7話
そうして1週間後、ルイス様の誕生日パーティーの日になった。
「わたし、どこか変じゃないかしら」
わたしは、鏡の前で何度も自分の姿を見ては、忙しなく待合室をウロウロしていた。
わたしが今日着ているベージュのドレスは、今日のために新しく仕立てたものだった。所々にあしらわれたレースや、すっきりとしたシルエットが、大人びた雰囲気を醸し出している。ただ、胸元と指には、ルビーが使われたアクセサリーを身に着けていて、洗練された印象になっていると思う。
けれど……
「とても、お綺麗ですよ」
「そうかしら……ルイス様は似合うと言ってくれるかしら……?」
どうしても、そんなことを考えてしまう。先日、指輪によって見える数字が愛の深さだということを知った。だが、本当にルイス様はわたしのことを愛しているのだろうか。
「……私が何を言っても無駄なようですね。それならば、ルイス様にお会いしてきたらどうですか?パーティーが始まってしまってからでは中々2人きりになれないかもしれませんし」
侍女の提案に、わたしの心は揺れる。ルイス様に会いたい。……でも、邪魔をしてしまったら?
「もう、仕方がない人ですね。行ってきてください。ルイス様は、あなたを待っていますよ」
「わたしを、待ってる……?」
「ええ。どうも、女心に疎い男を婚約者に持つと、女の勘が良くなるようでして。――行ってきてください。パーティーまでは時間があります」
侍女のその言葉に背中を押され、わたしは一歩踏み出した。
「わかったわ。行ってくる」
今日、ルイス様にわたしの想いを、伝えるんだ。
◇◆◇
「ルイス様?わたしです。入っても良いでしょうか?」
わたしは、パーティー会場であるペルヴィス家の邸の一室、ルイス様の部屋を訪れていた。
わたしが先ほどまでいた待合室から、直ぐ側にあった。
「……入ってくれ」
少しの沈黙の後、いつもの淡々とした声が聞こえ、わたしは恐る恐る扉を開けた。そして、わたしは息を呑んだ。
「……!」
扉の向こうには、紺色の燕尾服をその身に纏ったルイス様が立っていた。普段の彼の装いからしたら、大分華やかではあったが、何しろ容姿端麗なため、完全に着こなしていた。更に、普段は下ろしている前髪を掻き上げ、美しい碧い瞳がいつもより輝きを放って見える。
「……その、変だろうか?」
わたしが目を軽く見開き、固まってしまったため、ルイス様は不安そうに尋ねる。
「いえ、そんなことは……!むしろ、そ、その……かっこいい、です……」
恥ずかしさのあまり顔は真っ赤になり、言葉は小さくなってしまった。だが、ルイス様にはちゃんと届いたらしい。
「……そうか」
それきり言葉が絶えてしまい、わたしは必死に言葉を紡ぐ。
「その、パーティーが始まってしまったら、時間がないと思ったので、プレゼントを今渡しても良いですか?」
「!あ、ああ。勿論だ」
わたしは後ろ手に持っていた包をルイス様に差し出した。
「お誕生日、おめでとうございます!」
今度は目を見て、しっかりと言うことが出来た。
「ありがとう。……開けてもいいか?」
「は、はい」
慎重に包を開けるルイス様に、心が温まる。
「ネクタイ、……とアクセサリーか?」
「はいっ」
実は後日、ネクタイの他に、普段の服装に合うアクセサリーを選んでいた。月桂樹のモチーフのアクセサリーは、チェーンが付いていて、胸元に着けるタイプのものだった。
「早速つけてもいいか?」
「え!?良いのですか」
まさか、この場でつけてもらえるとは考えていなかったので、わたしは驚くとともに、喜びを感じていた。
「ああ。着けてくれるか?」
「はい!」
……とは言ったものの、思った以上に距離が近く、緊張してしまう。わたしより頭一つ分以上背の高いルイス様の胸元にアクセサリーを取り付けていると、どうしてもルイス様に包みこまれているような気持ちになって、心が落ち着かない。
「で、できました!」
「ありがとう。気に入ったよ」
僅かに微笑んだルイス様に、わたしの胸が幸せで満たされるのを感じた。
「わたしも、そう言ってもらえて嬉しいです」
抑えきれず、満面の笑顔をこぼしてしまうわたしに、ルイス様は何かを呟きながら顔を押さえている。どうしたのだろう?
