六十四話
鍛練の一休止で広場に座っていたボクたちの耳へ騒がしい声が聞こえてきた。
この頃、兄さ――男爵さまの領主館の近くや、広場。新たに建設されてる領主館近くの建物、それに一部解放され始めた奴隷の人たち。とくに兵士として続ける決意をした人たちが詰める兵舎で騒いでる奴隷の人たちがいる。
ボクはそれが不思議でよく一緒に訓練している戦争奴隷――いまは解放されて、兵士の一人として兵舎に詰めてる――のアルドさんに話を聞いてた。
「ねぇ、アルドさん? あの人たち、なんであんなに騒いでるの?」
「あぁ、あいつらなぁ……」
どこか呆れた様子でぽりぽり、と頭を掻いてるアルドさん。
そして、真剣な顔でボクの質問に答えてくれた。
「あいつらもなぁ、不安なんだよ」
「不安……?」
「あぁ、そうだ。俺なんかは戦場で負けて、取っ捕まって奴隷になった口だ」
懐かしむような声色。そして、アルドさんは騒いでる人たちを見る。どこか、憐れむような目線で。
「だけど、あいつらは口減らし。村が生き残るために売られた奴らだ。中にはガキの頃に売られて、買い取った主人からまた売られた。なんて奴もいる」
「……そう、なんだ」
……知らなかった。そんなことがあったんだ。でも――。
「あいつらは奴隷以外の生き方なんて知らねぇ。いきなり自由人になれ、何て言われてもわかんねぇのさ。生き方も、未来も。だから不安になる」
「でも、男爵さまは……」
兄さん、アインさまはそんなことしない。するつもりなんてない。もし、そんな人だったボクたちの暮らしは、きっと。
「あぁ、男爵さまは見た目はガキだかスゴいお人だよ。俺も命を懸けたくなる」
「なら――」
「だが、そんなのあいつらには関係ない。今は良い、だが、その先は? 男爵さまが変節する可能性は? そんなことが頭から離れないのさ」
アルドさんがなに言ってるのか分からない。それより、その言葉を聞いて、かっ、と頭が、目の奥が熱くなった。そんなの――。
「――あり得ない! 兄さんは!」
そこで、ボクの目に驚いてるアルドさんの顔が見えた。それで、頭が冷えた。
そして、アルドさんはすぐににやにやし始めて……。
「あぁ、そうだな。お前のお兄さんはスゴいもんな?」
「うぅ……」
……恥ずかしい。つい、かっ、てなって。
「……本当に、スゴいもんな。あの人は」
「アルドさん?」
ぽつり、とこぼしたアルドさん。その目は遠くを見ているようで――。
「嬢ちゃんも俺も、運が良かったんだ。あんなお人に出会えて」
「……うん」
一番最初。兄さん、おにーちゃんが初めて村に来たときのことを思い出す。
少し年上の男の人で、お貴族さまで。怖くて、父さんの陰に隠れたこと。
領主館で、前の代官さんが隠してた食べ物を見つけて、いっぱい誉めてもらって。
あの広場。モンスターに襲われた時、おに~ちゃんに守ってもらって。それでも、ふたりともあと少しで殺されそうになって、それをアスガルさん、エレインさまに助けられて、騎士に憧れて。
そして、今のボクがいる。
アスガルさんに鍛えられて。アルドさんと鍛練して。アルドさんと同じ奴隷で、アスガルさんに認められたガッツさん、ゴートさんが準騎士に、ボクが従士として取り立てられて。
だから信じられなかった。兄さんを信じない。信じられない人がいるなんて。
兄さんのことを考えると、胸の奥がポカポカして、とくん、とくん、って心の奥が熱くなるのに。
「それに、大丈夫さ」
「ふぇっ……?」
急にそんなことを言うアルドさん。どうして?
「そんなスゴいあの人が、あいつらを放っておけると思うか?」
反射的に首をぶんぶん、と横に振る。兄さんならきっと救ってくれる。昔、村を、フェネクスを救ってくれたように。
「だから、心配するだけ野暮ってもんだ。だろ?」
ボクに、にかっ、て笑うアルドさん。
そうだよね、兄さんなら大丈夫だもんね。
「うんっ!」
「それより、そろそろ休憩も終わりだ。嬢ちゃん、立てるか?」
「大丈夫っ!」
ボクは背中を地面につけるように倒れ込むとともに、足で反動をつけて、ぴょん、って跳び上がる。
ちゃんと立ったボクはアルドさんへ、Vサインを向ける。
「へへんっ!」
「おおっ、やる気満々だな!」
「とーぜん!」
そしてアルドさんは剣と盾。ボクはロングソードとショートソードの二刀を構える。
また、今日も勝たせてもらうもんねっ!
そうして、ボクたちは今日も鍛練に励むんだ。
いつか、村が。フェネクスに危険が迫った時、守れるように。
前にアスガルさんとエレインさまに守ってもらったように。今度はボクが!




