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魔王の娘、今は奴隷  作者:
第三章:『帰らざる聖騎士』ジュリエ
31/31

六:あなたが眠ったあとに

※4/15

今後のことについて活動報告を書きました。ご覧くだされば幸いです。

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2543121/

なお次話は近日中には投稿できる予定です!



 町には宿がひとつしかなく、さほど上等なものではなかったが、それでも柔らかい布団はありがたかった。


 エメはずっと明るく振舞っていて、昼間の一件をさほど気にしていないように見えた。

 もちろんそれが空元気であることに、クライズもルルゥも気付いていた。宿に到着し、食事と湯浴みを終えると早々に寝台(ベッド)へ潜り込んだのは疲労のせいばかりではないだろう——とはいえ、芯のところで心が強い少女であるというのも確かである。ひと晩ぐっすり眠れば明日にはもう吹っ切ることができているはずだった。


 そうしてエメが寝入った後——あと一刻半ほどで夜半になる、そんな時分。

 町の宿屋に隣接する酒場にて、クライズとルルゥはふたり、杯を傾けていた。


 クライズの方は酒を好まないため果実水(ジュース)である。形としては、ルルゥの晩酌に付き合っているようなものだ。彼女の頼んだつまみは山菜と一角兎(いっかくうさぎ)の肝臓を和えたもので、山椒が効きすぎていて果実水にはどうにも合わない。なので炒った木の実を別に注文し、ちみちみと齧る。


 ただ、ルルゥが他人を酒に誘うことは珍しい。ましてや飲まないのがわかっているクライズをである。なのに敢えてそうしたというのはつまり、話がある、ということだ。


「……昼間の、アイナリリア商会だがな」


 二杯めの蜀黍(きび)酒に口をつけた後、ルルゥは切り出した。

 話があるとすればそれについてだろうと予想していたので、クライズは疑問を問う。


「そもそもあいつら、本物だったのか?」


 アイナリリア商会は王国内で最大勢力を誇る貿易商だ。だが昼間に見た隊商(キャラバン)は、国内最大勢力のものにしてはあまりに規模が小さいように思えた。

 ましてやアイナリリア家の関係者と思しきは、ご令嬢だという娘がひとりだけ。馬車から保護者が出てくる気配もなかった。


 だがルルゥは「本物だろう」と断定する。


「夕刻、町の市場で聞き込んでみた。あの隊商は少なくともこの町を通過している。そしてその際、アイナリリア商会を名乗り、商会の手形で物資を購入したそうだ。取り仕切っていたのは歳若い娘だったと言っていた——エメの助けたあの子だろう」


「なんで女の子がひとりで隊商を連れてるんだ?」


「ご令嬢が一人前の商人になるための修養、ではないかな。商会の正式な取引であればさすがにあんな規模ではないし、護衛の兵士ももっとましなのがついているだろう」


 なるほど、()()()()()()と考えれば辻褄は合う。


「手形が偽物だという可能性は?」


「そうだったら私たちが気にする必要もない。ただのちんけな詐欺師集団だ、いずれどこかでお縄になるだろう」


 ルルゥの物言いはどこか歯切れが悪かった。

 酔いのせいではないだろう。彼女が蜀黍酒の二杯や三杯で不明瞭になることはない。


「……本物だったら、気にしなきゃいけないってことか?」

「少々、な」


 クライズの問いに、ルルゥが小さく苦笑した。

 

「アイナリリア商会には、魔王討伐の旅の際に援助をもらっている」


「初耳だ」


「そういう(わずら)わしいことはお前に聞かせていないからな。そもそも興味もなかっただろう? 旅の最中、私たちが会話の中で何度か名前を出していたはずだぞ」


「そうだな……というか、そうなのか……ごめん」


 まさにご指摘通りというやつであった。さすがに少し反省する。


「ふ、まあそれはいい。ともあれ、援助をもらった縁で、あの商会は今も『七英雄』と(よすが)がある。私やグィネスなどは特段繋がりはないが……ハイトとサータシャは入り用の際に厚遇してもらっているはずだ。ひょっとしたらソライもかもしれん」


