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*3(承前)


 そこはこの国有数の港湾都市郊外にある広大な荒地で、長年廃棄物処分場として沖へ沖へと埋め立てられていた。元来の岸に近い場所こそ開発されて宅地や商用地に変身していたが、沖合10キロも先へ行くと放置され、一部には危険な汚染物なども捨てられて立ち入り禁止となっていた。

 この一角は軍の射撃訓練場や兵器実験場にもなっていて、サイが時折訓練する事もある全く衆目が及ばない場所。いくら広大とはいえ、逃げ場もない。可能性があるとしたら、海へ、入り江の反対側へと逃走することだが、それも泳げないジェイには無理だろう。

「楽しんで来い」

 薄笑いを浮かべる軍属たちに見送られ、二人は夕闇迫る不気味な『ゴミの島』へ入って行った。


「さて、どうする?」

 36Bが腕を組みながら言う。

「・・・とりあえず、先に進みましょう」

 彼女は36Bとは幾度か組んで任務を遂行していた。その時も彼女の方が能力的に上であると思われており、実際名前もある彼女の方が指導する形となった。

「了解」

 彼女は先に立って、廃棄物の山の間に走る巾10mの広い道を行く。道の両側は高さが5メートルを超えるゴミの山。この辺りはゴミが搬入されて20年以上経っているので、臭いなどは気にならないが、浜風に舞うビニールの破片や埃が身体に纏わり付き、顔を打った。

 1キロも行くと道は左右に枝分かれし、視界が開ける。ゴミの山は整形された台形のものから山積みされた不規則な円錐形のものに変わり、所々にショベルカーやブルドーザーが置かれている。36Bがその内の一台、ゴミの斜面に乗り上げる形で止められていたショベルカーの車体に乗って辺りを眺める。

 季節は短い秋を迎えた9月中旬、時刻は4時半を回り丁度日没を迎えた時。濃い茜色に染まった西空が菫色の東空に浮ぶ雲までピンクに染め上げ、思わず見とれるほど美しい夕暮れとなっていた。

(何か感じた?)

 彼女が思考会話で尋ねると、36Bも思考会話で返す。

(まだだ。きみは例のフラッシュバックを見なかったのかい?)

(・・・見たわ)

(ほう・・・管理官たちには話さなかったね)

 彼の心は彼女に良く見えていた。それは非難ではなく探りだった。

(直接彼の動向に関するものではなかったから)

(どんな内容だったのか、教える気はある?)

(報告する?)

(とんでもない。するならとっくにきみの頭を探っていたよ)

(自信があるのね)

 36Bの『笑い』のイメージが浮かぶ。彼が安心させようとしているのだ。

(予言者レリエル様にはただの『ナンバーチャイルド』は逆らえないよ)

(選抜強化指定にして長距離通信マスターのビーさん、嘘はいけないわ)

(まあ、冗談はこの位にしてさ、どうだったの?)

(たいしたことじゃない。ヘリの中で一瞬だったけれど彼のイメージが過ぎっただけ。月の光を浴びて直立したイメージ)

(そうか・・・それだけじゃあ、たいして役に・・・)

 突然、36Bが会話を中断した。彼女が見やると36Bは茜の空を見上げていたが、やがて目を閉じ腕を組んでショベルカーのローディングショベルの形に組まれたアームに寄り掛かった。彼女も道を挟んで反対側の斜面をゆっくりと登り、風に向き合いながら暫く佇んだ。

(レリ?)

(はい、ビー)

(いたよ、感じているでしょ?)

(ええ、感じる)

(どうする?)

連絡アクセスしてみる)

(接近するかい?)

(ここでいいわ)

(分かった。じゃあぼくは少し先へ廻り込んでみる)

(了解)

 36B、この頃は名前がないので仲間内から『ビー』と呼ばれたラミエルは、斜面を滑り下ると小走りに枝道の方へ消えて行った。彼女はその様子を『見て』いたが、やがて東の方角、海が望める方向を向くと、

(ジェイ?)

 その方向には軍の射撃訓練場があり3軍統合の兵器実験場も付属していた。

(ジェイ、レリエルよ、答えて)

 しかし、その問いに答えはなかった。

(分かった。何も言わなくていいよ?今、行くからね)

 彼女は東に昇り始めた十三夜の月を目指して歩いて行った。


§


 わたしはゴミの荒野を早足で進んだ。目のせいだと言い訳したくなるけど、走ったり泳いだり、素手で戦ったり銃を撃ったり、運動全般は得意じゃない。このときもビニールの紐に足を取られたり、何か固いものに爪先をぶつけて痛かったり転んだりと無様なアプローチ。1キロ先からでもわたしが近付いていることが分かっただろう。でもそのときはそんなことを気にする必要がなかった。そこは敵地という訳でないし月が輝いて明るかったし、何より射撃訓練場は水銀灯の白い光とナトリウム灯のオレンジの光でフェンス周辺が真昼のようだった。

 その軍の占有地境界は例によって高いフェンスで囲われていたけれど、これは見せたくないものを守るためではなく、余計な動物や人間が入り込んで怪我をさせないためのものだったし、セキュリティも最小限度のものしかなかった。わたしは訓練場の外周道路添いに移動して、赤色回転灯が眩しく幾つも交差するゲートの一つへと歩いていった。


§


(レリ?)

