3 司命と司録
小野は、多くの人が行き交う廊下に立っていた。目の前のドアには「司命・司録(第百二十八部門)」と書かれている。
小野の左手には、いつの間にか先程の人事異動通知書が握らされていた。
小野がどうしたものかとドアの前で考えていると、突然ドアが開いた。
ドアの向こうには、古風なセーラー服姿の美少女が立っていた。見た目は小野の魂の姿と同じ中学生くらいの姿。肩まで伸びたストレートヘアに、明るい笑顔。
「あ、あの……」
「話は聞いてるわ。さあ、中に入って」
どうしていいか分からない小野に、セーラー服の少女が笑顔でそう言うと、小野の手を取ってドアの中に招き入れた。
ドアの中は執務室になっていた。
執務室内には、机が三つ、ドアの向かい側と左右の壁の三面に沿ってコの字型に配置されていた。中央には、応接セットが置かれている。
ドアの向かい側の机では、年配の男性が書類を読んでいた。旧陸軍の軍服を着ていて、スキンヘッド。顎髭をたくわえた強面だ。その背後の窓には、閻魔様の執務室と同様、綺麗な空と雲海が広がっていた。
小野が呆然としていると、セーラー服の少女が小野の手から人事異動通知書を取り上げて一瞥し、年配の男性に声をかけた。
「司命様、閻魔様から連絡のあった、待望の欠員補充です!」
「おお、ありがたい! さあ、そこに座って」
年配の軍服の男性に促され、小野は部屋中央の応接セットのソファに座った。
† † †
「小野君って言うんだね。初めまして。第百二十八部門を担当する司命兼司録の久場だ」
「私は司録付の阿佐美よ。よろしく♪」
小野に向かい合って座った久場と阿佐美が、それぞれ自己紹介した。応接セットのローテーブルには、阿佐美が用意した煎茶とお茶菓子が置かれていた。死んだ後も飲食をするんだ、と小野は少し不思議な気分になった。
小野は、戸惑いつつも、まずは疑問を聞いてみることにした。
「す、すみません。僕は閻魔様に呼ばれた後、冥官だか司命だかに採用されたとか言われたのですが、何が何だかさっぱり分からなくて」
それを聞いた久場と阿佐美が笑うと、阿佐美が小野に言った。
「閻魔様はとにかく忙しいから、いつも説明が雑なのよね。私が説明するわ。冥官っていうのは、あの世の公務員のことね。司命と司録って知ってる?」
「いえ、すみません」
「謝らなくていいわよ。司命は冥官のうち閻魔様の判決を言い渡す者で、司録は裁判を記録する者なの。司命と司録がペアで閻魔様の裁判を補佐するの。最初は一人ずつだったらしいけど、ほら、日本の人口が増えたでしょ? なので、増員されたわけ。司命様、今は何部門まであるんでしたっけ」
「確か六百部門くらいだね」
久場が言った。想像を遥かに上回る数だった。
阿佐美が続ける。
「各部門には、司命と司録が一人ずつ配置されていて、全体を統括する第一部門を除き、それぞれ冥官が一人ずつ付いて執務に当たってるってわけ。人手不足で兼務や欠員が常態化してるけどね」
……それで、この部は司命が司録を兼務していて、司命付の冥官も小野が来るまで欠員だったのか。ということは、もしかしてブラック体質で退職できないのではないか。小野は急に不安になってきたので、その辺りを聞いてみることにした。
「あ、あの、この仕事って任期はあるんでしょうか?」
阿佐美が笑顔で言った。
「任期はないけど、いつでも辞められるわよ。そろそろ天国に行きたいと思えば、いつでも天国へゴー!」
久場が苦笑しながら続けて話す。
「まあ、だからこそ慢性的な人手不足なんだけどね」
「そうなんですね」
小野がホッとして答えた直後、執務室内に「ピンポンパンポン」とメロディーが流れ、その後にアナウンスが流れた。
「第百二十八、第三十四、第二百六十三、第十八の各部門の方は待機をお願いします」
「お、もうこんな時間か。じゃあ、小野君、いきなりで悪いけど、これから閻魔様の裁判に立ち会うから一緒によろしく」
「え、裁判にですか?」
「立っているだけだから大丈夫だよ」
久場が不安そうな小野を見て笑いながらそう言うと、ソファから立ち上がった。




