三十一話
あの秋の収穫祭から季節は巡り、極寒の冬を通り越し、若葉が芽吹く春が近づいてきた。
去年の冬もなんとか、凍死者も餓死者も出さずに、年を越えることが出来た。それもこれも、やはり一番の立役者は公爵家の黒鍬隊、そしてエレインだろう。
彼らが辺境領へ派遣されたからこそ、領民たちの家の普請が間に合い、冬を越せたと言える。
その彼らも収穫祭が終わった後、領地である公爵家へと帰っていった。最後の仕事として、職人たちの仮設住宅を建築するおまけ付きで。
そして、春が近づいてきた今日この頃。マーネン商会から職人、技術者の選定ならびに、こちらへ引っ越しする準備が終わったとの連絡があった。
「ふぅ、とりあえず順調、とは言えるのかな?」
「そうですね、アインさま」
執務室で共に作業していたレグルスと確認し合う。どことなく、レグルスもホッとした顔つきをしていた。
なにしろ、去年はイベントが目白押しだった。しかも、最後はモンスターの襲撃だ。あれ以降、なにか問題が起きるかも、と冷や冷やしていたものだが、結果として問題なく終わったのだから万々歳ではある。
職人たちが引っ越してきたら、ひとまず仮設住宅に入ってもらい、自身たち。というか大工に各々の住居を建ててもらう予定だ。
なにしろ、同じパルサ王国とは言え、この辺境領と公爵家では生活レベルが違う。この村の住居レベルでは満足できない可能性は十分ある。ならば、自身らで満足できる住居を建築してもらおう、という寸法だ。
むろん、この際も報酬はきちんと支給する。自分等の住居を建てるのだから、金銭は支払わない、などとなったら間違いなく見限られるのは分かりきっている。多少痛い出費であるが、仕方ないと割り切ろう。
そんな未来への段取りをしながら仕事をしていた俺であるが――。
「坊っちゃん。失礼しますぞ!」
ばんっ! と勢いよく扉が開け放たれ、アスガルが中へ入ってくる。
「おい、返事を待たずに――」
顔を上げ、注意をしようとして、アスガルが尋常ならざる顔をしていることに気づいた。何事だ?
それによくよく考えれば、この時間は訓練の一貫として河川へ遠征していたはず。そのアスガルがなぜここに戻ってきている?
「申し訳ない。しかし、坊っちゃん。これを見てもらえますかな?」
その言葉と共に、アスガルは手に持っていた袋を引っくり返す。……手、ちょっと待て!
「屋内に砂をぶちまけるやつがあるか!」
「これだから脳筋バカは……」
目一杯、机の上に広がる砂。俺は反射的に怒鳴り、レグルスは呆れ返っている。しかし、アスガルの表情はまだ固い。
「よく見てください、坊っちゃん」
「……いったい、なんだと――」
本当なら、もう少し説教をしたいところだが、まぁ、アスガルがここまで言うんだ。と思い、よく観察しようとして固まる。横で同じようにレグルスも固まっている雰囲気を感じた。それも仕方ない。
確かにぶちまけられたのは砂だ。それは間違いない。しかし、その砂の一部。一摘まみ程度の量であるが、わずかにキラキラと、金色の輝きをみせていた。
「砂金、だと……?」
そう、アスガルが持ち込んだもの。それは砂金。それが川で取れた。その意味に、俺とレグルスは固まっていたんだ。
当然だ。川に砂金がある、ということ。それはつまり……。
「近くに金鉱脈。金山がある可能性が高い?」
「そう、なりますね」
正直、頭が痛くなってきた。砂金、金鉱山があるかもしれない。というのは手放し――と言えるかは微妙だが、喜べる。
しかも、今度移住してくる職人、技術者の中には山師。山岳地帯のエキスパートがいる。まさしく、天祐だと言える。
ただし、問題としてその山師を紹介したのはマーネン商会。首輪がついていたとしても何らおかしくない。
「さて、どうしたものか……」
正直、実家。アルデバラン伯爵家には伝えたくない。姉貴、アマテルなら重要度は分かるだろうが、親父どのだとなにも考えずに、そのままポッケないないしそうな怖さがある。うちの親父どのにはそんな浅慮さがあるから恐ろしい。
かといって、マーネン商会に知られるだけ、というのも面白くない。もちろん、かの商会の力は必要だろう。ただ、独占させる義理もない。
となると、やはり。こちらの後ろ楯になってもらいたい、という意味でも公爵家に話を通すべきか。それに、公爵家のご当主とは少なからず縁がある。
「この頃の王家。しかも、第二王子。あのアクラの醜態を見ると、本当に現実味を帯びてきたしな」
王国の腐敗と凋落。それが現実味を帯びてきた、と言える。
かつて、公爵閣下にご下問をいただいた時。あの時、閣下は娘、エレインの従者的な立場だった俺の為人を図ろうとしたのだと思う。が、俺としても、この縁を有効的に使おうと、可能性のひとつとして王国崩壊の可能性を上げた。
その時は、まだサルガス陛下の執務が途切れがちになる前。どちらかと言うと、戦争のしすぎで国が疲弊して革命、という可能性を示唆した。
……が、この頃は陛下の体調の都合で戦争頻度が減り、疲弊が少なくなる。と安堵していたのだが。
「まさか、こんなことになるとは……」
出来れば早急に足場固めをしたい。しかし、固めるにはもろもろが足りなすぎる。
物資、人員、文化。あらゆるものが足りない。
物資、人員は言わずもがな。文化は言い換えれば意識。自身がこのコミュニティに所属する、という帰属意識だ。それを構成するには時間が足りない。
時間を稼ぎたい、という思いはある。しかし、現実的には厳しいだろう。もうそろそろ、技術者たちが到着するはずだ。彼らに見つからないように、というのはまず無理だし、死蔵する、という手も取れない。正確に言うなら余裕がない。
……物事をうまく進めるためのコツは、悲観的に考えながら、楽観的に行動する。と、聞いた覚えがある。ならば、俺もそれに倣うべきか。
少なくとも、マーネン商会について味方、というのは憚られるが、敵、と呼ばれるような行動はしていない。それを信用するべき、だろう。
悩む俺の耳に、がちゃり、と扉が開く音がした。
「あの、おにーちゃん……」
「どうした、メルちゃん?」
千客万来、だな。今度はメルが現れた。確か、この娘もアスガルと共に調練へ出てたはずだが……。
いや、アスガルと一緒に戻ってきたのか。それより――。
「お客さん……。その、マーネン商会の人が来たよ?」
「そっかぁ……」
どうやらタイムリミットのようだ。出迎えるしかあるまい。
……そう、考えていたのだが。
「毎度、領主さま?」
目の前にはマーネン商会頭取のヴァン。そして、後ろには――。
――職人とその家族、にしては余りに多い人間。まさか、また奴隷を連れてきた? そちらは聞いてないんだが。
そんな俺の思いをよそに、ヴァンはいつもの胡散臭い笑みを浮かべていた。




