も「紫外線」が見えるが、魚眼レンズのように見えている。海亀は三原色を識別し魚眼レンズで「紫外線」を認識し、四原色を識別し人間よりカラフルな世界に生きている。

 蛇はサーモグラフィーのように温度によって物を見ており、暗くても明るくても見えている。サメは色覚を持っていないために全体がグレーに見えている。


 流雲は、視神経に異常をきたしたのかと考えた。

 網膜には、杆体細胞と錐体細胞の 2種類の視細胞があり、 この細胞を通じて視神経を経由し視覚情報が大脳に送られて視覚となる。


  桿体細胞は弱い光に反応し暗所で機能する。

 錐体細胞は明所で機能し色彩の識別が可能で、物体をはっきり見る機能と色を感じる機能がある。

 桿体細胞は錐体細胞より数が多く、光への感度が高いが色を感じる機能を持たないことが解った。

 このことから、流雲は錐体細胞に異常をきたしたのだろうと考え、視細胞の専門医の診察を受けることにした。

 翌週、東京医科大学で精密検査を受けた。


 7日後、竹中医師より精密検査の結果報告を聴いた。

「流雲さん。精密検査では、原因は解明されませんでした。「錐体細胞」に異常は認められませんでした。錐体細胞は片目に約650万個存在し、解像度の性能を左右する働きをする。一方、桿体細胞は片目に約1億2000万個あり、明暗を認識する働きがある。我々医師団の考えた予測ですが、桿体細胞の明暗を認識する能力が、何らかの要因で敏感になり、『ヒカリ』を感知する能力が鋭くなり先鋭化したと考えられる。

今後の問題点ですが、初めての症例なのであくまでも予測ですが、これから更に先鋭化し鋭くなる可能性がある。個人的見解ですが、一定期間出来れば数か月の休養を推薦する」


「つまり、治療方法が無いということですか? 錐体細胞の異常ではなく、桿体細胞の敏感化ということですか? 更に先鋭化すると、どの様な症状が現れるのでしょうか?」

「様々な症例を大学病院で精査しましたが、流雲さんのケースにあてはまる症例は見つかりませんでした。お話しできるのは、あくまでも予測です。先鋭化すると、今より、より色彩感覚が鋭くなり、色彩明度の差がより大きくなるでしょう。ただ、徐々に流雲さんの視覚神経が調整を行うようになり、一般生活に支障をきたさなくなるでしょう」


 流雲は、極端に鋭くなった色彩感覚に恐怖を懐き始めていた。陰の部分の微妙な色合いだけで無く、陽の中の微妙な色彩や彩度の変化が良く見える。見え過ぎる傾向は、より強くなってきていた。 


 流雲は休養を取ることを決意する。

 流雲はカメラを手放せ無くなり、絶えずファインダーを覗いていた。現実に見える色彩の確認にカメラに頼っていた。

 日常生活の色彩には、メッセージの役割がある。信号の赤は危険、青は安全、黄色は注意を伝達する。誰もが同じメッセージを色彩から受け取れるという、前提で成り立っている。

 今の流雲には、他の人達と同じ色彩メッセージを受け取る自信が無い。


 流雲は、暫くカメラから離れる暮らしを模索していた。

 昔に戻り、名画座巡りを再開していた。数日前に『イージー・ライダー』を観た。

 1970年1月に『銀座スバル座』で観たあの感動が甦ってきた。この映画を観てから、もう8年も経っていたことに驚いた。自由を求めてアメリカの片田舎を旅した『ワイアットとビリー』の奔放な生き様は、今でも新鮮に強烈に流雲の心に響いた。昔、思い焦がれた外国暮らしを懐かしく思い出していた。


 初夏。久し振りに青空が美しい伊勢原街道を走っている。伊勢原本郷村の雲龍院に向っている。参道脇の駐車場に車を止めた。

 エンジンを切る。杉木立の参道は無音に包まれ森閑とした静寂が深まった。


 流雲は本堂に向け、歩き出した。砂利道を踏みしめる音と小鳥のさえずりだけが森の中に響く。木漏れ日のこぼれる森林の陰に本堂が見えてきた。

 杉の樹皮が敷き詰められた階段は湿気を帯びている。踏み締めると雨水が滲み出てきた。

 

