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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.剣闘士たちの祭典
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祭りの花

 人々が集い笑いさざめくシュームザオンの夏祭り。

 その一画に、市民が人だかりを作り歓声を上げる場所があった。


「――シッ!」

 『三本足』のセネバネが、瞬時の足捌きで振り下ろされた剣を掻い潜り、横合いからの突き上げを放つ。


「させるかい!」

 上段から打ち下ろしざまに剣から片手を離した『子連れ』のウィストニーは、そのまま上体を逸らして突きの軌道から逃れつつも残った右手だけで一撃を返す。


 が、がん、と。坂道を転がる樽が門扉に激突したかのような音を立てて両者の木剣が噛み合わさった。


「いけいけ、セネバネ! 勝ったら一杯奢るぜ!」

「ウィストニー、あんな若造たたんじまえ!」


 おおむね半径5メートルほどの円形に引かれた線の中。

 二人の剣闘士が木剣を手に打ち合い、そのすぐ外側を人々が取り囲んで彼らの立ち回りに興奮の叫びを上げていた。


「こんな狭い場所じゃあ、得意の足も活かせねえよな、『三本足』よ?」

「……そっちこそ、動きが硬いな『子連れ』。昨日押し潰された腰が痛いのか?」

「いやいや、ゆうべ愛する嫁に揉んでもらってもう全快さ! 無傷で独り者のおまえはそうもいかんか、残念だったな!」

「うざい」


 得物は真剣ではなくとも、両者の戦意は十二分。互いに煽り立てる言葉よりも強く、鍔迫り合いの手に力が篭る。


 実は剣闘では、鍔迫り合いという場面はあまり起こらない。傍目には地味で観衆受けがあまり良くないということもあるし、剣が傷む、あるいは折れやすいという実際的な事情もある。

 しかしそれ以上に、真剣での鍔迫り合いは危険なのである。競り合いに負ければ即座に斬りつけられ、押し引きの中で腕や肩、顔面などが抉れることも多い。呼吸がずれれば最悪双方の身体に突き刺さる相討ちもあり得る。


 これが戦場や決闘などであればそのような暗黙の了解などは吹き飛ぶものだが、彼らはあくまでも剣闘士。近間での鬩ぎ合いも魅せ場とばかりに、派手に斬り結ぶのが王道だ。


 しかし今彼らの手にあるのは木剣。真剣ほどに繊細ではなく、観衆の距離も闘技場よりもずっと近い。


「……そう、怒んなよっ! おじさんがいい娘紹介してやっから、どんな感じが好みだ!」

「――年下で気遣いが出来て一月くらい放っておいても文句を言わないで待っていられる娘。あと髪と眼の色は黒。足は長い方がいい」

「そんなんいるわけねえだろ現実見ろよ」

「殺す」


 滅多に行わないとは言ってもそこは両者熟達の剣士である。時に強引に時に老獪に、打ち付け引き込む駆け引きでもって鍔迫り合いを繰り広げる。

 一方が軽い憎悪の混じった剣で突き放し、また一方は引きつつも冷静に剣身を交差させて押しとどめる。


「いいぞセネバネ!」

「ウィストニー、勝てるぞ!」


 普段の剣闘よりも間近で見る戦いに観衆も盛り上がる。闘技場ではとても見て取ることのできない息遣いや筋肉の隆起、躍動する剣先の動きは目の肥えた『剣闘都市』の住人にとっても新鮮だ。

 中には剣闘士志望と思しき食い入るような視線の少年たちや、戦う男の肢体をうっとりと見つめる女性も多い。……セネバネの発言が聞こえた者たちの熱は若干冷めたようだったが。



