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4話 朝のやり取り

 

 

 魔族時代の私とルキウスは、身分違いの夫婦だった。高位魔族のルキウスは、魔王の補佐を務める魔界の重役。私は、裕福な部類に入るとは言え爵位を持たない一般家庭の庶民。接点のない私達が出会ったのは、税金を納めに魔王城の役所へ赴いた時だった。

 

 今の人間の容姿と違い、魔族のルキウスは赤みがかった銀髪に綺麗な紫水晶の瞳の美しい男性だった。対して私は、今と変わらない金髪に青い瞳。人間の姿を受け入れられたのも魔族だった頃の見た目と変わりないから。

 

「すー……すー……」

「可愛い……」

 

 

 毎日ルキウスに可愛い可愛いと褒められるけど、年相応の寝顔を晒すルキウスの方が可愛い。変なスイッチが入るとすぐ人を閉じ込めようとしたり無理矢理大人にしようとするけど、こうして可愛い寝顔を眺めていられるのは幸せ。魔族だった頃の姿も、人間の姿もどっちも素敵。昔の懐かしい夢を見て、ついルキウスの髪を撫でた。起こさない様、慎重に。柔らかくてさらさらとしてる。女の私より綺麗だからちょっとだけ嫉妬しちゃう。

 

 

「好きよ、ルキウス」

 

 

 起きている時は恥ずかしくて中々自分から言えない。寝ている今だから言える。頬にそっとキスをした。

 

 

「ふふ。もう少しだけ寝よう」

 

 

 本音を漏らすとまだルキウスの寝顔を眺めていたい。あまり早く起きてしまうと睡魔が早く回るから今は寝よう。隙間をゼロにしようと更に引っ付くと「寝ちゃうの?」と残念そうなルキウスの声が頭から降ってきた。私の体はギュッと抱き締められ、後頭部に回った手が髪を撫でる。

 

 

「る、ルキウス!?」

 

 

 起きてたの!?

 

 

「可愛いアスティをもっと見たかったのに~。ねえ、もう一度キスして?今度は頬じゃなくて、唇に」

「あわわわ……」

 

 

 い、何時から起きてたの!?

 

 寝ていたからこそ可能な恥ずかしい行動も言葉も全て知られてる!?

 

 陸に上がった魚みたいに口を開閉させて顔を真っ赤にすれば、早くと急かされる。ううっ、やるしかないよね……。覚悟を決めてルキウスにキスをした。ちゃんと唇に。

 

 

「ん……」

 

 

 唇と唇が触れるだけのキス。昨日の舌を入れるキスは余程の時じゃない限り簡単には出来ない。恥ずかしげに顔を上げれば、不満げな表情で私を見つめるルキウスの青と銀のコントラストな瞳と目が合う。

 

 

「それだけ?」

「ううっ……は、恥ずかしいもん」

「たかがキスくらいで恥ずかしがらないでよ。オトナになったら、もっと恥ずかしい事をするのに」

「ううぅ……だ、だって」

「ねえ、アスティ。アスティはおれが大好きだよね?」

「う、うん」

「なら、キスして」

 

 

 目を閉じてルキウスは私からのキスを待つ。唇と唇を合わせるだけのキスじゃ、きっと満足してくれない。ルキウスの手をギュッと握り締めて顔を近付けた。互いの唇が触れるまで後1cmに――

 

 

「おはようございます。お嬢様」

「!!」

 

 

 なった辺りで侍女が部屋へ入ってきた。咄嗟にルキウスから距離を取った。勢いがあり過ぎてベッドから落ちそうになるも、寸前にルキウスが重力操作(グラヴィティ・コントロール)で私を曳きとめてくれたから無事に済んだ。むくりと不機嫌丸出しに起きたルキウスは侍女を睨み付けた。

 

 

「いいとこだったのに……。大体、使用人が仕える主人の娘の部屋にノックもなしに入っていいの?」

「ちゃんとノックしましたよ。反応がないのでまだ寝ていらっしゃるかと思い入りました。リグレット公爵家の坊ちゃん。婚約は破棄されたのですから、アステル様に近付くのは宜しくないのでは?」

「うるさいなあ。おれはアスティ以外と婚約する気ないし、そもそも好きになる気もない。はあーあ、アスティ。起きよう。起きて朝ご飯を貰おう」

「う、うん」

「ルキウス様の分もちゃんとありますのでどうぞ食堂へ」

 

 

 口ではルキウスに注意をしつつ、婚約が破棄されてもルキウスが私の所へ来ない筈がないと彼女には……ううん、使用人達全員にはお見通しみたい。ベッドから降り、寝癖のついた髪のままは出たくないのに「早く行こう!」とルキウスに手を握られて部屋を出た。朝食の席でも身支度は整えなきゃいけないのに……!