 桧皮葺の棟門を潜り、本堂の正面に立つ。奥から、住職である祖父が顔を出した。板敷の本堂は、静けさに包まれひんやりとしている。正面には薬師如来像が鎮座している。

 

 祖父、月堂龍禅禅師は雲龍院本殿に座していた。

 流雲が、ここで暮らしてから18年の月日が経過していた。10歳の頃、空想癖と家出騒動を巻き起こした流雲は祖父に預けられた。

 空想癖に悩んでいた流雲に、気にせず自由に生きろと諭した。何時も、迷い心が芽ばえた時、何時も、祖父の言葉があり教えがあった。心に不安を覚えた時、何時しか自然に本郷村に足を向けていた。本郷村は流雲の心の故郷だ。


 雲龍院の禅寺暮らしに一週間身を置いている。修行僧の暮らしには程遠く。

 朝、振鈴を合図に4時に起床し、暁天坐禅を行い数息観で呼吸を整え、精神統一する日々を過ごして居る。

 朝課(ちょうか)作務(さむ)には参加せず。小食(朝食)も祖母と摂ると言う簡易なものだが、心に落ち着きを取り戻す実感を感じていた。


 朝食後、方丈で祖父と対峙していた。

「流雲。どうした。まだ淀んでいるか?」

「色彩に敏感になり、絵筆もカメラを持つのが不安になって。……」

「何だ。そんなことか、絵筆を捨てろ。カメラから少し離れろ。悩むことも無い。別の喜びを見出せば良い」

「絵筆を捨てろ。それが出来るなら悩みません。絵や写真は僕にとって、心の寄り処です」


 この数年、流雲に起こった不思議な体験を話した。海の中で聞いたカンナビの声。霧ケ峰高原のライト・ピラー。皆既月食の日に起きた不思議な現象を祖父に話した。

 紺碧色の閃光を頻繁に思い起こすこと。極端に鋭くなった色彩感覚に恐れを抱いている。空想癖がぶり返したのか、不安に駆られていること。全てを話した。


 祖父は暫く瞼を閉じて、暫らく何も言わなかった。

そして、「今は、絵もカメラも捨てろ。別の世界を見ろ。細かいことにこだわらず。新たな世界に旅立て。また、絵が描きたくなったら描けば良い。写真が撮りたくなったら撮ればよい。人に見えないものが見えるのは流雲の心が広がった証拠だ。気にするな。お前は満月の日に生まれた。月がお前の生き方にシグナルを送ったのだろう。不思議なことでは無い。心を落ち着けて心の中の声を聴け。自然と答えが見えてくる」


「満月の日に生まれたことが関係あるのですか?新たな世界。日本を出て、外国へ行けと言うことですか?」

「それは、私にも解らない。しかし流雲は自然の中の不思議さを感じる力があるのかもしれない。自然の現象に敏感なパワーが芽ばえたのかもしれない。外国に行きたければ行け。新天地を求めて、心の思うままに流れろ。資金が必要なら貸そう」


 この日から、流雲は祖父の言葉に従い新天地を探し始めた。

 そして巡り合ったのが、大自然を語る「John Denver」の一遍のエッセイだった。ジョン・デンバーの言葉が、流雲の心に響いた。


「星が夜空一杯に輝き、空が驚くほど奥深く見え、星の光影が見える。流れ星の火玉が空を横切る白い尾まで見える。シューと言う流れ星の音が聞こえるように満天の空に星達が流れる街がロッキー山脈の麓の街アスペン、デンヴァーだ」


 この言葉に触れた時、流雲はアメリカ、ロッキーマウンティンを新天地に定めた。

 ジョン・デンバーの美しいメロディに乗せて、朗々と歌う大自然の素晴らしさに胸を打たれた。

(どんな景観なのか?体験したい……)

 その日からロッキーマウンテンに流れる計画を練り始めた。

 ジョン・デンバーの詩の世界を求めて、流雲はカメラを片手に海を渡ることを決断した。



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