3話 修羅場と浮気疑惑
『お待たせ。アスティ』
人間に転生させられて5年後――。
何時になったら会いに、迎えに来てくれるのかとひたすら待った相手が姿を見せてくれた。魔族だった頃の容姿とはかなり違ったけど、一目見ただけで彼がルキウスだと気付けた。
やっと会えた愛しい人は、人間になっても美しいままだった……。
○●○●○●
○●○●○●
ガタガタと揺れる馬車の中から、流れ行く外の光景を見続けた。普段以上に着飾られた私を乗せた馬車が向かう先は、王族だけが住む事が許された王城。王の忠臣たるヴォルシュテイン伯爵家の令嬢である私と王国の第一王子クラウディオ王子殿下の顔合わせを行われる為に向かう。お父様やお母様が王に直談判して下さったが、私と王子殿下の婚約が白紙になる事はなかった。全てはヴォルシュテイン伯爵家と王家との関係をより強固なものにするため。きっと、私にルキウスがいなかったらお父様は手放しで喜んでくれた。お母様も。
私もルキウスを忘れていたら、家の為に、国の為に王子殿下との婚約を受け入れていた。……でも、私にはルキウスがいる。ルキウスがいた。私とルキウスの婚約も、家同士、きちんとした書類を交わして成立した。私との婚約を解消する代わりに、ルキウスにはブルーノ公爵家令嬢のイレイン様と婚約が結ばれた。これも既に決定事項。リグレット公爵様も王様に何度も掛け合ってくれたそうだが、取り次いで貰えなかったとか。
「さあ、着いたよアステル」
「はい」
ついに到着してしまった。
暗い表情のままでは駄目だと自分を叱咤し、先に降りて私に手を差し出してくれたお父様の手を掴んで馬車から降りた。門の前には、見張りの騎士が二人いた。顔が知れているお父様だからか、受付をスルーで良いらしく、そのまま行って下さいと声を掛けられた。
門の見張りをしている二人の内、頬に十字傷のある茶色の短髪の男性が気さくにお父様に話し掛けた。
「この令嬢が例の王子殿下の婚約者ですか?」
「私の大事な一人娘だ。呉々も、怖がらせないでくれよ」
「勿論ですよ。でも、聞きましたよ。婚約者がいたのに、王が無理矢理……」
「ばかっ、此処でそれを言うな!」
茶色の短髪の男性の言葉を遮る様にもう一人の騎士が待ったをかけた。鳶色の髪を雑に切り揃えた髪型にまだまだ若そうな見た目の男性。
「外にいるんだから、それを声を大にして言うな!」
「もう有名になってるんだから良いだろう」
「良くねえよ!」
門番二人の言い合いに反応もしたくない。国王と言えど、公爵家と伯爵家が正式に結んだ婚約を破棄するのは簡単には出来ない。無理矢理強行したのは、貴族の間では有名な話になってしまっているらしい。門番の騎士二人が知っている程なのだから、王城で知らない人はいない。言い合う二人を置いて、お父様は私の手を引いて王城の中へ。通り過ぎる侍女や役人達の視線が痛い。
「あれがクラウディオ殿下の婚約者に選ばれたっていう?」
「可哀想にね。正式な婚約者がいたって話なのに」
「王家の忠臣ヴォルシュテイン伯爵家との繋がりを強固にする為の政略結婚よ」
「でも、相手があのクラウディオ殿下……。第二王子のアシェリート殿下だったら、まだね……」
「ちょっと、滅多な事言うもんじゃないわよ!」
……侍女さん達、小さい声で喋ってるつもりなのかな?一句一句、耳に入ってる。
「アステル。大丈夫かい?」
お父様が気遣う様に心配してほしくなくて笑みを浮かべるも、無理な作り笑いだと看破された。歩いている内に謁見の間に入った。
「来たか。ベルトラン」
奥の間にて、玉座に腰掛ける凛々しく輝く金髪に王族の証である炎に燃える赤の瞳の男性こそ、フローラ王国第35代目国王ーマーロティウス・キラー・フローラ様。隣に座るのは現王妃ーヴィヴィアンヌ・アリー・フローラ様。ヴィヴィアンヌ様はブルーローズ侯爵家の令嬢だと聞く。ブルーローズの名に相応しく、澄んだ青色の髪と瞳が特徴の美女。慈愛に満ちた青い瞳と女神を彷彿とさせる美しい容姿。この人の次の国母にならなければならないかと思うと気が重い。何より、私はルキウス以外の人を好きになりたくない。
王様と王妃様に挨拶し、許可を貰って顔を上げた。
「我が息子、クラウディオとアステル嬢の婚約が正式に決まった。今日は、二人の顔合わせを行うべく城へ呼んだ」
「はっ。して、クラウディオ王子殿下は何方に?」
「今呼ぼう。クラウディオ。入って参れ」
王様の呼び声に応えて、重厚な扉が開かれた。侍女が開けた扉から入ってきたのは、王様と同じ金髪に王族の証である赤い瞳。炎のように瞳が揺らめいて見える。凛々しくもまだ幼い顔立ちの少年こそ、フローラ王国第一王子クラウディオ殿下。クラウディオ王子殿下は王様と王妃様の前まで来ると挨拶をした。この国の王子と言えど、謁見の間での対面は親と息子ではなく、王と王子の関係を求められる。
「クラウディオ。彼女がこの度お前の婚約者となったヴォルシュテイン伯爵家令嬢のアステル嬢だ。お前達の婚約は、王家と王家の忠臣ヴォルシュテイン家との関係を強固にする為のもの。呉々も粗相のないように」
「はい。父上」
「陛下。折角ですから、クラウディオとアステル様を二人っきりにしては?大人がいては話し辛いかもしれませぬ」
「うむ。そうだな。クラウディオ。アステル嬢を客間へとご案内して差し上げろ」
え!?い、いらない!
