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*4


 それ以来、レリエルはますます感情に乏しい、無表情な人形となった。

 人形といえば、彼女はこの頃からぬいぐるみを好んだ。管理官や養育官が優秀な兵器への細やかなご褒美に、何がいい?と尋ねると判で捺したように、ぬいぐるみ、と答えが返る。仕舞にはレリエルへのご褒美はぬいぐるみ、と決まって、何か任務を達成する毎に一体ずつ増えていった。

 養育官が管理官に洩らしたところによると、彼女はそれらに自分が処理した者たちの名前を付けている、とのことだった。

 ふと、自分の名前を付けられたクマかなにかを彼女が弄んでいる姿を想像してしまって鳥肌が立ったよ。その養育官はそういって笑ったが、その数年後、正に実現してしまうなど彼には思いもよらなかったことだろう。

 不思議の国のアリスや赤毛のアンなど、少女向けの古い小説に没頭したのもこの頃の事で、それまで無頓着だった格好も、正にアンやアリスのような古き良き時代の少女の洋装を好んで着るようになった。

 任務にもその格好で参加するようになった。最高位のサイとされるLOT01のルシフェルも制服や特務服を嫌いジーンズにTシャツ姿というラフな格好で任務をこなしていたので、止むを得ない場合以外、彼らもそれを黙認した。まさか絵本から抜け出したような少女が、危険極まりない殺し屋とは誰もが思わないだろう、良いカモフラージュになっているとも考えられていたからだ。

 一つだけ不思議だったのは、彼女が洋装と同時にサングラスを掛けるようになったことだった。せっかくのよそ行きの衣装をその黒い眼鏡が台無しにしていた。確かに視覚障害者ではあるものの指摘されなければそれと知られることはない。瞳は見えているようにしか見えない彼女。実際目が見えない事で苦労した事はないはずの彼女がサングラスを掛ける理由が管理官たちには分からなかった。理由を尋ねてもただ無表情に見返すばかりの彼女に、誰もが何も言わなくなるまでさほど時間は掛からなかった。万が一その理由を管理官たちが知ったとしたら、彼らも彼女に対する認識を改めたに違いない。

(目がこわいよ、レリ)

 ジェイの最期の言葉が頭の中で幾度も幾度もリフレインして、彼女があの眼差しを忘れられないでいることなど彼らが気付く訳はなかったのだが。


§


 わたしはまた、『ここ』へ帰って来た。あのフラッシュバックが描き出す世界へ。


 所々に低い潅木が見えるだけの高原。時折強い風だけが吹き抜けるなにもない場所、それでもわたしは気に入っている。

初めてこの風景を見たとき、ここでわたしが死ぬフラッシュバックを見た。その姿は老いていたから、多分わたしは生き残るのだろう。それ以来そのイメージは湧かないし、だからそこまで生き残れる確率はそう高くないのかも知れない。だから長生き出来るかどうかは気を付けていれば、だけど、ね。いずれにしてもここは文字通りわたしの心の故郷になった訳だ。

 そこにはわたしだけでなく、サイの仲間も数人いた。あのLOT01のルシフェルやラミエルも、だ。フラッシュバックの中で彼女たちは何かの農作業をしたり、痩せた馬に乗っていたり、ヤク牛の世話をしていたり、骨を咥えた大きな黒いマスチフ犬と戯れたり、山羊のバターを溶かしいれたお茶を飲んで談笑していたり、ともかく土地の人々に溶け込んで共同生活をしている様子が窺える。わたしは最近までフラッシュバックの中の彼女たちに近付かないようにしていた。そのときは何の予兆か判断出来なかったためもあるけれど、そもそもわたしは、いくら心を許した仲間でも群れるのが大の苦手だったから。ひとりでじっとしている方が楽だ。

 けれど、つい先日わたしは別のフラッシュバックを見た。そこは雪を抱く高い山の中腹で、何かの寺院のようだった。頭を丸めて赤い袈裟をまとった僧侶たちが、吹き曝しの回廊を音も無く行き来している。わたしは朱と黄色に塗られた寺院の柱にもたれて、静かに澄んだ景色を眺めていた。気が付くと自分も頭を丸め僧侶と同じ格好をしていた。すると回廊の向こうからルシフェルがやってくるのが見える。そのうしろにはラミエルはじめサイの仲間たちが。みんなわたしと同じ僧侶の姿で・・・ルシフェルがわたしの前に立つ。にっこりと笑って一言。もうすぐ、百個になったら・・・フラッシュバックはそこで終わり、あの荒野との前後関係もはっきりしなかったけれど、それはかつて無いほどしっかりとしたリアルなイメージで、わたしはきっとそうなると確信した。それと同時にわたしはこの先何が起きるのか、何をすべきなのかをはっきりと思い描くことが出来た。

 だから今は与えられた任務を淡々とこなしている。獲物が上げる断末魔の悲鳴、もちろん本当に上げさせる訳はなく、獲物が身の内で上げる声にならない叫びだけれど、それを心で聞いても何の感慨も浮かばなくなった。わたしは立派な兵器となったのだ。けれどそれはもう、どうでもいいことだった。わたしは確かな未来を見た。それを夢と呼んでも差し支えないのなら、再び夢を見ることが出来るようになったのだ。

 荒野と寺院につながる試練。それは今までわたしが受けた使命のなかで、いちばん大切な、いちばんやりがいのある任務に違いない。何しろ夢が、未来が現実になるのだから。


 ぬいぐるみは昨日の任務で九十三個になった。数ヶ月もすればそれが起きるだろう。そう、ほんとうに間もなくだ。


― 終



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