「――なんで、こんな街中で剣闘士が戦ってるんだ?」

「しかもどっちも『二つ名』持ち?」


 カタナとリウは、やや唖然としてそのセネバネとウィストニーの剣闘のような戦いを眺めていた。


「え、都市の祭りってこういうものなのか?」

「イヤ、ボクに聞かれても……」

 武器こそ真剣ではないが、木剣を撃ち合う彼らには遠慮もなければ遊び心もない。一線級の剣闘士としての実力を存分に発揮した剣戟を繰り広げている。


 セネバネが狭い戦域をものともせずに駆け抜ければ、ウィストニーが狙い澄ませた一閃で打ち返す。

こんな場所でなければカタナたちも一心に見入ったであろう丁々発止の戦いだ。


 周囲の盛り上がりに置いて行かれて、のめり込むこともできず、かといってその場を離れることもできず、微妙な顔で並んでいる二人。


「これは、シュームザオンのお祭りでは恒例なんですよ」

「せっかくのお祭り騒ぎなんだ。剣闘士だってちょっとはハメを外して盛り上がりたいもんだろ?」

 と、その背後から不意に声がかけられた。


「え」

「ン?」

 その声に振り向くカタナとリウ。そこにいたのは、カタナには面識のない二人の人物。

 年齢はカタナたちよりも一つ二つ上か。少年と呼ぶには年嵩で、青年というには幼さの欠片が感じられる若者二人だった。


「やあ、どうも。そちらも同じ商会で祭り見物ですか?」

 一人は如才ない挨拶を軽く告げた。

 上等な服を着込んだ、羽振りのいい商家の後継ぎのような穏やかな顔つきで、くっきりと大きい瞳が眼を引く。


「確かどっちも田舎の出だったかよ、都会の祭りは珍しいか?」

 一人は軽い揶揄を放り出すように言う。

 路地裏のやんちゃ小僧のような挑戦的な目つきで、逆立てた髪も相まって周囲よりも一際背が高い。


(誰だ?)

 口の中だけで呟くカタナに、意を汲んだリウはさりげなく口を寄せて囁く。

「名前は知らないけど、コーザのいる商会の剣闘士だと思うヨ。何回か闘技場で一緒に居たのを見かけたから覚えてる」


 そのやり取りが聞こえた訳ではないだろうが、一人が姿勢を正して向き直る。

「直接お話しするのは初めてですね。私はナムザと申します。こちらは同輩のキズマ。どちらもサザード商会に所属する剣闘士です」


「あー、そうか悪いね挨拶が遅れて。おれたちは――」

「名乗りはいいぜ、カタナさんにリウさんよ」


 カタナの言葉を遮り、キズマと呼ばれた方の男が一歩前に出た。歩幅は小さいが、その分静かで、にじるような気配が僅かに漂う。

「あんたらのことは知ってるし、別に馴れ合いたくて話しかけた訳じゃないからな」


「へえ?」

「キズマ。だからといって喧嘩をしたいわけでもないでしょう?」

 相手の戦意を匂わせる振る舞いを面白がるリウを宥めるように、ナムザが笑顔を深める。


「それで、あの剣闘についてでしたね。シュームザオンの祭りでは、現役剣闘士の野良試合が黙認されるのが通例になっているんです。剣闘士がそれぞれ誘い合わせたり、場所を確保して飛び入り参加を募ったりして戦うわけです。特に、この夏祭りでは盛んに行われる……剣闘都市ならではの祭りの花ですね」

 ああして真剣は無しで、一応はお金のやり取りも禁止というのが暗黙の了解ですが、と目の前の実例を示して息を継ぐ。


「……詳しいね」

「私たちは生まれも育ちもこの都市ですからね。大したことではありませんよ」

 要するに、普段商会の管理の元でしか剣闘が行えない剣闘士たちが、しがらみなく気楽に剣を交わせる場として祭りが活用されているということだろうか。

 新人のカタナにはまだ実感はないが、長く剣闘士をやっているとこのような羽を伸ばせる機会も必要になるのだろう。


「じャ、さ。キミらはもしかして、ボクらにもそのお誘いをかけたいってことかな?」

 リウはというと、不敵な笑みを浮かべて長衣の裾の中に両手を隠す。臨戦態勢――そのやや手前といった様相だ。実際暗器を使う気はないだろうが、キズマの態度への意趣返しに近い稚気の表れか。


 しかし。

「残念ながら、そうもいかねえのさ」

 意外と言うべきか、キズマは好戦的な表情を改めてへらりと片手を横に振る。

 その体躯からの目算以上に長い腕を認めて、カタナは目を細める。元々の長身に加えてこの長腕。闘技場で向かい合えば相当に厄介そうな手合いだ。


「『双剣祭』に出ることが決まってる剣闘士は夏祭りの野良試合には出ない――これも暗黙の了解ってのの一つさ。本番前にいらん怪我しても馬鹿馬鹿しいし、相手にしたって怪我させて後々文句付けられるのも面倒だからな」

「予選で敗退した剣闘士が鬱憤晴らしにやっている側面もありますからね。不慮の事態を防ぐためにも、勝った側は本戦まで身を慎むようにと組合も内々に言っています」


「なるほど」

「まあ、碌でもないことは多そうだもんね」

 たとえば予選で対戦し勝った側と負けた側が戦うことになった場合など、どうしても無心で済ませるのは難しかろう。そこに利害が絡むことなどがあれば、遅かれ早かれ目も当てられない事態が起こるのは目に見えている。