……と、言える筈もなく。案内役を受けたクラウディオ王子殿下に付いていく。謁見の間を出る間際、チラッとお父様に視線を向けたら、心配そうに私を見つめていた。嘘とバレていながら、大丈夫だよと口パクで告げて謁見の間を出た。
王城は広い。クラウディオ王子殿下の歩く速度が早くて置いて行かれないようにするのが精一杯。同い年と聞いているけど背は私よりも高くて、ルキウスよりも更に高い。当然、歩幅が違ってくる。殿下は普段通り歩いているだけなのかも。
それにしても、結構な距離を歩いたけど客間って謁見の間からそんなに遠いのだろうか。一向に到着する気配がない。場所も段々人気がなくなり、雲一つない快晴なのに日当たりが悪く薄暗い。もう絶対客間に連れて行く気がない。それでも、付いて行くしかない私は殿下の背中を追い掛けた。
すると、殿下の動きが急に止まった。歩いている殿下と違い、ずっと小走りに近かった私の息は切れている。運動をしたくてもルキウスがさせてくれない。大人になったら、違う運動をしたらいいとか言われる。外見は子供なのに、中身は前世の魔族時代とちっとも変わってない。
「あーあ、ここまで付いて来るとか」
「はあ……はあ……」
「王家とヴォルシュテイン家との関係を強固にする為の婚約?知るかっつうの。こんな貴族じゃなかったら見向きもされない女が俺の婚約者?あーあ、最悪だ」
「……」
な、何?謁見の間での、礼儀正しいクラウディオ王子殿下と大違い。
私に振り返ったクラウディオ王子殿下は、嫌悪と侮蔑の眼差しで私を見下ろす。
クラウディオ王子殿下の豹変ぶりに思考が追い付かない私に構わず話続けた。
「お前、あのリグレット公爵家の次男と婚約してたんだろう?それを父上が無理矢理破棄して、お前の婚約者だった次男はブルーノ公爵家の令嬢と婚約させられたんだって?はっ、王国の第一王子の婚約者が他人のお古かよ。庶民みたいに使い回しはゴメンだぜ」
「……」
……本当にこんな失礼極まりない人が王国の第一王子殿下?お父様が……代々のヴォルシュテイン伯爵家が命を懸けて守って来た王国を統べる王族?
こんな……最低な言葉しか発しない人の為に、やっと会えたルキウスとの婚約を無理矢理破棄させられたの……?
「まあ、でも、よく見ると顔だけは良さそうだな。魔力もそれなりにあるって聞くし。どうせ父上の独断で決められた婚約だ。将来――」
パシンッ!!
