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4.『もしも』と『今』のクリスマス

 




 

 あたし、エレイン=アーサーズは、あいつ(・・・)とそりが合わない。

 顔を合わせればムッとし、口を開けば二言目には喧嘩。所謂(いわゆる)犬猿の仲というやつだ。


 それはもう何年も前から続いている事なのだけど。


 もし。

 もしも、あたし達が子供の頃と変わらない間柄だったら。

 あたしは今、どう過ごしていたのだろう――……?



◇◆◇◆◇



「エレ、出かけようぜ」

「いやよ。今忙しいの」



 すうと、底冷えする風と共に、入り口につけたベルが鳴る。


 無遠慮に工房へと入って来る足音。

 あたしはそちらを見ないままいつもの返事をし、ページを捲る手を止めない。



「忙しい? 本を読むのは夜でも良いだろ?」

「あたし、早寝なの」

「嘘言え。ランプの明かりがずっとついているって、親父さんから聞いてるぞ」

「それは た ま た ま。偶然なんだから!」



 お父様ったら余計な事を!!


 本当は毎晩だったりするが、それは内緒にしておく。

 だって、本当の事を言ったら彼は無理にでもあたしを連れ出そうとするんだもの。



「じゃあ、今晩。その『たまたま』が起こるって事で」

「なにそれ、希望的観測?」

「おい。ワザと難しい言葉を使うんじゃねえよ」



 彼は国語が苦手。

 だから口喧嘩では負けないし、言い包めたり、煙に巻けば、すぐ不機嫌になる。

 そうして、怒って帰ってくれれば、あたしの読書時間は守られるのだ。



「エレ、今日という今日は外に行くぞ!」

「いーやーよ!! だって寒いんだもん」

「それが本音か!! 温かくして行けばいいだろ!?」

「本だって読みたいし」

「帰ってから読め!!」

「あとは……」



 ええっと。

 言い返す言葉が無くなり、口を(つぐ)む。


 ちらり、と視線で彼を(うかが)えば、俺の勝ちだと言わんばかりにニッと笑う。


 その笑顔にドキリと胸が跳ねる。

 まるで全力疾走した後の様に心臓が脈打ち、緊張で息が苦しくなった。

 赤くなったであろう顔を見られたくなくて(うつむ)き、耐える様にギュっと拳を握りしめる。


 数年前、あたしはこの気持ちがなんなのか気付いてしまったけれど。


 勇気のないあたしは。当然、この想いを伝えてはいない。



「……ん? 顔が赤いぞ、エレ」



 そう言った彼は、あたしの額に手を乗せる。


 出会ってから数年。

 大人じゃないけど、あの頃より大きくなって。


 こんな風に触れられる事がなかったあたしは、一瞬で固まってしまった。



「……おい、熱があるんじゃねえのか?」



 疑うように。

 額に触れていた手が今度は頬に触れる。



「やっぱり」



 彼は眉を寄せたかと思うと、少し屈み、なんとあたしを抱き上げた。



「ちょ! ちょっと!!」

「ベッドは何処だ? 運んでやる」

「そんなものないわよ!! ここは工房なんだから!!」

「はぁ? じゃあお前、泊まり込みで薬作ってる時は何処で寝てんだよ!!」



 椅子です!!