などと思っているとルイス様はすっかりいつも通りの無表情に戻り、――そして、それ以上に真剣な表情をした。
「……君に、伝えたいことがある。聞いてくれないか?」
慎重で、真剣な声色のルイス様に、わたしは何となく不安になってしまう。
「何でしょうか……?」
わたしが不安ながらにそう問うと、ルイス様は躊躇いながら口を開く。
「それは……」
ルイス様が言葉を発するまでが、とても長い時間のように感じられた。
「――アリシア。俺は、君を愛している。この世の誰よりも」
真剣なその言葉は、わたしに向けられた愛の言葉だった。
――愛の深さ、だよ
老店主の声がふと蘇り、わたしは目を見開いた。そっか、本当に、わたしはルイス様に愛してもらえていたんだ。不安が消え去り、じわじわと喜びが胸に満ちていく。
「今まで一切気持ちを伝えていなくて悪かった。不安にさせていたとしたら、本当に済まない」
そう言って頭を下げるルイス様に、喜びも忘れて焦る。
「そ、そんな、顔を上げてくださいっ」
「だが……今までのことはなかったことには出来ない」
変なところまで騎士らしく、真っ直ぐな心根に、わたしの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
「今、ルイス様の言葉を聞けて、わたしは十分です。本当に、ありがとうございます」
「……そうか」
ルイス様は、いつもの無表情に戻りながらも、どこか嬉しそうだった。
「――そうだ、君に、俺から渡したい物があったんだ」
「ルイス様から……?」
「ああ」
そう言って、ルイス様は燕尾服の懐を探る。
「アリシア。受け取ってくれないか」
「はい……?」
ルイス様は懐から取り出した小さな紺色の小箱を、わたしが咄嗟に出した両手にそっと置いた。
ルイス様が見ている中、わたしは再び緊張しながら小箱を開けた。そこに入っていたのは――
「まあ!ルイス様の瞳の色と同じですわ……!」
ルイス様の瞳を思わせる、サファイアがあしらわれた指輪だった。
それを見てわたしがそう言うと、ルイスはとても恥ずかしそうにした。
「君はそのルビーの指輪をいつもつけているから気に入らないかもしれないと思ったのだが――」
「いいえ、とっても嬉しいですわ!」
わたしはルイス様の声を遮り、溢れんばかりの笑みを浮かべて言った。
「そうか」
「はい。…………――それに、これはもう、いらないのです」
そうして、わたしはルビーの指輪を取り、代わりにサファイアの指輪を手に取る。すると、ルイス様はわたしの手から指輪を取り、わたしの薬指に嵌めた。これ以上ない幸せに、心からの笑みが溢れる。
「ルイス様、ずっと前から、あなただけを愛しています」
気づけば恥じらいも忘れて、わたしはルイス様に自分の想いを伝えていた。
「俺もだ。アリシア、愛している。こんな俺と、ずっと一緒にいてくれるか……?」
「もちろんです!」
ルイス様はわたしを引き寄せると、額にキスをした。微かに感じた温もりに、わたしは目を細める。
「……!ずるいですわ」
恥ずかしくて頬を染めたわたしを見て笑っている彼に、わたしは唇を尖らせる。そして、気を抜いている彼の唇を奪った。奪った、といっても触れるだけのキスだったけれど。
「アリシア!?」
「お返しですわ」
わたしたちはお互いに頬を染めながら、パーティーが始まるまで暫し、談笑を楽しんだ。
もう、不思議な数字が見えることはない。でも、もうわたしはもう不安になることはない。
だって、こんなにも愛されているのだから。
ついに、完結です!
あらためて、この作品に出会っていただき、そして最後まで読んでくださり、ありがとうございました!