第十六章 おかえり、わたし。
レオンの指が触れて淡く光りだした、彼の瞳と同じ、紫色の石。
それはすぐに眩しいぐらい紫に輝きだす。
『レオン…!』
私は不安になってレオンの顔を見上げる。けど光に遮られて上手く見えない。
「大丈夫。僕はここにいる。眩しかったら目を閉じておいで」
頭上からレオンの優しい声が聞こえる。私は言われるまま目を閉じた。
と、その時。突然お腹の辺りが熱くなる。
『な、なに…!?』
その熱は一瞬にして体中を駆け巡り、思わず身体をぎゅっと抱き締める。
熱い、何これ!私、どうなるの!?
「シルヴィア…!」
レオンの声がひどく遠くに聞こえ、私は焦った。
やだ、どこに行くの!?置いてかないで…!!追いかけたいけど身体が熱くて動けない…!
私はひたすら身体を抱き締め、ぎゅっと目を閉じて耐えた。
どれぐらいそうしていただろう。
静まり返った部屋の中、不意にレオンの声が耳元で響いた。
「あぁ、やっぱり可愛い。シルヴィア、もう大丈夫だよ」
その声に恐る恐る目を開けると、至近距離にレオンの顔があった。目が合うと、蕩けるような笑みを浮かべて私の頬を両手で包み込む。
「やっと、会えた…」
その声はひどく震えていて、私は思わずレオンの腕に触れた。
「あ……」
自分の手を見て私は絶句する。
黒い毛が生えた猫の手じゃない。肌色の、ちょっと荒れた、5本の指。
そのまま腕に視線を動かす。いつもシスターから貰ったクリームで手入れを欠かさなかった肌。
自然と、涙が零れた。
「シルヴィア」
名前を呼ばれて、目の前のひとを見る。
いつも下から見上げていた大切なひとの顔が、今は同じ高さにある。
…大好きなひとの顔を正面から真っ直ぐ見つめられるなんて、私はなんて幸せなんだろう。
大好きなひとに、やっと本当の自分を見て貰えた。喜びは新しい涙になって、私の頬を濡らす。レオンはそっと流れる涙を指で拭い、安心させるように背中をさすってくれた。
「レオン…」
「思った通り、今まで見てきた誰よりも綺麗で可愛いよ、シルヴィア。…会いたかった」
そのままぎゅっと抱き締められ、その温もりに心がやわやわとほぐれていく。
私も、会いたかった。人間の姿で、レオンに会いたかった…
身体を離したレオンは、ぐすぐすと鼻をすする私の額に触れる程度のキスをする。
「捜索願のイラストは当てにならないな。シルヴィアの可愛い顔を捉えきれてない」
レオンは悪戯っぽく笑って、私の姿を上から下まで嬉しそうに眺める。
「髪も栗色というよりは蜂蜜色だし。金の瞳は健在だけど、人間に戻ると一層存在感を増すね。それに体つきも妖精のようにしなやかだ」
そこまで褒めちぎられて何だか恥ずかしくなり、私は自分の身体を見下ろし…
「…………!!」
驚愕に凍りついた。なぜなら私は一糸纏わぬ全裸でベッドに座り込んでいたから。
猫の時はもちろん服なんか着てないから、当然といえば当然なんだけど、あまりの恥ずかしさにぼんっと顔が赤くなる。
そして大慌てで布団を被ろうと手を伸ばして……レオンにその腕を掴まれた。
「おっと」
「!!」
私の腕を軽く掴んだレオンは…これ以上ないぐらい艶めいた顔をしていた。
「だーめ。そんな綺麗な身体、隠しちゃうなんて勿体無い。」
「や、ちょっと!」
腕を取られたままじたばたと暴れる。
「逃がさないよ、シルヴィア。この日をどれだけ待ちわびていたか。今日は僕の好きにさせて貰うよ」
「好きに…って、何!?」
「分かってるくせに」
「分かんない!」
必死の抵抗も空しく、すっぽりとレオンの腕の中に納まってしまう。そのまま後ろからぎゅっと抱き締められ、顔の火照りがますます酷くなる。
「シルヴィアの身体、柔らかいね。それに猫のようにしなやかだ」
「そういう事をサラッと言わないで…」
抱き締められている間に足先でずるずると布団を引き寄せ、やっとの思いで布団を掛ける。
「なんで隠すの、可愛いのに」
「だ、だって…私だけ素っ裸なんて、居たたまれなくて…!」
ぽろっと口をついて出た言葉に、レオンは素早く反応する。
「分かった、じゃあ僕も脱げば良いよね?」
「え」
制止する間もなく身体を離したレオンは、上着を勢い良く脱ごうとして…
「わー!す、ストップストップ!そういう意味じゃなーい!!」
私は頭まで布団を被り、慌てて視界を覆い隠す。
「大丈夫大丈夫。今脱ぐか後で脱ぐかの違いだからさ」
どっちにしろ脱ぐのか!心の中で盛大に突っ込む。と、ふっとレオンが立ち上がった気配がしたと思ったら、部屋の照明がふっと落とされた。
「え?レオン?」
戸惑っていると再びベッドが軋み、レオンが元の位置に戻ってきた。……って、
「わ、わぁぁっ!?」
「何変な声出してんのさ、シルヴィア。…こら、逃げない」
素早く私の腕を掴んで引き寄せたレオンは…一糸纏わぬ裸になっていた。直に身体に触れる熱がたまらなく恥ずかしい。背中に当たるレオンの胸は引き締まっていて、ごつごつと固い。でも私を抱き締める力は限りなく優しくて、その大きな手と身体に包み込まれて、次第に緊張がほぐれていく。
「…ね、レオン」
「ん?」
「私…どこも変じゃない?ちゃんと人間に戻れてる?」
「もちろん。どこを見ても見惚れるぐらい綺麗だよ、シルヴィア」
きっぱりと言い切ったレオン。振り仰いだ顔はどこまでも真剣で、真っ直ぐに私を見つめてくれている。
「ずっと人間になった君をこうして抱き締めたかった。…シルヴィア、愛してるよ」
『愛してる』。その言葉が私の緊張を完全に取り払った。
「…うん、私も。私も愛してる、レオン。あなたに会えて、本当に良かった」
精一杯の気持ちを乗せて笑顔で囁く。拙い言葉でも、レオンの心へ届くように。
一瞬驚いたように目を丸くしたレオンは、すぐに蕩けるような笑顔に変わる。
「…シルヴィア、目を閉じて」
近付いてくるレオンの整った顔を心に焼き付け、そっと目を閉じた。
温かくて柔らかい感触が唇に乗る。
…嬉しい、幸せ、大好き、愛してる。
私の大切な騎士様は、今日、世界で一番大切な恋人になった。