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2話 2組の婚約が確定しました

 

 

 ――ああもうっ、イラつく、苛々する!おれの苛々の原因は全て……!


 

 掌に集中させた魔力は炎の属性を帯び、球状となって形が形成された。放てば小さな町一つ吹き飛ばせる濃度の濃い炎球をおれの苛々の原因である親父殿へ投げた。ホームランよろしく、杖で打たれ空高く飛んで行ったそれは見えなくなった辺りで爆発した。雲を焼き払う勢いで広がった炎の波が王国の空を覆った。

 


「ちっ」

「ちっ、じゃない!父親に向かって何てもの投げるんだ!」

「誰のせいだと思ってんの!?」

「仕方ないじゃないかっ!王命ならば従わなければならないんだ!」

「アスティはおれのだよ!?王子なんかにやれって言うの!?」


 

 そう……2年前やっとの思いで見つけ、再会して僅か2週間で婚約にまで漕ぎ着けた愛しいアスティが、おれの可愛いアスティが王国の第一王子の婚約者に選ばれた。ヴォルシュテイン伯爵家は王の忠臣と呼ばれる程に忠誠が強い。本来なら、過去の功績によって公爵の地位を授けられても可笑しくない家柄だが、伯爵以上の地位はいらないと歴代の当主達は辞退しているのだとか。現当主のベルトランもそうだ。王家とヴォルシュテイン伯爵家の繋がりを強固にする為の婚約だと今朝親父殿に朝食の席で言われた。おれの隣にいたアスティも聞いていなかったのか、え?え?と困惑していた。どういう事だと詰め寄ったら、公爵家の当主が窓を破って外へ逃げた。アスティの額にキスをして、親父殿が逃亡した窓から親父殿を追い掛けた。

 

 対峙するおれと親父殿。

 


「アスティとおれの婚約は正式に結ばれたやつなんだよね?」

「そうだ。私も何度も王に進言した。クラウディオ殿下とアステル嬢を絶対に婚約させないと。はあ」

「はあ、じゃないよ!どうにかしなよ!親父殿!」

 


 ああもうっ!苛々する!溜息吐きたいのはおれだよ!このままじゃ可愛いアスティが他の奴に取られる!

 

 前世の魔族だったら、有無を言わさず馬鹿げた婚約を破棄させてやるのに。

 


「リグレット家からは下手に動けない。ルキウス、暫く様子を見よう」

「はあ!?」

「落ち着け。要は、アステル嬢がクラウディオ殿下に気に入られなければいい。殿下の性格を考えると恐らく……――」

 


 

 ◆◇◆◇◆◇

 ◆◇◆◇◆◇


 

 ガタガタと揺れる馬車の中。

 

 今朝、朝食を頂いていたらリグレット公爵様に驚きの事実を告げられた。フローラ王国の第一王子クラウディオ殿下と私の婚約が王命により決定された、と。言われた瞬間、隣に座るルキウスの様子が明らかに変わり、室内の温度が急速に下がっていった。どういう事だと詰め寄るルキウスから、窓を破って外へ逃げた公爵様。元から逃げるつもりだったに違いない。私の額にキスをしてリグレット公爵様を追い掛けて行ったルキウス。残されたのは私とルキウスの兄アルト様と姉ノエル様。お二人は実は双子でノエル様が姉、アルト様は弟でルキウスとは3つ離れている。

 

 食後の紅茶を飲まれていたノエル様がやれやれと砕けた窓を見やった。

 


「お父様やルキウスにも困ったものですわ。ルキウスがアステルちゃんの事となるとああなるのは分かりますが、普段人に貴族令嬢らしい振る舞いをしろと煩く言う人が窓を破って逃げるだなんて。誰が直すとお思いなのかしら」

「少なくともノエルじゃないのは確かだ。ぼくでもない。頭に血が上ってるルキウスでもない。父上に任せたらいいじゃない。壊した本人なんだし」

「そうですわね。戻ったらお父様に直してもらいましょう」


 

 側に控えている侍女に伝える様言い付けるとノエル様は私の方へ向いた。


 

「アステルちゃん自身はどう思うの?」

「どう、とは」

「王子殿下との婚約よ。アステルちゃん命のルキウスが認める訳はないけど、王家との婚約なら伯爵も断れないと思うの」

「……」


 

 ヴォルシュテイン伯爵家は王の忠臣。王の命令には逆らえない。私がどんなにルキウスを好きでも当主である父が受け入れれば拒否は出来ない。

 

 どうしよう……やっとルキウスと会えたのに……またずっと一緒にいられると思ったのにっ!