(ビー、聞こえているわ)

(ぼくはきみの先500メートルのゲートDから入った。ジェイは、ぼくの先1キロほどを移動してる)

(了解、少し待って)

 彼女は立ち止まると神経を集中して、草叢くさむらが畝々と続くその先を探る。間もなく朧気な熱を感じ取り、それを更に見据えると脳裏に紛うことなき人間が身を低くする黒いシルエットが浮かび上がった。よく伸びた草叢を揺らさぬようにゆっくりと歩いている。

(ビー)

(聞いているよ、レリ)

(確認した)

(さあ、どうする?)

 ビーは自分の意見を先に言わない。いつでも相手の意見から先に聞き、自分の意見はよほどの事がない限り言い出さない。ビーは慎重で奥床しい、などと言われる所以だがこの時ばかりは彼女もいらついた。

(あなたはいったい、どうしたいの?)

(え?)

(確かにここではわたしの方が上級者かもしれないけれど、あなたはどう考えている?)

 彼女の思念に棘を感じた彼は思わず、

― こいつどうしたんだ?

 と考えてしまう。彼女が感情を顕わにする事など皆無に等しい。無論、彼女の方も彼の驚きを感じ取り、きっぱりと、

(あなたが決めて頂戴。知っての通りわたしは対敵行動あらごとが得意じゃない。ジェイを捕縛するとしたらあなたが率先してくれないと)

(・・・うん、今回は二人きりでやらなくちゃならないんだったね。ごめん、悪かったよ。では、ぼくはそのまま背後から彼を追う。君は正面からアプローチして。君が先に追い付いたら、少し時間稼ぎをしてくれないか?一緒にコトに当たろう)

(了解)

 外周道路に展開していた軍の保安部隊は、ほとんどが車両の周りにたむろするばかり。試しに彼女が数人の思念にアクセスすれば、

― 特殊部隊がどじったんだから

― 奴らが勝手に起こした事故で

― 自分の尻は自分で、な

― やってられるかよ、今晩やっとデートにこぎつけたのに!

 ・・・これではとても協力的とは言えない。彼女がゲートに近付くと、赤色回転灯の洪水の中、偵察装甲車が車体を鈍く光らせていた。そのハッチから上半身を出して、実弾を装填した車載機関銃に腕を掛けた将校が薄ら笑いを浮かべて彼女を見送り、その下、太い後輪に寄り掛かっていた兵士が睨むように見ていた。

 彼女は我関せずといった態度で彼らの前を通り過ぎ、ゲートの前へ行くと、警備していた若い兵士に首から下げたIDカードを見せる。兵士は必要以上にカードをためつすがめつした後、乱暴に彼女を叩くようにボディチェックをする。胸や尻を撫で回す時、わざと下卑た笑い声を上げたが、彼女は一切反応せず、感情を全く表さない眼差しが兵士のニキビ面を凝視していた。やがて兵士が興味を失い、ライフルの銃身で場内を指し示すと、彼女は敬礼して歩き出す。その後ろで兵士は、

「ガキが戦争にでしゃばって来るとはな」

 聞こえよがしに呟くと彼女の方へ痰を吐き出した。彼女は真っ直ぐ前を向き、奥を目指して歩いて行った。


 ジェイはまだ草叢を動いている。ビーは、と意識を向けたが気配を殺した彼はざっと探っただけでは雑音の少ない無人地帯であっても捉える事が出来なかった。漸く、密かに移動する彼の気配を感じ取ると、その方向とジェイが進む方向から会合する地点を割り出し、彼女は少し歩く速度を早め雑草に足を取られながらも確実にジェイの方向へと進んで行った。

 夜空には真円に少し足りない月。浜風はいつのまにか静まり、周辺を照らす照明も次第に届かなくなり、彼女の向かう方向は月明かりだけが蒼く陰影を刻んでいた。

 やがて、蒼白く浮かび上がる元来はゴミの山だった雑草に覆われた起伏の先に、対岸の灯火が美しい入り江が見えた。そこがこの広大な埋め立て地の果てであり、彼女の目的地でもあった。その直後。彼女はマンハントの目標を『視認』する。

(ジェイ、そこで止まって)

 彼は彼女の先、100メートル程の所を海と平行に南へ向っていた。多分、実験場から脱走した彼は隣接する射撃訓練場に入り込むと、時計回りに隠れながら移動して来たのだろう。

(ジェイ、聞こえるわね?なにもしないから、)

(うそだ)

(ううん、うそじゃない)

(うそだよ、ぼくを殺すつもりで来たんでしょ?)

(ちがう)

(違わない)

 ジェイが立ち止まった。ゆっくりと身体を起こす。月光を浴び、海と対岸の夜景を背後にシルエットを見せている。彼女も外周の明かりを背景に、彼からはシルエットとなって見えているはずだ。やがてジェイが、苦笑するイメージを送りつつ『話し』出す。

(まあ・・・仕方ないね、裏切り者が処分されるのは)

(だからそう投げやりにならないで。少し話し合いましょう)

(いいね。きみを一目見てから死にたいと思っていたんだ)

 レリエルが近付くのを、ジェイはたたずんだまま眺めていた。ススキを掻き分け枯草の折れるパキパキという音を響かせて、足元も覚束ない彼女は漸くジェイの前10メートルまでやって来る。



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