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*3(承前)

(やっと会えた、レリ)

 彼女は月光に照らされて、蒼白く姿を晒す彼を見つめていた。その姿は思わず見直すほど異様なものだった。身長は150センチほど。13歳としては少し低い程度だが短足で少し太り気味なので、見た目は実際以上に太って見えた。

 異様なのは上半身で腕が異常に細く長く、その姿は雪だるまに刺した枯れ枝の腕のよう、更に頭が極端に小さく色も黒く、顔の造作自体は悪くないのだがアマゾンの未開人か何かが作る干し首を連想させ、唇がほとんど薄い一本線なので、その印象が高められている。

 彼女は無表情のままだったが、幾分動揺していた。現実感が薄れ、何か別の惑星の荒野で対峙するかのような、そんなドラマチックな感覚があった。多分ジェイがそういう印象を抱き、彼女が無意識に同調したからなのだろう。

(どう?ぼくのこの姿は透視出来ていた?)

 彼女の内心を見透かしたようにジェイが聞く。

(いいえ。いつも黒い影のようでよく見えなかった)

(じゃあぼくの勝ちだね。誰かからのアクセスには、ぼく、敏感なんだ。だから誰かが『見て』いたらいつだろうと煙幕を張っていた。分かる?煙幕)

(言っている意味は分かるわ)

 するとジェイは満足そうに『笑う』と、

(ねえ、レリ)

(なに?)

(君は予言者だよね?)

(そう呼ばれているけれど、正確には違うわ)

(それは正確には予知出来ない、という意味?)

(わたしの予言は本物の予知ではない、ということ)

(嘘なの?)

(そうとも言い切れない。フラッシュバックで見る光景は未来そのままの光景ではない、という意味よ)

(じゃあ、ぼくの未来を占って、と言っても無理だね)

(そうね。そもそも、フラッシュバック自体わたしにはコントロール出来ないもの。勝手に浮かぶし、これを見たいと念じても無理だから)

(そうか。残念だな、そんなに先のことじゃないのに)

 ぞくっ、と彼女の背筋を悪寒が走る。

(いつの自分を見たいの?)

 しかし、ジェイはそれには答えず、

(ぼくがなぜ思考会話だけで君と話をしているか、分かる?目の前にいるのに)

(いいえ)

 彼女は正直に否定する。

(へえ、頭の中隅々まで見ても分からないんだ)

 彼の方は茶化す気配を漂わせ、それを信じていない、と告げている。彼女は溜息を吐くと、

(ええ、本当よ。相手が考えていることは見えても、元より備わっている性質や身体機能は、それを本人が意識してくれないと結構見え難いものよ。あなたはどうなの?)

 しかしこれにも彼は答えず、

(そっか。ぼくにはそういう難しい事、教えてくれないんだよあいつら。必要ない、ってさ)

(そう・・・)

(まあいいや。ぼくはね、しゃべれないの)

(そうだったの)

(耳も飾りだよ、何も聞こえない)

(そうなんだ。でも立派に思念でカバー出来ているじゃないの)

(立派に、か。そうでもないよ。ぼくは完全でない、期待外れだ、そう言われ続けた、知ってるよね?)

(うん、でもそれは、)

(ううん、慰めなくてもいいよ。本当だもの)

彼女が言いかけると彼が遮る。その深い闇に彼女ははっとした。彼はゆっくりと彼女に近寄る。そして目の前に立つと、ほぼ同じくらいの身長の2人はお互いに見合った。

(しゃべれない。何も聞こえない。けれど、感じることが出来る。君も目が見えないよね?でも『見えて』いる。尋常じゃないんだ、ぼくらは)

 彼は表情にも苦笑を浮かべると首を振る。

(おととい、二人の男がやって来てさ、管理官や養育官と同じで白衣を着ていたけれど、ぼくは初めて見るやつらだった。一人はひどい火傷が顔にあるやつで、他の白衣どもがぺこぺこしてるんだ、そいつ、お偉いさんなのな。そして暫く養育官や管理官とひそひそ話をした後、出て行ったけれど、そいつらはぼくの方を何度かちらちらと見ていたんだ。で、気になったから、ぼくは養育官にアクセスした。あいつら、ぼくが間抜けだと思っているから、遮蔽しないで結構いろんなこと考えていて、時々、重大なことが分かるんだけど、その時、ぼくは知ったんだ)

 彼の視線が次第に熱を帯びる。彼女はそれを感じ、やがてその粘り付き纏わり付く印象と熱の高まりに否応なしに同調シンクロし始めた。

(ぼくは本当なら今日、6時間ほど前に死んでいたはずなんだ。ここで。ぼくが出来損ないだから、殺せ。訓練中の事故で死んだ、そう言う風に片付ける。そう言いにやって来たんだ、やつらは)

 自嘲の笑いは口元にも浮かび、彼女にはその押し殺した笑い声が確かに聞こえていた。

(今日の訓練はシューティングの実戦バージョンだった。例の山羊を使うやつじゃなく、犬ね。それもすごいのを何匹も持って来ていた。ぼくはエルやピーと一緒に参加させられたんだけど、まずピーがやられた。一匹に後ろから襲われて、すると他のやつが続けざまに寄ってたかって。もちろんこっちも必死でやっつけはしたよ、でも数が半端じゃないんだ。百はいたんじゃないかな、それが捕まえた野犬じゃなく訓練された軍用犬だってことに気付いときには遅い、ってやつさ。ぼくはね、エルを囮にしたよ)

(え?)

