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空を行く雲、流れる水のごとく  作者: 原 徹生
第1章 日本編 Ⅰ948-1978
13/24

流雲はカメラマンとして、独立を果たすが……

[6] カメラに生きる


 1977年7月。流雲28歳の夏。

 南伊豆の海を目指していた。

 西伊豆の国道136号線を南伊豆に向かっている。左手に駿河湾を望む海岸線を走っている。国道は舗装はされているが、コンディションは良好とは言えない。道路は走り難く、ハンドルを確りと握らないと不安になる。


 今、流雲は自然に触れながら、様々な土地を流れ歩きながら仕事をしている。

 フリーのカメラマンとして撮影の依頼に応じ、自然に触れながら様々な土地を渡り歩いている。元々、大山の自然の中で暮らしてきたから、自然に触れながら渡り歩く生き方に満足している。それが仕事に繋がった。仕事であれば何処にでも「流れる」ようになっていた。


 1973年4月末日。流雲は遠藤先生と共に、大分県由布院駅に降り立った。

 大分駅から久大本線に乗り、約1時間ののんびりした列車旅だった。

 寂れた由布院駅を抜けて駅前広場に出た。鶯色の素朴な木造駅舎の背後に、雄大な由布岳が望める。遠藤先生は直ぐにカメラを構え、木造の駅舎の撮影を始める。

(由布岳の姿は、九州らしいドーンとした景色だなぁ。それにしても、閑散とした温泉街だなぁ)

 駅前のメインストリートの看板に「奥別府湯の坪街道」とあるが、「奥別府」と呼ぶには随分別府温泉から遠く離れている。

 由布院の町は、温泉街の賑わいは感じられなかった。ひなびた温泉地の佇まいが続く道を遠藤先生と2人、由布院駅からブラブラと町中に向かって歩き始める。後ろから、車が追いかけて来ると声を掛けてきた。

「遠藤万里先生ですか?お迎えにあがりました。オーナーが『玉の湯』でお待ちです」

 車は町中を抜け、湖の側を通過して温泉宿「玉の湯」に到着した。


「玉の湯」のロビーに、40代半ばの3人の男性が待っていた。3人の男性は町の有志の共同オーナー達だった。

 順番に挨拶を済ませて、ロビーに腰を落ち着ける。早速、オーナー達は西洋ホテルの建築計画の話しを始めた。

「昨年、私達はヨーロッパ視察旅行に出掛けました。ドイツで『Kurort/クアオルト』の温泉保養地を見学し『緑と静けさ』を大切にする温泉保養地の姿を見て来ました。ドイツで体験した『緑と静けさ』のある温泉保養地を由布院の町に建設したいと考えました。その計画の第一歩が、今回の西洋ホテル建築です」と説明した。

 町外れに金鱗湖という小さな湖があり、ホテルの敷地は金鱗湖の裏手の林の中、国立公園の森の中にあった。


 遠藤先生は計画地を見学した後、「温泉保養地計画」の提案をした。

「中世ヨーロッパには、伝統的に『マナーハウス』と呼ばれる少人数の上質な顧客をもてなす『荘園ホテル』がある。実験的な『温泉保養地ホテル』に適しているのは、イギリスやフランスにあるような洗練された『荘園ホテル』のコンセプトが、西洋ホテル計画に合うと思う。如何でしょうか」

 数日掛けて打ち合わせをした。基本的なデザイン方針が確定した。伝統的なジョージアン様式をベースにしたデザインに決まった。

 遠藤先生は、別府大学の学長に頼まれ断われずに今回の温泉ホテルの仕事を引き受けた。東京に戻る前に別府大学に立ち寄り、挨拶を済ませ空港に向かった。


 由布院ホテルは1975年春に完成した。この15年後、流雲は再び由布院の町で仕事をするようになるとは、夢にも想像出来なかった。


 1977年4月に流雲は独立した。

 約7年間、遠藤先生に師事し自然景観写真家の基礎を学んできた。

「BPP Studio」で学んだ建築デザインの道も一時目指したが、やはり自然に触れる仕事を天職と感じた。


 今、南伊豆の夕陽と天の川を撮影に向かっいる。

 駆け出しの写真家が、仕事を得るのは中々大変だった。最近になり、やっとPR誌や専門誌の雑誌社からの依頼が来るようになった。今回のような自然をモチーフにしたPR誌の撮影依頼は流雲にとって大きなチャンスになる。


 流雲は撮影ポイントに「あいあい岬」を選択した。

 あいあい岬は水平線に雲が少なく、夏には「天の川銀河」が海上にくっきりと見える最適スポットとされている。

 月光の無い新月の夜が、撮影のベストタイムになる。真っ暗な空にくっきりと広がる「天の川銀河」が観測できる。


 今年7月の新月は、7月5日になる。前日の4日から3日間の予定で南伊豆の「あいあい岬」に出掛けてきた。 

 4日夕刻。夕陽が沈む前に「あいあい岬」に到着する。岩礁に沈む夕陽を撮影しながら、「天の川銀河」が現れるのを待つ。足場の良い撮影のスポットを確保し三脚をセットする。


