七十三話
私、アマテル・イオスはアインを追いかけて、飛び出していったエレインちゃんを迎えるため、義父上のエルファス閣下。旦那となった弟と同い年の男の子、イクリルくん――いえ、イクリルとともにイオス城の玉座の間にいました。
今回、義父上。エルファス閣下は大層ご立腹です。まぁ、仕方ありません。仮にも公爵令嬢が単身飛び出していったのですから。
まぁ、それが彼女の、エレインちゃんの良いところでもあるんです。多少、お転婆ではありますけど、ね。
そんな私の考えは、玉座の間へ入ってきた彼女を見て、吹き飛びました。
生気を失ったかのような青白い肌。目は虚ろで、気のせいか綺麗な朱髪もくすんで見えます。
いつもの、向日葵のような明るさの彼女からはあり得ないような変化でした。
その証拠に、入ってきたら説教しようと思っていたはずの閣下も絶句し、イクリルも息を呑んでいます。
「……お父様。勝手に飛び出し、誠に申し訳ありません」
「お、おぉ……」
がしゃり、と片膝を付いて頭を垂れるエレインちゃん。いったい、本当に何があったのか。
「その……。何があったのか、エレイン」
義父上がたどたどしくエレインちゃんへ問いかけます。閣下としても、どう問いかけて良いのか分からないんでしょう。
それに対して、エレインちゃんは顔を上げずに応えました。まるで、裁きを待つ咎人のように。
「……なにも。なにも、ございません。お父様」
声すら生気が失われていっています。このままじゃ不味いかもしれない。私の直感が、そう囁きます。
私は義父上、そしてイクリルへ声をかけました。ここは任せてほしい、と。
「義父上、ここは私に……」
「……そうだな。任せてもよいかな、アマテル殿。イクリルも良いな?」
「はい、父上」
そして義父上はぎしり、と玉座から立ち上がります。義父上とイクリルが歩く度に響く布擦れ以外、静寂が場を支配します。
そして、ぎぃ、と扉が閉まり、ここに。玉座の間にいるのは私とエレインちゃんだけになりました。
それを確認すると私はエレインちゃんへ歩み寄ります。彼女は未だに片膝を付いて、頭を垂れていました。
私も彼女のように片膝を付くと、肩に手をかけ、語りかけます。
「ねぇ、エレイン義姉様。ここは私だけしかいないわ。だから教えて――」
私の言葉は最後まで続きませんでした。彼女が、エレインちゃんが、どん、と抱きついてきたから。
その勢いに私は尻餅を着きました。私の冷静な部分が、ドレスが汚れたかしら。なんて、場違いな感想を持ちます。
でも、それ以上に感じたのは――。
――この娘、こんなに華奢だったかしら。
弟、アインとイクリルが同い年のように、私とエレインちゃんもまた同い年。なのに、いまのエレインちゃんはまるで幼子のように震えています。
それだけじゃありません。
エレインちゃんは日々騎士として鍛練していたのですから、私よりも力が強い。そのはずなのに、いまの彼女は私でも手折れそうなほど弱々しい。
「アマテル、さん……。あたし、あたしぃ――」
声が震えています。まるで、雨に打たれる子犬のように。神に縋る信徒のように。
いままでのエレインちゃんでは考えられない心の弱り方でした。
「いや、だよぅ……。あ、たし。アイン、取られ、ちゃうぅ……」
「……えっ?」
ここで弟。アインが関わってくる?
そう思いながら私は少しづつでも話してもらうように、彼女の心の内を聞き取ります。
そして、少し飛び飛びな、支離滅裂なエレインちゃんのことを全部聞いた私は頭を抱えたくなりました。
本当に、あの愚弟……!!
あの子、アインは本当に分かってるのかしら。自身がいずれこの娘。エレインちゃんを正室として迎えなければならない立場だということに。
そのためにディオスクロイ子爵夫人も、義父上。エルファス公爵閣下も動いている、というのに。
というか! その筋書きを描いたのは自分でしょうに、迂闊すぎるわよ!
「大丈夫よ、大丈夫。ねぇ、エレインちゃん。アインは、ちゃんとあなたを迎えにくるわ」
「アマテル、さん……」
というか、愚弟。不義理をしようものなら首に縄を着けてでも連れてくるわ。絶対に……。と、いけない。かなり、頭が熱くなってる。冷静に、冷静にならないと。
私はエレインちゃんの背中をぽんぽん叩いてあやしながら、次にすべきことを考える。
「とはいえ、義父上にお伝えするしかない、わよねぇ……」
幸い、私の呟きはエレインちゃんに届かなかったようだ。
ある意味、今回もアインの醜聞、ではあるのだけど。私はどうしたものか、と内心頭を抱えることしかできなかった。