 

 心の中の悲鳴は届かない。席に座って待っていてくれたお父様とお母様は、私がルキウスといるのを怒らなかった。寧ろ、やっぱり居たかといった感じだった。私の髪が寝癖だらけなままなのも察して、同情に近い眼を向けられた。……お母様は、伯爵夫人ですが家でのマナーにはとやかく言う人ではありません。寧ろ、お母様はよく寝惚けたまま紅茶を飲んでいます。寝癖の酷い頭のままで。

 

 自分達の席に座るとマリクが食事を運んできて、それらを順番に置いていく。

 

 今日の朝食はエッグアンドソルジャーとソーセージ、旬の野菜を使用したサラダ、デザートにはヨーグルト。飲み物は、お父様とお母様は紅茶、私とルキウスにはオレンジジュース。朝からがっつり食べるのが我が家の朝食です。

 

 長細く切られた食パンに半熟の玉子をつけてパクリ。

 

 

「美味しい~」

「お嬢様のお口に合って良かったです」

「うん。とっても美味しいよ」

「伯爵の家は、相変わらずがっつり系だよね~。おれのとこと大違い」

 

 

 リグレット公爵家の朝食に塩分は出ない。朝は糖分を多目に取るのが習慣なリグレット公爵家では、主にドルチェとカプチーノで済まさられる。私がお泊りに行く間だけ、私に合わせて朝食の内容が変わる。ルキウスが我儘を言わなければ良いだけだけど、私好みにしないと気が済まない性分なルキウスの我儘を通した方が楽だと2年前体験しているから、誰も何も言わない。

 

 カプチーノにしゃばしゃばビスケットを浸して食べるのは慣れない。柔らかいビスケットより、さくさくと固いビスケットがいいのは内緒。

 

 

「ルキウスはどっちが好き?」

「うん?おれはどっちでもいいよ。親父殿や兄上と違って、朝は必ずカプチーノを飲まないと気が済まない訳じゃないし。まあ、あの二人の場合カプチーノで済ませる時もあるけど」

「お腹は減らないの?」

「朝はカプチーノで済ませて、間に軽食を挟むんだよ。パニーノとかね」

「変わってるね」

「魔術の名家とか皆言うけど、ただの変人の集まりだよあの家。顕著なのが兄上と姉上、あの双子だよ。おれが次期当主に選ばれるよう影で暗躍したり、選ばれたら自分の好きな事を好き勝手にして毎回親父殿が雷を落としてる。今じゃ、親父殿の陰の名前は“雷親父”なんだよ」

「ええ……」

 


 その雷親父という渾名は、ルキウスとアルト様ノエル様の間でしか呼ばれていない。


 雑談している間にも食事は終わり。食後のお茶を頂いた。



「ふふ……」

「なあに。おれの顔見て笑うなんて」

「ううん。何でもない」



 変人とか言う割にルキウスも朝食後は必ずカプチーノを飲む。リグレット公爵様やアルト様のことを言えないわね。


 マリクに注いでもらった紅茶から、薔薇の香りが漂う。今日は薔薇のフレーバーを使った紅茶ね。いい香り。香りを堪能して、紅茶を飲んだ。


 食後のお茶も終われば、ルキウスは私を連れて私の部屋へ戻った。ソファーに座るなり隣をポンポンと叩く。隣に座れという意味。大人しく座った私を横から抱き締めた。



「ああもうっ、アスティ可愛い!可愛い可愛い!」

「ど、どうしたのいきなりっ」

「だって、おれの顔見て笑うアスティが可愛いんだもん!アスティ~」



 笑った内容がまさか父親と兄にそっくりだったと漏らせば怒る。だから、内容は言わない。言えない。


 ぎゅうっと抱き締めてくるルキウスに私も抱き締め返した。まだ子供だから、私と変わらない細さと大きさの体は小さい。でも、心の底から安心する。



「ねえルキウス。この後はどうするの?」

「うん?何も考えてないよ。アスティは?」

「私は……あ」



 今日の予定は、次期王妃としての教養を身に付ける為にお城で王妃教育が行われるのだった。決定された事実は曲げられない。行きたくない予定を思い出し、表情が暗くなってしまう。ひょっこりと私の顔を覗き混んできたルキウス。皺一つない眉間に眉が寄った。



「浮かない表情をしてるのは……そうか、王妃教育ってのがあったね」

「……うん」

「心配しなくていいよ」

「え」

「親父殿と伯爵が動いてくれたから」

「どういう事?」

「アスティとバカ王子の婚約は、おれとの正式な婚約を強引に破棄したもの。なら、ある程度こっちの条件を呑んでもらってってお願いしたの。その一つが王妃教育の放棄」

「いいの?」

「勿論。後々破棄させる婚約だよ?下らない教育の為におれのアスティの時間を奪うのは許せない」

「ルキウス……」

「アスティの時間はおれのものだよ?当たり前さ」

「……」



 感動した私が馬鹿だった……。ルキウスのものでもないよ……。


 