 夕焼けのドラマが始まった。淡い黄金色に空が染まり始める。ライトブルーの空をバックに、黄金色から徐々に赤紫色に染まり、茜色の空に全体が染まっていく。夕陽が沈んだ水平線の沖合に、数十艘の漁船が浮かんでいる。

 漁火の灯りが、真っ暗な海面に幾筋もの光の帯を描いている。


 流雲は2台目のカメラも三脚にセットする。それぞれのカメラにND8とND16のフィルターを取り付けた。撮影の本番を明日の夜と決め、今晩は撮影準備の調整日に当てていた。


「天の川」の撮影のポイントは「蠍座と射て座」のバランス良く収まる構図が決め手になる。今晩は35ミリの単焦点レンズを使用し、構図の確認作業しながら撮影する。 

 流雲は36枚のフィルムを3本撮り終えると、南伊豆の民宿に向かった。

 夜半の到着を伝えていた。宿の主人は、温かい夜食を準備し待ってくれていた。夜食を済ませ温泉に入り、昼近くまでぐっすりと寝た。


 撮影日本番の7月5日を迎えた。

 天の川の最適構図を確保に赤道儀を準備する。赤道儀は回転する星の追尾を可能にする。

 赤道儀は、地球の自転軸と回転軸(極軸)を平行に合わせる「極軸合わせ」を行う必要がある。日本の自転軸は真北の方角にある。極軸の北極星に赤道儀を合わせるには、35度の角度を確保する必要があり、流雲は三脚の上に35度傾けた自由雲台を取り付けて赤道儀を設置する。


 暗闇の空に星空が広がった。暫くすると、星空の中に流れ星が流れる。

 ぼんやりと「天の川」を見上げるが、星雲がぼやけて見えるだけだ。

(えぇ。晴れているのに何故?)

 慌てて、瞼を閉じる。


 雲龍院での「数息観」の呼吸法を思い起こし、あいあい岬の暗い海に向かって「坐禅」を組む。


 呼吸の数を数えながら、呼吸に意識を集中する。

 数息観の呼吸法を思い起こす。「息を静かに数秒かけて『い―』と鼻から吸いながら、息を止めて『ち―』と数秒かけて口から吐く。ひと呼吸づつ『い―ち―』『に―い―』と百まで数えながら行う」

 心を静め精神を集中する無心に「精神修養精」を心がける。

「雑念を払い、心に集中する」一炷時間(線香が燃え尽きる)の約45分が過ぎる頃、流雲の心の中から邪念が消えた。自然に自分の息を数えていた。心の中が静寂感に満たされる。


『心眼観』を感じた。

 すると、自然に心の中に「天の川が天球の上に帯状に広がり、銀色の星霧の中に明るく輝くミルクを流したような銀河の風景」が広がった。


 瞼を閉じ『心眼観』であいあい岬の暗い海上に意識を集中する。

 すると、閃光が轟く音が意識下に響いた。新月の闇空を見上げる。

 青白い光が闇空を引き裂くように走った。

 流雲は宇宙から降り注ぐ「青白い光の幕」に包まれた。

 眼が眩む衝撃に襲われ、一瞬、流雲の身体があいあい岬の暗闇に凍りつく。宇宙から『青白い光』のメッセージが流雲に届けられた。


 肉眼でも数千の星が瞬いているのが良く見える。「天の川銀河」が黒い海の上に、淡い雲のように流れている。天の川のあちらこちらに暗い部分が見える。暗黒星雲だ。星雲の向こうの闇に隠れる星々まで見える。

 銀河の川幅は広く、「蠍座と射手座」の周りは明るく輝いて見える。天頂で一段と輝きを放っているのは「白鳥座」だろう。


『心眼観』でファインダーを覗く。

 カメラの中、天の川が驚く程、鮮明に判別できる。天体の星雲や星団に、輝く星々が3次元の奥行きを持って迫ってくる。周辺星像も識別できる。

(何故か。鮮明に見える。俺の目が良くなったのかなぁ……) 


 ワザと少しだけ星の光を滲ませるように調整すると、頭の中のイメージに近い星の見え方になる。

 24mm超広角ズームレンズを装着し、ダイナミックな「天の川銀河」の撮影に挑戦する。星が滲んだり、明るい星が白飛びしないようにソフトフォーカス・フィルターを装着する。


 全天の星空撮影に円周魚眼レンズを装着する。円周魚眼で歪みを最小限に抑えた絵を撮って見る。魚眼で歪みを最小化すると、天の川も歪んでしまう。何とか180度の天の川全体を入れた構図を抑える。絞りをF3.5以下にシャッタースピード30程度に設定し、何度もシャッターを押し続けた。

(円周魚眼は凄い。こんなに宇宙感溢れる絵が撮れるとは想像しなかった)


 あいあい岬の水平線に街の灯りが見えるが、星空観測には影響を与えない。最高の星空観察スポットだった。

「天の川銀河」を見上げた。天の川の撮影は、東の空が竜胆色りんどういろから東雲色しののめいろに変化する明け方まで続けた。


 PR誌に掲載された天の川写真は評判が良かった。特に評判が良かったのは、銀河の星空と漁火の灯が瞬く漁船を撮らえた星景写真だった。

 流雲自身は、「蠍座と射手座」を滲ませて撮らえた写真が、自分のイメージした「天の川銀河」の星影を良く表現できたと満足していた。

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