四十八話
マイア夫人による情報操作の疑いが浮上してから一週間。とりあえず、いまもまだ辺境領は平和だった。
「平和なのはいいこと、なんだがね」
「我々の仕事は平時だろうと変わりませんからね」
同じ執務室で仕事をしていたレグルスのぼやき。それが聞こえて、苦笑いが深くなる。
それ以外にはさらさら、とペンの走る音のみが辺りに響く。
「そういえば、イオネ殿はどうしたので?」
「あれには、教育と諜報を任せている」
そう、イオネにはレグルスの仕事が増えたことで飛び飛びとなっていた教育のフォローと、王都での諜報を任せていた。まぁ、王都に関しては彼女本人は行かせず、部下を派遣させる、というかたちになった。
「せめて、アスガルがもう少しこちらの仕事が出来たら良かったんだが……」
「出来たところで、今度は調練がたち行かなくなりますよ」
「それもそうか……」
何だかんだで、アスガルも領民たちの一部、そして奴隷に訓練を施している。その中でも何人か出来の良い、士官候補となれそうな人材はいるようだ。
もっとも、あれがあげた報告書をみた時、少々我が目を疑ったが――。
「まさかメルに魔法と剣術、それに指揮の才能がある、とはなぁ……」
もともと大馬鹿者。俺の前任の代官が来る前、メルは子供たちのまとめ役、と言えるような立ち位置だったらしい。その経験が生きているのかもしれない。
むろん、子供の統率と軍隊の指揮は別物。だが、必ずしも応用が効かないわけでもないだろう。
「いまは身体が小さいこともあって、体格差の不利があるが……」
それも成長とともに緩和されるだろう。
俺が領地にきた時、メルは10歳前後だった。それから2年。いまのメルは12歳。前の世界で例えるなら小学校高学年だ。
そして、女子の成長期は12から15歳くらい。これから成長期へ入るわけだ。
体格という意味でも、背丈という意味でも彼女はこれから成長していく。一人の人として、女性として。そしてそれは、彼女の能力を高めていくだろう、間違いなく。
つまり、いまのメルは伸び代だらけ。ということでもある。
しかし、なぁ……。
「ふぅ……」
「どうされました、アインさま?」
「いや、なんでもない」
にやにや、とこちらを見てくるレグルス。それを感じて、俺は憤りを覚えた。
イオネの影響か、この頃はレグルス、アスガルまで俺をからかおうとしてきて困る。まぁ、取っつきどころのない上司、と取られるよりはマシだろうが。
それよりもメルだ。この頃は調練やアスガルの指導を得て、どうにも俺との距離が開いているように感じる。身内、としてではなく主君と騎士、という距離感になってきたんだ。
以前はとことこ歩いてきて、おにーちゃん。なんて抱きついてきたのに。いまでは基本、領主さま。人気がないところでも、にいさん呼びだ。それが少し寂しくある。
アスガルの教育の賜物と言えばそれまでだし、上司と部下があまり馴れ合うというのも外聞が悪いのは事実。
もっとも、それを言ったらイオネはどうなるのか、と突っ込まれそうではあるが……。
「やはり、寂しいですか?」
「分かってるなら言うなよ」
本当にレグルスのやつ。
あの初対面の時、震えていた女の子が俺を慕い、成長しているのは嬉しい。妹分として目をかけていたのだから感動は一入だ。
現状軍事に関してアスガルに頼りっばなしな状況だが、それだっていつか限界が来る。なにしろ、アスガルはもう30歳に近い。いまは軍事のまとめ役となっているが、間違いなく引退する時が来る。
その時、後を継ぐのはおそらくメルになるだろう。アスガル自身もそれを感じているからこそ、メルを鍛えている。自身の後継として、新たな軍事の旗頭として。
俺はいずれ、この領地固有の騎士団を編成するつもりだ。その時、騎士団長はアスガルとなるのは確定している。
騎士団が編成された時点では、まだメルに幹部クラスの仕事は無理だろう。よくて小隊長、そこら辺りだ。
だが、それでいい。そこから経験させ、中隊長、副団長とステップアップさせていく。それは俺とアスガル、ふたりの共通見解だ。
「はじめはそんなことになるなんて、想像もしてなかったんだがな」
「まぁ可愛らしい女の子、でしたからねぇ」
ほんの二年前のはずなのに懐かしさを覚えてしまう。それだけ、この領地に来てからの経験が濃い、ということでもあるのだろう。
「ま、なんにせよ。アスガルにしろ、メルにしろ。あいつらが活躍すればそれだけ宣伝になる」
なにしろ、アスガルは傭兵上がりの騎士。メルに至っては農民上がり、しかも女性だ。
世間受けするし、なにより間違いなくシンデレラストーリーとして受け入れられるだろう。良くも、悪くも。
「あとは俺たちがどこまで守ってやれるか」
「そのための法、そして規律の整備が必要ですな」
「あぁ、その通りだ」
そして、メルの話。噂が有名になればなるほど領民たちの希望となる。貴族でなくとも騎士になれる。男でなくとも騎士になれる、と。
そのためにも、前例を作るためにも俺らもまた、頑張らなくてはならない。
「さて、雑談は終わりだ。仕事を続けるとしよう」
「承知いたしました」
その言葉を最後に、執務室には再びさらさら、とペンの走る音が響くのだった。