(文字通りの囮だよ。あの子は両腕がない。おまけにきみと一緒で目も見えない。だから走るのはあまり得意じゃないんだ。ぼくは犬の何匹かに暗示を掛けて彼女を襲わせた。その隙に笑いながら眺めていた管理官や、サポートとかいいながらぼくたちが逃げないように見張っていた保安部の連中に精神攻撃をしてやった、ぼくの力じゃ数分気絶させるのが精一杯だったけどね。そのあとは・・・)

 彼は言い淀んで会話を止めると、自分の手を不思議なものを見るかのように見つめる。そして妙に醒めた目で彼女を見た。彼女は何か言わねば、と思いつつも何も言い出せない。ふと、彼の目線が彼女から外れる。彼女は額に浮かんだ汗を無意識に拭った。

(ぼくはね、別に死んでもいいんだよ。ぼくには、何も約束されていないから、この世では。君と違ってね。でも、あいつらの言いなりで死ぬのは嫌だったんだ。死ぬのならぼくなりの死に方をしたい、あんな犬に喰われて死ぬんじゃなくてね。で、逃げ出したのはいいけれど、いざとなると、ぼくなりのケジメの付け方ってどうしたらいいのか分からなかったんだ。で、うろうろしていた)

(ジェイ・・・)

 何か言い続けなければならない、と再び彼女は思った。しかし何を言えばいいのか、彼女には思い付かない。慰めようも無い、深い絶望。言い淀んだ彼女がふと見ると、彼がじっとこちらを見ている。

(結局、君に頼むしかない。ぼくは弱虫だから、ケジメがつけられない。だからレリ、お願いだからぼくを・・・殺して)

 最後は搾り出すように掠れた応えようのない願い。殺せる訳がない、と彼女は言おうとしたが、言えなかった。それは真実ではない。それを言っては詭弁となる。彼女は彼を殺しに来たのだから。

 まだ13歳の彼女たち。しかし、IQ200を超え尋常ではない生き方をして来た彼女たちは、もう立派に大人の思考をし、故に彼もエルを囮にした時と同様、大人のエゴから行動をした。

 彼の長い腕がすっと彼女に伸び、首に掛かる。彼女は動かない。

(殺さないつもりだね?)

 それでも彼女は答えられなかった。何か冷え冷えとした塊が彼女の心に生まれ、それが頑なに動くな、と言っている。

(殺してくれないんだ・・・)

 彼の小さな両手が彼女の喉笛を掴み、ゆっくりと力が加わる。

(こうしても、だめなの?)

 彼女は凍りついたまま動けない。

(いいの?君も死んじゃうよ?)

 細い枝のような腕なのにその力は恐ろしいほど強い。彼は腕が震え出す直前まで力を込め、彼女は息が止まり、意識が揺らぎ始める。苦しい。

(いいんだね、殺すよ、レリ)

 彼の深い絶望が腕の震えを介して彼女の六感に響いていた。それは割れ鐘の音のように甲高く嫌悪感に塗れたもので、彼女はその音色に麻痺し脱力した。もう、どうでも良くなっていた。このまま死んでもいい、その方が楽だ・・・そして意識が混濁して行くに任せ、足に力が入らなくなり・・・

 突然、彼の腕が解けた。彼女は反動で座り込んでしまう。急に圧力が去ったせいか、吐き気が突然訪れ、激しく咳き込む。苦しく息を喘がせながら仰ぎ見ると、ジェイが頭を抱え激しく左右に振っている。出せない声が何かを叫んでいる。小さな目が剥き出され、口から泡が吹き出る。ヒュー、と息が漏れ身体はガクガク震え、やがて卒倒した。短い足が痙攣し、腕が上下に何度も振れ、地面を掌が激しく叩き掻き毟る。そして遂に動かなくなった。

 彼女の方は何とか呼吸を整えながら起き上がり、彼の前に行き、しゃがんで彼の顔を覗き込んだ。その小さい目が彼女の目を捉える。

(××××××、××)

(えっ?)

 しかし、既にその目は光を逸していた。


(レリ!大丈夫?)

(・・・ええ、ビー)

(何で抵抗しない!死ぬかもしれなかったじゃないか!)

(ごめん)

(かわいそうだったけど、仕方なかった。君を殺そうとしていたから。本当に殺そうとしていたんだよ、彼)

(ん、分かってる)

 ゆっくりと立ち上がる彼女の脇を擦り抜け、ビーがやって来てしゃがみこむと、ジェイの脈を診る。そして彼は、開いたままの目を閉じてやった。

(時間、1905。任務完了ミッションコンプリート。いい?)

(・・・確認した)

(レリ・・・泣いてるの?)

 涙が出ていた。見えない、只の飾りに過ぎないはずの眼から涙が溢れて、頬を伝った。生まれてこの方、痛みや苦しさに涙が浮んだことはあったものの感情に流されたことはなかった。

(行きましょう)

 彼女は最寄りのゲートに向って歩き始める。そして歩きながら、生まれて初めて誰憚りなく号泣した。



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