09
馬を引いて現れたカタリーナの姿を見てハインツは目を見張った。
貴族令嬢が馬に乗るというと普通は男性に一緒に乗せてもらうか、横乗りでゆっくりとした速度で楽しむもので、その服装も屋外用の丈が短めのワンピースだ。
けれど今日のカタリーナの服装はジャケットにキュロットと革のブーツ。
手には鞭を持ち、長い髪は邪魔にならないよう編んでまとめ上げている。
まるで男装のような凛々しいその姿は、普段学園や王宮で見ているカタリーナとは別人のようだった。
カタリーナの姿に驚きを隠さなかったハインツは、その視線を隣の馬へと移し———今度は感心したように目を細めた。
カタリーナ、そして御目付として同行する弟のフリードリヒが従えているのは軍馬にも負けないほど立派な体格の馬だ。
馬の落ち着いた様子やその馬を引く様から、彼らが普段からこの馬に慣れている事がわかる。
アルムスター家は文武両道と有名だが、馬にも良く乗っているのだろう。
「転移魔法陣へ」
ハインツは二人を王宮の庭にある塔へと促した。
魔法を扱う者が珍しくないこの国だが、転移魔法は高度な技術と大量の魔力が必要なため、扱える者がほとんどいない。
そこで王侯貴族はあらかじめよく移動する場所に転移魔法陣を設置し、呪文を唱えれば発動できるようにしている。
カタリーナ達が王都から離れた領地へ日帰りで通えるのもこの魔法陣のおかげだ。
「これは……凄いですわ」
「さすが王家ですね」
塔へ入ると姉弟は感嘆の声を上げた。
魔法陣の形状は様々だ。
アルムスター家は書斎の扉が魔法陣となっており、領地のいくつかの扉と繋がっている。
今カタリーナ達の目の前にある魔法陣は、大きな塔の床一面に描かれていた。
これならば一度に何人もの人間や馬を運べるだろう。
三人と護衛や従者達が魔法陣へ立つとハインツが右手を掲げた。
口の中で呪文を唱えると魔法陣が白く光り出す。
光は塔いっぱいに広がり、やがて消えていった。
塔の外に広がるのはのどかな田園風景だった。
今日はいくつかある王家直轄領の内、南にある所に行くと聞かされていた。
「まずはあの丘の上まで行こう」
ハインツが前方を指し示した。
「その先に美しい湖があるんだ」
「それは楽しみですわ」
難なく一人で馬に跨ったカタリーナを見て、ハインツは笑みを浮かべると馬を走らせ始めた。
かなりの速度を出しているのだが、カタリーナは難なく並走するように付いていく。
(上手くいったみたいだな)
二人の後を追いながらフリードリヒは安堵した。
カタリーナの乗馬の腕前をどこまで見せるのか、今日の遠乗りに行くのに家族で話し合ったのだ。
カタリーナは外ではナイフより重いものを持った事がないような、清楚で控えめな淑女としてふるまっている。
そのイメージを崩さずにいるのか、それとも本気を出すのか。
フリードリヒは後者が良いと言った。
ハインツはこの先、生涯を共にする相手なのだ。
いつまでも本性を見せない訳にはいかない。
それにフリードリヒから見て、カタリーナは本来の行動的で活溌な姿の方が魅力的だと思っている。
現に、カタリーナに向けるハインツの眼差しは明らかに今までと変わっていた。
(あとは姉上が殿下を意識するかだな……)
しばらく馬を走らせて、一行はやがて丘の上へと到着した。
「まあ。素敵ですわ」
丘から見下ろした先、森に囲まれるように湖はあった。
透明度の高い水が豊かに満たされている。
その畔に白い建物が見えた。
「あすこで昼食の用意をしている。湖を一周してから行こう」
「はい」
森の中は会話が出来る程度の速さで進んでいった。
「とても心地の良い森ですね」
カタリーナは頭を巡らせた。
「私の領地とは植生が違うのですね」
ここはアルムスター領には生えていない、白い幹の樹木が多い。
葉の色も明るく、カタリーナがよく通う森とは景色がかなり異なる。
……珍しい薬草が生えていないだろうか。
思わず探そうとカタリーナが視線を彷徨わせた瞬間、背後のフリードリヒと目が合った。
(姉上、今は薬草の事は忘れて下さい)
視線でそう制され、カタリーナは仕方なく前方を向いた。
「カタリーナは植生に詳しいのか?」
意外そうな声でハインツが言った。
「あ……ええ……幼い頃から植物が好きなのです」
「そうだったのか。植物の種類にも詳しいのか?」
「はい……」
「では後で色々と教えてもらおうかな」
「……私でよろしければ」
ハインツに答えながらも、カタリーナの視線はつい樹々やその周囲に生えている植物へと向けられてしまう。
そんなカタリーナをハラハラしながら見守るフリードリヒとは対照的に、ハインツは柔らかな眼差しで見つめていた。