 しかし、そんな事は絶対に言えない。



「ああくそ!! (わら)とかねえのか!?」

「工房に居る時、プラムは薬草しか食べないの!! それより降ろしてよ!!」

「無理を言うな!! 手放せるわけないだろ!!」



 カッと熱が上がる。

 すでに赤くなっているハズなのに、その上限を振り切り。あたしは熟れきったリンゴの様に真っ赤になってしまう。


 違う違う、彼の言葉に深い意味はない。

 このセリフは「(熱があるのに)無理を言うな! (病人を)手放せるわけないだろ!」なのだ。


 それでも一応乙女であるあたしの脳内は、都合のよい妄想を止めてはくれない。



「と、とにかく、降ろして……」

「いやだ。身体だってこんなに熱い……」



 キャー!! と、頭の中で黄色い声が上がる。

 他意はないとはいえ、こんな風に抱き上げられ、あまつさえは自身の体温を計るように抱きしめられてしまっては――……




「――……ないわ」



 その場に似つかわしくない冷めた声。


 自身の工房にいたハズの景色は、見慣れた研究室に変わり。

 当然目の前に彼はおらず。代わりに先輩が腰に手をあて、溜息をついているところだった。



「――エレイン、どうするつもり? ソレ」



 彼女の指差した先を見やれば、そこは自分の手元。

 先程すり鉢に入れた貴重な薬草が、見る影も無くなっている。



「すっ、すみません……」



 あり得ない失態に頭を垂れれば、「おやおや、これは沢山すりつぶしたね」と、軽い声が聞こえてくる。



「室長……。申し訳ありません」

「いいよ。任せたのは僕だから」

「いえ、ぼんやりしてました」

「ぼんやり? 珍しいね」



 熱でもあるの?

 と、室長が顔を覗きこんでくる。



「――うん。今日は終わりにしようか」



 目が潤んでいる様だし。


 風邪のひき始めと勘違いされたあたしは、返す言葉もなく。

 そのまま研究室を後にする事となってしまった。



◇◆◇◆◇



 外は寒かった。

 まだ早い時間なのに陽の光はなく、空には低く垂れ下がる雲。

 雪雲だと一目見て分かるそれは、王都を覆い隠すように続いている。



「――間違いなく。今冬一の寒さね」



 あたしは防寒効果のある香りを纏い、研究室のある城を後にする。

 ファーのついたマフラーに顔を(うず)め、コートの襟を立てる。寒い。さっきまでお花畑な妄想をしていたせいか、余計に冷たさが身に刺さる。



 もし。

 もしも、子供の頃と変わらない間柄だったら……


 なんて不毛な妄想なのだろう。

 流れる時を(さかのぼ)れないのと同じように、すでに起こってしまった過去を覆す事などできない。


 それは花も草も動物も。当然人間も。

 全てに置いて平等。だから。



「……そんな事、あるわけないのに」



「――エレ」



 ビクリ、と身体が跳ねる。

 まさか、という思いと、そうであってほしいと思う気持ちと。

 心の中がぐちゃぐちゃになって、頭の中が真っ白になる。



「こんなクソ寒い日に、外に居るなんてめずらしいな」



 返事をしないあたしに、彼はそのまま話しかけてくる。

 そんな、昔よく聞いた声色を聞き間違えるハズがない。


 あたしはそちらを見ずに答える。



「……あたしだって、外ぐらい歩くわよ」

「ふうん。冬は工房に引きこもってるんだと思ってたな」



 本を山ほど持ち込んでな。


 一言多いそのセリフにそちらを睨めば、彼は口角を上げ意地悪そうに笑う。

 その不遜な笑みは「事実だろう?」と言われている気がして。あたしはムッとする。


 そう――。

 彼はきっと、あたしの事を根暗だと思っている。



「――貴方には関係ないわ」

「……っ! ふん、お前はすぐにそういう……!!」



 苛立った声を上げる彼に、「だって、事実じゃない」と畳み掛ける。


 二言目には喧嘩。

 やっぱりそれは今日という日(・・・・・・)でも変わらない。


 あたしは再び彼の顔を見る事無く、そのまま歩調を早める。



「おい! ちょっと待てよエレ!!」

「愛称で呼ばないでください」

「……っ!!」



 不意に。ひやり、と冷たいモノがあたしの手を掴む。

 それは飛び上がりそうな程冷たかったのに、何故か額に当ててくれた手を思い出す。



「……触らないでくれます?」

「だったら、止まれよ!」

「あたし、忙しいの」

「嘘言え! ぼんやり歩いていただけじゃないか!!」



 どうしてそれを。

 心底驚いた気持ちが表情に現れたのだろう。彼もそんなあたしを見て「……そんな風に一人で歩いてたら、危ねぇだろ」と、顔をそむける。


 なにこれなにこれ?