廊下に響いた乾いた音。
赤く染まったクラウディオ王子殿下の頬。
痛みで熱を持つ私の左手。
私は今王国の第一王子の頬を叩いた。力一杯。
不敬罪で処せられるかもしれない。いい。最低な事しか言わない口は閉ざされてしまえばいい。
叩かれた頬を呆然と撫でるクラウディオ王子殿下をずっと堪えていた涙が溢れそうになるのをまだ、まだ駄目だと堪えて睨んだ。
「……貴方みたいな最低な王子、こっちから願い下げよ」
王族相手にしていい言葉遣いではない。だとしても、人を馬鹿にするのを楽しんでいる人の婚約者なんて死んでも嫌。現実を理解し始めたクラウディオ王子殿下の顔全体が見る見る内に赤く染まる。怒りで体温が集中している。
「たかが伯爵家の令嬢が王族の俺の顔に傷をつけて只で済むと思ってるのか!?」
「思っていません。でも、貴方みたいな最低な人の為に私は婚約を破棄されたんです!ルキウスとずっと一緒にいたいのに貴方なんかと婚約させられた私の気持ちが分かりますかっ!!」
「そっちこそ、他人のお古を回された俺のプライドがどんなに傷付いたか分かるのかよ!!」
「分かりませんよっ!貴族として生まれたからには、王家の忠臣であるお父様の娘に生まれた以上は、例えリグレット公爵家のルキウスとの婚約を破棄されても、王族との婚約は仕方ないと諦めました!!なのにっ、貴方の様な人の為に諦めるなんて……絶対嫌!!!」
「っ!!」
謁見の間で見た通りの礼儀正しく、第一王子としての威厳を見せる立派な人だったらまだ諦められたかもしれない。実際の人物は、最低で自分の事しか考えていないエゴの塊。猛烈に拒絶反応が出た。堪えていた涙も堰を切った様にボロボロと流れ出てくる。止めようにも止められない。私の反撃に言葉を失うクラウディオ王子殿下。まだまだ言いたい台詞は山程あるけど、これ以上を言うと捕まりかねない。今でも十分捕まるには十分な言葉を浴びせたが後悔はない。はあ、はあと違う息を切らせばクラウディオ王子殿下は俯いた。ぼそぼそと私の耳には届かない声を呟いた後、顔を上げた。
人を見下し、嫌悪と侮蔑にまみれた面から不機嫌丸出しの年相応の子供の顔にチェンジした。
「そんなに俺との婚約は嫌か」
「……当たり前です。第一、先に拒否したのは貴方です」
「……ふんっ、口は回る女だ。……よし、決めた」
何を決めたのか。叩かれた頬から手を話したクラウディオ王子殿下は、腕を伸ばして私の髪を一房掴んだ。意図の不明な行動を注視すると髪の毛を自分の唇に当てた。え……?さっきまでの態度と大幅に違う行動に固まってしまう。
「え……?ええ……?」
「なんだその間抜けな顔は。まあいい。決めたぞ。アステルと言ったな。先程の言葉は撤回しよう。お前に興味が湧いた。必ず、俺を好きにさせてやる!」
「ええっ……!?」
クラウディオ王子殿下から投下された大型爆弾並みの破壊力を誇る宣言に今度こそ本気で固まった。ど、どうして?彼に心変わりさせる会話は何一つしていないのに。驚愕の声を上げた私に気を良くしたクラウディオ王子殿下が顔を近付けて――。
○●○●○●
○●○●○●
――夜。
「アスティ~」
「きゃぁ」
お風呂も入り終わって部屋のベッドの上でのんびりとしていると音も気配もなくルキウスが私を背後から抱き締めた。何度同じ行動を繰り返されても慣れなくて、心臓がビクッと跳ねる。嬉しそうに私に抱き付くルキウスにほんの少し罪悪感が募る。
「来てもいいの?私達婚約は破棄されたんだよ?」
「関係ないよ。おれはアスティ以外の女はいらない。アスティがいればいい。それよりアスティ、今日例の王子と会ったんだよね」
「う、うんっ」
「ちょっとごめんね」
「?」
そう言うとお互いの額を合わせたルキウスが目を閉じた。熱でも計られているのかなと思ったのは大きな勘違いだった。額を合わせて幾何かすると急に険しい面持ちをしたルキウスが殺気が多分に含まれた低い声を発した。
「……どういう事?浮気は許さないよおれ」
「う、浮気なんかしてな……あ」
王子殿下と会っただけで浮気だと疑われ、濡れ衣だと訴えかけた瞬間、最後にクラウディオ王子殿下にキスをされたのを忘れていた。更に現実から遠ざかる私の意識が無意識の防衛本能によって記憶に蓋をしていた。それをルキウスの“浮気”の一言で思い出した。
一切の表情を無くした端正な顔に睨まれ、急速に体温が低下していく。蛇に睨まれた蛙よろしく、硬直してしまい言い訳も出来ない私に苛立ったルキウスに押し倒された。
……前世の記憶を辿れば、こういう時まず間違いなく犯された。抱かれたんじゃない、犯された。大事だから二回繰り返しました。
底無しの愛情をくれるルキウスだけど、一度嫉妬してしまうと手が付けられなくなる。元々、嫉妬深くて、束縛も独占欲も強い。
人間に転生しても本質はなんら変わっていない。
「やっ……ルキウス……っ」