 

 視界が涙の膜で覆われた刹那――急に空が赤くなった。真紅に染まった空は一瞬で元の青空へと戻ったけど不思議と誰も驚かなかった。寧ろ、空を一瞥しただけで外の様子を見に行く人が誰もいない。アルト様もノエル様も、後使用人の方々も分かっているのだ。あれがルキウスの仕業だと。コトンとノエル様がティーカップを置いた。

 


「ルキウスがお父様にとうとう切れましたわね。何の魔術を使用したのでしょう?」

「【テラ・フレア】辺りじゃないか?大方、球状に濃縮した【テラ・フレア】をルキウスが投げて、杖で父上が空へ打ったんだろう。空へ逃がせば被害は受けないからね」

「綺麗でしたわね。もう一度やらないかしら」

「今度は【プラズマ・ボール】を投げるんじゃないか?」

「【アイス・キャノン】なら、もっと綺麗では?」


 

 二人共、魔術師とは関係ない、普段は自分のなりたい将来に向けて一直線に行動している。魔術の名家リグレット家に生まれただけあって、魔術の造詣には深い。次はどんな魔術をルキウスが使用し、どうやってリグレット公爵様が跳ね返すかを言い合う二人。人間にしても平凡な私では話に入れないのでお茶を飲んで二人の話を聞いていた。

 

 ――暫くしても二人は戻らず、伯爵家から迎えの馬車が来た。侍女の方々に身支度を手伝ってもらって迎えに来た御者に荷物を渡した。見送りにはアルト様とノエル様が。

 


「1週間楽しかったわ。婚約の件については、お父様とヴォルシュテイン伯爵が頑張ると思うから、アステルちゃんはルキウスをよろしくね」

「は、はい、お世話になりました」

「しかし、あの二人何処まで行ったんだ?全然戻らん」

「大方、ルキウスを余計に怒らせて戻って来れないのでしょう」

「あはは……」


 

 ほんと……ルキウスは、一体何処までリグレット公爵様を追い掛けて行ったんだろう。炎の後、アルト様の予測通り雷も空に広がった。次に氷が来ると期待したノエル様だったが、次は凶暴な風が吹いた。屋敷の中にいたから安全だったけどノエル様は拗ねてしまっていた。お二人にきちんと挨拶をして馬車に乗り込んだ。動き出した馬車の中で揺られ、一人しかいないのをいいことに深く息を吸って吐いた。



「お父様にお願いしても王様の決定だから、やっぱり無理なのかな」



 不安で仕方ないけど家に帰って確認するしかない。


 約30分かけて到着したヴォルシュテイン伯爵家。リグレット公爵家と比べると小さく感じるが伯爵家の中では一番大きい屋敷、らしい。らしい、と言うのは他の伯爵家へ行った事がないから。元々、一人娘の私に対して過保護過ぎる両親によってあまり外に出られない。ルキウスと再会してからは、リグレット公爵邸以外の場所に行かなくなったしね。



「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま!」



 第一に私を出迎えてくれたのは、お父様が子供の頃から仕えている執事のマリク。40代後半とは思えない若々しい容姿をしており、燃える赤髪がとても魅力的な男性だ。髪と同じ色をした瞳が困ったような色を宿した。



「クラウディオ王子殿下との婚約が決まったと今朝旦那様が仰有っていました」

「はい……リグレット公爵様に教えられました」

「ええ。最初に知らせがいったのがリグレット公爵の所だったのです」

「そうなの?」

「はい。恐らく、旦那様ではなくリグレット公爵の耳に先に入れたのは、ルキウス坊っちゃんとお嬢様が婚約関係にあったからと」

「ねえ、マリク」

「はい」

「私とルキウスの婚約は、リグレット公爵家とヴォルシュテイン伯爵家で正式に決められた婚約なのよね?王様だからって簡単に変えられるの?」

「いえ。これはあくまで、旦那様の予想ですが……ルキウス坊っちゃんには、別の令嬢を宛てがうつもりではないかと。旦那様は考えておられます」

「!?」



 ルキウスが私以外の女の子と!?



「嫌よ!ルキウスが他の人と婚約するだなんて!!お父様は!?」

「旦那様は、奥方様と共に王城へ行っています。直々に抗議しに行くと言い残して、お嬢様を迎えに行く少し前に出発されました」

「……」



 お父様……お母様……大丈夫かな?


 幾ら、王の忠臣と呼ばれる程に忠誠心が強いと信頼されているお父様でも、王が決めた決定に異議を申したら無事で済まないんじゃ……。



「お嬢様。旦那様と奥方様は大丈夫です。さあ、中へお入りになってください」

「うん……」



 私を気遣って私室まで同行してくれたマリクにお礼を言って、部屋に戻った。


 いやだ、いやだっ、王子殿下との婚約は嫌でも王家とヴォルシュテイン伯爵家の信頼を強固にする為の政略的思惑があるから仕方無いと諦め、無理に納得させられる。ルキウスと他の貴族の令嬢の婚約だけは違う。ルキウスが人間に転生したいと言って無理矢理転生させられて、再会するまでの5年間は毎日が寂しくて寂しくて仕方なかった。今は毎日引っ付かれて、偶に魔族時代の危ないスイッチが入りかけたりしてヒヤヒヤする時もある。


 ――でも……っ



「やだ……やだあ……!」



 大好きなのっ、ルキウスが大好きなのっ!



