19 一騎討ち
「童、そこまでして死にたいか!」
筑後六郎が、腹の底に響く大声で叫んだ。
藤一郎が負けじと必死に叫び返す。
「主と郎党を失い、このままおめおめと帰っては死んでも死にきれん! 西面の武士、筑後六郎殿ほどの猛者と一戦交えることができれば、この命、失っても本望だ!」
「よう言うた! 童、いや、下河辺の桜田藤一郎、お相手いたそう! はあっ!」
そう叫ぶと、筑後六郎が藤一郎に馬を向けて駆け出した。矢をつがえる。
「やあっ!」
藤一郎も馬を筑後六郎へ向け駆け出した。体を揺すり上げて華奢な身体に合わない大鎧を何とか整えると、筑後六郎に向かって左側に走りながら、矢をつがえた。
ほぼ同時に両者が矢を放った。どちらの矢も、両者の至近を通過して外れた。
続けざま、藤一郎が第二矢を放った。矢は筑後六郎の大鎧の胸のど真ん中に刺さった。
「やった!」
「いや、奥まで届いておらん!」
喜んだ小野に爺が叫んだ。筑後六郎は大鎧の胸に刺さった矢を引き抜いて投げ捨てると、第二矢をつがえて弓を引き絞った。
「相手の弓の勢いを削ごうと、あえて馬手に回る咄嗟の機転。弓の腕も立つ……だが膂力が足らん! 覚悟!」
筑後六郎が藤一郎の右手側をすれ違う直前、藤一郎に第二矢を放った。矢は藤一郎の大鎧の右脇腹部分を貫いた。
藤一郎は馬上でバランスを崩し、左に体が傾き、落馬した。
† † †
「藤一郎殿!」
戦いを見守っていた小野が叫び、落馬した藤一郎のもとへ走り出した。それを、爺が小野の服を掴んで止めた。
「行くな、篤!」
「で、でも!」
「藤一郎殿に恥をかかすな! 見守るのじゃ」
小野の服を掴む爺の手は震え、目には涙が浮かんでいた。
藤一郎の馬が、落馬した藤一郎のところへ戻ってきた。心配そうに藤一郎に鼻を近づける。藤一郎は動かない。
「ほう、馬が戻るか……」
筑後六郎が馬上から藤一郎を見やった。少し驚いた顔をした後、ニヤリと笑う。
筑後六郎が宇治川を見た。筏に乗った北条泰時らの軍勢が川を渡っていた。
それを見た筑後六郎が、筏に乗る北条泰時に向かって大声で叫んだ。
「下河辺が郎党、桜田藤一郎、見事な戦いぶりであった!」
そう言うと、筑後六郎は宇治川を渡り終えた軍勢の方へ馬を向け、駆けて行った。
† † †
「藤一郎殿!」
筑後六郎を見送った爺と小野は、地面に倒れたままの藤一郎のところへ走って行った。爺が藤一郎の上半身を抱え起こし、首に手を当てる。
「まだ生きておられるぞ!」
爺が急いで大鎧を脱がせる。矢は貫通していたが、華奢な身体に大き過ぎる大鎧であったことが幸いし、矢が身体と大鎧の隙間を抜けたようだった。右脇腹から背中にかけて、かすり傷がある程度だ。
「よ、良かった……落馬の衝撃で気を失っておられるだけじゃ!」
爺が喜んで叫んだ。その声を聞いた藤一郎がゆっくりと目を開けた。
「じ、爺か……」
「藤一郎殿!」
「ここは? 爺も死んだのか?」
「爺は生きておりますぞ。もちろん、藤一郎殿も生きておられます!」
爺が泣きながら笑った。藤一郎が自分の首や脇腹、背中に手で触れる。
「大きすぎる鎧に助けられたか……それにしても完敗だったな」
藤一郎が苦笑した。その表情は悔しさを滲ませつつ、どこか晴れ晴れとしたものだった。
爺が藤一郎に優しく言った。
「あの筑後六郎をこの場に足留めできただけでも大手柄ですぞ」
辺りには宇治川を渡った味方の軍勢がどんどん増えてきた。官軍は敗走し始めた。宇治川の戦いの趨勢は決したようだった。