「そ、そっか。じゃあ、王妃教育は受けてなくていいんだ。良かった」

「うんうん。なら、王妃教育はないからアスティは自由だよ。で、何をする?」

「何も考えてないよ。あ、でも……ルキウスは?その、イレイン様は……」

「ああ、気にする必要ないよ。はあ。交代してくれないかな?きっと、あの令嬢の方がバカ王子の婚約者に相応しいと思う」

「どんな人なの?昨日教えてくれなかったじゃない」

「アスティは知らなくていいよ。ほんと、面倒に限るね」

「?」



 ルキウスがここまで嫌うイレイン様ってどんな人なの?ちょっとだけ会ってみたい。



「今会いたいとか思った?」

「!お、おお思ってないよ」

「ほんと?」

「うん!」



 危ない……危うく本音を知られる所だった。


 まだ疑いの眼を向けてくるルキウスの意識を逸らしたくて、一つ我儘をお願いしてみた。



「ルキウスも予定がないなら、私の我儘を一つ聞いてほしいな」

「アスティの我儘なら、何十何百だって聞いてあげるよ!」

「あ、ありがとう。それで我儘っていうのがね、大した事じゃないけど、一緒にフキンの森へ行ってほしいの」

「フキンの森?」



 フキンの森は、王都からそう遠くない場所に位置する森。森と言っても、広くはないし道も単純で初心者の錬金術師が最初の素材集めに来る基礎中の基礎な採取地。そのため、森に棲んでいる魔物もスライムやキャロットが殆ど。稀にノラウルフがいるけど、滅多に現れない。意外な場所の名前を出した私に青と銀のコントラストな瞳が丸くなった。



「あそこって取り立てて特徴ないよ?」

「錬金術を使ってみたいの。それで、まずは『ライフウォーター』を作りたくて」



『ライフウォーター』とは、体力を回復させる初級の回復薬。初心者な錬金術師が最初に作るのがこの『ライフウォーター』だと言われている。



「なるほどね。『ライフウォーター』に必要な素材は水・イクフカ草・蜂蜜。水と蜂蜜はともかく、イクフカ草はフキンの森に年がら年中生えてるから、採取するには打ってつけか」

「駄目?」

「勿論付き合うよ。魔物に襲われても、フキンの森の魔物くらい小指だけで十分だよ」

「もう。甘く見ちゃ駄目」

「事実だよ。アスティ」



 ルキウスなら、スライムやキャロット程度心配はいらない。小指は言い過ぎだけど……。



「じゃあ、支度をしよう。アスティの髪はおれが整えてあげる」

「きゃあ」



 羽交い締めにされるなり抱き上げられ、ドレッサーの前に座らされた。鏡の中の自分の髪はひどく乱れていた。うう……こんな姿でお母様やお父様、マリク達の前でご飯を食べていたんなんて、ルキウスにも……。私の寝癖の酷さはお母様譲りだと侍女が言っていたのを思い出す。その通りです。


 素早く、丁寧に、瞬く間に私の髪を普段の真っ直ぐな髪に整えたルキウスがドレッサーの引き出しを開けた。

 中には、多数の髪飾りがある。再会した2年前から爆発的に増え続けており、今ではお父様やお母様から頂いた物より、ルキウスから贈られた髪飾りの数が多い。



「今日は……これにしよう」



 ルキウスが選んだのは、桃色のマムを3つ合わせた髪飾り。本物の花を錬金術を使って枯れないよう工夫してある。左耳の上にそれを着けてくれた。



「綺麗だよアスティ」



 うっとりとして私を抱き締めてきたルキウス。何を着けても、何を着ても、可愛い綺麗と褒めてくる。でも、嬉しく思わない日はない。何度同じ言葉を囁かれても感じるのは幸福だけ。



「ありがとうルキウス」



 回された腕に自分の手を乗せてルキウスに微笑んだ。




 髪のセットも終わり、服も寝巻きから動きやすいドレスに着替え(これだけはルキウスにさせる訳にもいかないので部屋から強制的に出てもらった)お父様とお母様にフキンの森へ行く了承を頂き、屋敷を出た。



「《行くよ》」



 己が体に風を纏って浮遊する風の魔術【スカイ・フライ】を使ったルキウスに連れられ、私も空を飛ぶ。一定範囲内にいれば、手を繋がなくても空を飛べるのだけど私の手はしっかりとルキウスに握られている。



「時間はたっぷりあるからゆっくり行こう」

「うん。あれ?」

「どうしたの?」

「あれって……」

「うん?」



 移動し始めた直後、屋敷の前を一つの馬車が停まった。王家の紋が入ったあの馬車は……まさか……。



「……やっぱり、クラウディオ王子殿下だ」

「何しに来たの」

「分からない」



 予想通り、馬車から降りたのはクラウディオ王子殿下だ。昨日私が頬を叩いてしまった人。こんな朝早くからどうしたんだろう。ひょっとして、昨日の事を怒ってヴォルシュテイン伯爵家をどうにかしようと……!?



「まあいいや。行こうアスティ」

「え!?で、でも!」

「少なくとも、アスティが心配するような事は何もないよ。…………バカ王子にアスティを見せるのは勿体ないしね」

「?」








読んでいただきありがとうございました!


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