「なるほど……つまり、昼間にルルゥが切った啖呵は効果がないってことか?」


『七英雄』のひとりとはいえ、彼女は所詮、市井に下った人間である。王家に組み込まれつつあるハイトや王女の側仕えをするサータシャと縁故を持つ商会にとって、脅しにはならなかったのかもしれない——実際もしハイトたちがこの話を聞かされたらきっと怒ってはくれるだろうけれど。


「いや、そこではないよ」


 だがルルゥは酒で唇を湿らすと、ゆっくりと首を振った。

 直後、その目が不意に真面目な色を帯びる。


「思い出せ、奴らは言っていただろう……()()()()()()()()()()()()()()()、と」


「……それは」


「エメがけしかけたのだろうなどと主張していたが……実際のところ、奴らがそんな考えに至ったのは、なにも蒙昧が故というわけではない。偽竜があの場にいたことの不自然さを考えれば、無理からぬこととさえ言える」


 クライズは、果実水の入った硝子杯(コップ)を思わずぐっと握った。


「僕は魔王討伐の旅以来、あまり遠出をしていないからわからないけど……そんなに不自然なのか? 偽竜があそこにいたのは」


「ああ、不自然だ」とルルゥは続ける。


「あれから三年経ち、冒険者たちの地道な討伐が功を奏したのだろう。今や偽竜は人里離れた辺境でたまに見つかる程度だ。こんな王都近くに現れるなど、ここ一年……いや、一年半ばかりは聞いたことがない」


「その辺境からはぐれてきた、という可能性は?」


「だとしたら真っ先にこの町が襲われている。あの有翼偽竜(ワイバーン)は、近くに格好の餌場(この町)があるのにずっと山の中に潜んでいて、アイナリリア商会が通りがかったのに合わせていきなり飛び出してきた——改めて考えてみれば、奴らの主張通り、()()()()()()()()()()()()()()()ではないか?」


「なるほど。そこにたまたま魔族(エメ)が現れれば疑いもする、か」


 ルルゥの説明を受け、クライズは頷く——それでもエメが因縁をつけられたことには感情面で苛立っていたから、不承不承、ではあったが。


「……確かにそれは気に留めておかなきゃいけないな」


 王国内で最大勢力を誇るアイナリリア商会。

 その息女の隊商が不自然な場所で偽竜に襲われる。

 おまけに商会は、ハイトやサータシャたちとも無関係ではない——。


「ともすれば、私の方がいささか性格の悪い因縁をつけた形になったのかもしれんな」


「そこは気にしなくていい。僕ひとりだったらあいつらを殺していたかもしれない。なにより、奴らが無礼の恩知らずだっていうのは変わらないさ」


 自嘲混じりなルルゥの諧謔に、クライズは首を振った。


 幾ら偽竜の襲撃に魔族の存在を連想したからといって、自分の主人を助けてもらっておいてあの仕打ちはあり得ない。そもそもエメは奴隷として魔族の種族的能力をほぼ封じられているのだ。偽竜を操ることなどできるはずもなく、疑われる謂れは微塵もない。


 ルルゥはそんなクライズに微笑むと、残りの蜀黍酒を一気に呷った。


「どちらにせよ『墓参り』を済ませてからだ。王都に帰ったあとの始末は私がつける。仔細を報告して、商会に詫びるべきところは詫び、抗議するべきところは抗議しよう。お前たちは気にしなくていい」


 三杯めの酒を注文する気はないようだったので、クライズも果実水を飲み干す。


「明日は朝七つに出るぞ。ゆっくり休んでおけ」

「わかった」


 そう言って立ち上がったルルゥに、頷きながら追従した。


 偽竜の出現に不穏なものは感じる。が、王都でのことはハイトたちがどうとでもするだろう。自分たちは目的地へ向かうだけだ——正直なところ、エメが明日からまた旅を楽しんでくれるかどうかの方が、クライズにとっては重要なのだった。

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お手数ですが本作に関して、こちらの活動報告をお読みいただけたらと思います。
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