「ひく、ひくっ……ううぅ……」



 ベッドの枕に顔を埋めて押さえきれない泣き声が漏れる。顔を上げて見なくても分かる位に涙が溢れて止まらない。ぎゅっと枕を抱き締めて泣いていると絶対に聞き間違えない私の大好きな人の声がした。縋る気持ちで顔を上げた先にいたのは、満面の笑みで両手を広げて待っているルキウスがいて。迷いもなくルキウスに抱きついた。



「よしよし。もう寂しくないからねえ。おれが消えて寂しくて泣くなんて可愛いなあアスティ」

「う、ううっ、だって、だってぇ、ルキウスが私以外の、女の子、と、婚約するっ」

「は?」



 すると、言いたかったのにルキウスの怒りに満ちた一文字で言えず。私を抱くとベッドに寝転がり、横になった体勢で両手で顔を包まれた。



「どういう事?おれがアスティ以外の人間と婚約?何時そんな話になってるの誰が言ったのそれ以前に決めたの誰?ああ国王かあいつ殺そうおれの可愛いアスティをどこの馬の骨かも知れない王子の婚約者にするとかやっぱり死ね親父殿がヴォルシュテイン伯爵と何とかするからって屋敷に戻ったらアスティは家に帰ったと兄上と姉上に言われて来てみればアスティは」

「ま、まま、待ってルキウス!違うの!まだ決まったんじゃないの!」



 ノンブレスで怖い台詞を連発させるルキウスを慌てて止めて話の続きをした。ルキウスが私以外の貴族令嬢と婚約するというのは、あくまでも可能性の話であって定かじゃない。


 しかし――



「可能性は十分にある」

「どうして?」

「アスティとおれは、正式に結ばれた婚約者だ。それを国王だからって無理矢理破棄するのは難しい。だから、アスティを自分とこの王子に嫁がせるなら、おれにはヴォルシュテイン伯爵家以上の代わりの令嬢を宛てがう。――今から殺しに行くか」

「だだ、駄目!」



 ルキウスは本気だ。本気で王様を殺しに行こうとした。魔族だった時も何度か仕える主である魔王を殺そうとした事があった。理由が私と一緒にいたいのに魔王が余計な仕事をどんどん増やすから、だと。ルキウスの中の優先順位は一体どうなっているんだろう。私を大事にしてくれるのは嬉しいけど仕事は一番にしきゃいけないと思う。


 肯定するでなく、自分を止めた私に不満げな青と銀が向けられる。



「駄目よルキウス」

「どうして止めるの」

「だって、もし王様を殺しちゃったら真っ先にルキウスが疑われる」



 確実に。



「このまま、親父殿や伯爵に任せろと?」

「うん。リグレット公爵様やお父様にお任せしましょう」

「……アスティがそう言うなら、殺さない」

「うん」

「アスティのお願い聞いたんだから、おれのお願いも聞いて」

「なあに」

「キスしていい?」



 返答を待たず、唇にルキウスの唇が触れた。嫌、だなんて私が言わないのを知ってても聞いてくるのは狡い。お返しに私からキスをしたら、青と銀の珍しいコントラストな瞳が歓喜に染まった。



「ああっ、アスティ!もう駄目可愛い!可愛すぎてこんな子供騙しのキスじゃ足りないよ!やっぱり無理矢理オトナになって気持ちいいことしようよ!」

「だーめ!!」



 ……それから数時間後。


 大人になってあげない代わりに、人間になって初めての……その……舌を入れるキスをされ、ぐったりした私とまだまだしたいと騒ぐルキウスはマリクに呼ばれて玄関ホールへ向かい、とても落ち込んだ様子のお父様とお母様を見て察してしまった。国王の説得は失敗に終わり、正式に私とクラウディオ王子殿下との婚約が決まってしまった。ルキウスから黒い魔力が溢れる……。更に悪い知らせがあるとお父様は切り出した。ルキウスを見て。



「ルキウス様には、ブルーノ公爵家令嬢のイレイン様と婚約を結ぶとルーファス様に命じられていた」

「そんな……」



 可能性が現実になってしまった……。ルキウス……と隣を見て言葉を失った。一切の感情を無くした表情がそこにあった。


 私の視線に気付いたルキウスがニコリと微笑んだ。



「不安にならなくていいよ、アスティ。おれが好きなのはアスティだけだから」

「うん……っ」

「はあ。…………殺すか」



 ……ポツリと零れたルキウスの呟きを聞かなかった事にした。私も、お父様も、お母様も……。







読んでいただきありがとうございました!


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