「嫌じゃない。アスティ。おれはアスティが愛しくて可愛くて毎日でも足りない位アスティと一緒にいたいんだよ。で、やっぱり一度無理矢理オトナになろう。オトナになって隅から隅まで愛したら浮気はしなくなるよね」
「だから、浮気じゃないっ」
「何言い訳するの?おれ以外の奴に易々キスを許したくせに何処が浮気じゃないの?」
「私はされたいだなんて思ってない!クラウディオ王子殿下がいきなり……」
「ああもう、アスティ。アスティはおれが好きだよね?おれはアスティが大好きだよ。なのにアスティはおれ以外の奴とキスをしちゃうんだね」
「ルキウスっ、お願、い、私の話を聞いて……!」
理性よりも怒りが脳内を支配して私の話を一切聞いてくれない。体の成長を急速に速める禁忌の魔術を使用し始めようとするルキウス。どうしたらルキウスを止められる……!?――ふと、ある考えを思い付き、成功の有無を思考する暇も惜しいから直ぐ様実行した。
「んんっ」
難しい事をするんじゃない。
私から、ルキウスにキスをするだけ。
ルキウスの胸倉を両手で掴んで引き寄せ、無理矢理唇を押し付けた。これだけでも火が出る程恥ずかしいのにルキウスのご機嫌取りは更に上を目指さないとならないから、開いている口内に自分の舌を入れた。初めて自分から舌を入れた。恥ずかしさしかない。でも、この後どうしたらいいの。ルキウスがしてくるキスは私じゃ無理よ。ルキウスの口内に入れたままの舌をどう動かすか悩んでいると下から私の舌が舐められる。ルキウスは私の手を離すと一旦顔を離し、今度はルキウスからキスをしてきた。
「ん……んん……アスティ……」
「ん……ふ……」
「アスティ……可愛い……ん……」
「んう……んんっ……」
優しく私の舌を絡め、互いを味わう。口端から零れる唾液を口内に戻され、更に深く口付けられる。クラウディオ王子殿下にされたキスは触れ合うだけのキス。ルキウスとのキスは、決して子供がするような可愛らしいキスじゃない。男女が交わす濃厚な口付け。恥ずかしいけど私はルキウスとするこのキスが好き。私の事をどれだけ大切に想ってくれてるかが伝わる。
「アスティ……今日はアスティの可愛いご機嫌取りに免じて許してあげるよ。オトナになるのはまた今度にしてあげる」
「んん……」
「ん……。ああ、アスティがいればいい。ねえ、おれの話も聞いてくれる?」
「う……んん……いい……よ」
喋る為にキスは中止。ずっと続けていたら気持ち良すぎてどうにかなってしまいそう。ルキウスは私の横に寝転がり、今日出会ったイレイン様の話をした。ルキウスも私と同じ頃、新しい婚約者となったイレイン様と顔合わせがあった。逃げてもリグレット公爵様とアルト様に追い掛け回されて二人を黒焦げにした辺りでノエル様に怒られて渋々対面したみたい。
「イレイン様ってどんな方なの?」
歳が一緒だと知るくらいで他は何も知らない。容姿やどんな性格なのかも。社交場には必要最低限の回数しか出席していないから、同い年の貴族の子供と面識がほぼない。
「アスティは知らなくていいよ。あんな疲れる相手を婚約者にされるなんて最悪だよ。待っててねアスティ。親父殿とおれでアスティと馬鹿王子の婚約は破棄してあげるから」
「う、うん」
「ああでも、あの馬鹿王子アスティを好きにしてみせるとか宣言したんだっけ。殺すか」
「だーめ!」
すぐそうやって殺そうとする……!元が魔族だからどうしようもないのかも。
ルキウスは顔を近付けるとキスを要求。律儀に目を閉じて私からのキスを待つルキウス。覚悟を決めて、そっとルキウスにキスをした。
不満げな顔をされた。
「ええーこれだけ?」
「む、無理言わないで」
「さっきは舌入れてくれたのに」
「あ、あれはルキウスを落ち着かせるのに必死で……!」
「ちぇ。期待したのに」
「ううっ」
「いいか。時間は腐るほどあるし。あ、第一王子と婚約させられたんなら、アスティは王妃教育を受けないといけなくなるね」
」
「あ」
王妃教育とは、その名の通り次の王妃になる為の教育を受けさせられる。とてもじゃないけど私には務まらない。思い出したくもなかったのにルキウスのせいで思い出しちゃった。
「……」
「ごめん。アスティを不快気持ちにさせたかったんじゃないよ。許して」
「うん……」
明日から、どうなっていくんだろう……。
一抹の不安を抱きながら、寝転がった体勢で抱き締めてきたルキウスに抱き付いた。明日の出来事は明日にならないと分からない。
「ルキウス」
「うん?」
「朝になってもこうやって抱き締めてくれる?」
「勿論。アスティが嫌がっても離れないよ」
「うん。……ちゃんと捕まえていてね」
「可愛い。愛してるよ、アステル」
「私もだよ。ルキウス」
互いの唇が再び触れる。
お休みなさいを口にしない代わりに。
読んでいただきありがとうございました!