 一体何が起こったの?


 こちらを見ない彼はとても不機嫌だった。

 苛立ちを(たた)えた眉間には(しわ)が寄っている。



「――とにかく。今日は屋敷に帰るんだろ? 迎えは呼んだのか?」

「いえ、まだだけど……」

「じゃあ、ちょっと待っていろ」



 そう声をかけ、離れて行った彼はすぐに見えなくなる。


 一瞬、このまま帰ろうかと思ったけれど、それはあまりにも不義理なのでやめておく。


 ふうと、吐き出す様に息をつく。

 外に出た吐息は白く、ふわりと舞って消え。何もなかった様に景色へと溶け込む。


 あたしは空を見上げる。

 

 外は寒い。

 先程まではこの雪の降りそうな雲を見て、今冬一の寒さだと思っていた。

 

 だけど今は。

 何故か、そうでもない。


 そうして再び自由になったあたしの頭の中は、また想像する。



 もし。

 もしも、子供の頃と変わらない間柄だったら。


 あたしは今日という日(・・・・・・)を、どう過ごしていたのだろう?



「――エレ」



 想像した声が、現実に聞こえる。



「知り合いの辻馬車を捕まえた。信頼できるから乗って行け」



 茫然とその声を聞くあたしに、彼は怪訝(けげん)な顔つきをする。

 そして。



「……顔が赤いぞ、エレ」



 スッと伸びてきた手が、無造作に前髪を潰して額に触れた。

 先程触れられた時には冷たかった手が、少しだけ温かく感じる。


 それは、走ったせい? あたしの、為に?



「……おい、熱があるんじゃねえのか?」



 疑う様な、怒った様な。

 そんな声を出した彼は頬にも触れる。



「あ……えっと」

「まずは馬車に乗れ。そんで帰って寝ろ」



 彼はそういうと、あたしの手を掴み、荷物の様に馬車へと詰め込む。



「よろしく頼む」

「あいよ、旦那」



 外の御者に声をかけ、彼はもう一度あたしの顔を見る。



「本なんか読まねぇで、早く寝ろよ」



 あたしの返事なんて聞く気もない彼は、そのまま背を向ける。

 ぱたりと閉じられた扉。窓の外にミッドナイトブルーの髪が見えたが、それもすぐに見えなくなって。


 ガタゴトと車輪の音だけが響き渡る。


 嵐のように起こった出来事に、ようやく気持ちが追いついて来て。

 あたしは、何度も考えた『もしも』を振り払う。



 ――あの日があった今だからこそ、今日の出来事があったのだと。



 ふと、窓を見る。

 流れる景色の中、真っ白な雪がはらはらと混じり始めていて、最近聞いた遠い国の文化を思い出す。



「ホワイトクリスマス……ね」



 見慣れた雪も、特別な日に降れば。それは空からの贈り物。


 『クリスマス』は『サンタ』と呼ばれる人が、皆に贈り物を届けてくれると聞いている。


 まさか。と、その話を聞いた時は信じていなかったけれど、今は信じている。だって。



 吐息で窓が白くなった。

 急激に気温が下がっているのだと分かり、あたしはマフラーを口元まで引き上げる。



「……風邪、引かないでよ」



 本人には聞こえないけれど。

 今日ならきっと――……



 クリスマスの夜は更けてゆく。

 普段より早く屋敷についたあたしは、彼の言う通り早くからベッドにもぐりこむ。


 心の中で、お願い事を繰り返しながら。






【4.『もしも』と『今』のクリスマス <嘘の魔法と不良騎士編> おしまい】




このお話を持ちまして、「そうだ!! みんなのクリスマスを書こう!」企画は終了です!(詳細(?)は12/18 活動報告にて)


最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!(*^_^*)


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