 そうして得心した彼らに、キズマは再び挑戦的な笑みを浮かべた。

「そういうわけで。戦り合いたいんなら、『明後日』まで大人しくしてるんだな」


「――それは」

「へーえ……」

 カタナとリウも、ここにきてようやく彼らの意図を了解した。

 これは要するに事前の挨拶――宣戦布告だ。


「今回の『双剣祭』、予選を勝ち上がった新人は七名です。まずは貴方達カタナとリウ、そしてコーザ。あとはパスカー商会から先月参戦したばかりのワインとヒュー。最後にそこのキズマと――」

「ナムザで七人。新人がこんなに出張るのは闘技王アダムの世代以来だな」


「なんだ、結局そのつもりだったんだ」

 リウは変わらず笑みを浮かべたまま、しかし袖から手を出す。

 この場では戦わない――。その意を受けて居住まいを正したのは、彼女なりにキズマとナムザの実力と気骨を敬する気持ちの表れか。


「組み合わせがどうなるかはまだわかりませんが、私たちは是非とも貴方たちと手合せ願いたいと思っていますよ」

「そっちが組んでるコーザにせよ『車輪剣』にせよ、相手にとって不足はないからな」


 両者の気迫を受けて、カタナもはっきりと笑んだ。セイたちへの借りを返すのが『双剣祭』の目的なのはもちろんだが。


「本戦の楽しみが増えたな」

 こういうノリは、カタナも大好物だった。



「あ、お兄ちゃん。カタナさんたちいたよ!」

「わざわざ教えんでいい」


 雑踏の中を無造作に歩いている最中に、いきなり背の低い妹――ルミルに引っ張られるまま方向を変えたコーザは、雑踏の向こうに見慣れた顔を幾つも見つけてげんなりと咥えていた鶏の足骨を噛み割った。

 割れた骨から微妙に髄の味が染み出すが、別に旨くはない。肉自体あまり質は良くなかったし、祭りの野趣で補ったとしても外れの店だったと気まぐれの買い物を後悔する。

 吐き捨てようとして思いとどまり、手巾に包んでしまう。妹のご機嫌を取る場でわざわざ説教される種を撒くほどコーザは酔狂ではない。


 普段商会の宿舎に泊まり込んで実家にはろくに寄り付かない気楽な一人暮らしのコーザであるが、だからこそというか、こういう機会に妹の祭り見物に付き合うなどして帳尻を合わせる必要が出て来る。あまり放っておいて商会の方に土産持って顔を出されるようなのも御免被ることだし。


 尚この男、つい先刻医者の制止を押し切って『双剣祭』本戦出場の許可をもぎ取って来たばかりである。それでもう妹と連れ立って歩き回るのだから、呆れた強靭さと言うべきか見上げた家族愛と称賛すべきか。


「カタナさーん、リウさーん!」

「おい……」

 骨を始末している間にもルミルはどんどん先に進んで目当ての人物たちに声を掛ける。コーザとしてはわざわざ祭りの中でまで見知った連中と顔を突き合せたくはないのだが。しかも妹連れで。


「おや、こんにちはコーザ。そちらは……?」

 礼儀正しく穏やかな向けるのはコーザと同じサザード商会の剣闘士であるナムザ。品行方正な性格や立ち居振る舞いとは裏腹に、訓練などで立ち会った時の面倒臭さは商会でも屈指の曲者である。


「なんだ、随分ちっこい彼女じゃねえか! 浮いた話がねえと思ったら、そっちの趣味か――ぅおっと危ねえ!」

 返事をする前に、明らかにふざけているキズマに問答無用で拳をぶち込む。が、コーザの拳打はしれっとした顔でいなされ、その捌きでコーザに火が点りかける。


「冥土の土産に教えてやる。妹だ」

「わかったわかった! おれが悪かったからホンバン並の気迫で構えんのやめてくれ」


 ナムザとキズマ。コーザと同じく、今年のサザード商会の登用試験を勝ち上がり剣闘士となった新人剣闘士である。現在の戦績ではコーザが一歩抜けているが、彼らもまた新人離れした数の勝ち星を稼ぎ出している。『双剣祭』の予選を抜けたのもまぐれや運などではない。


「今ちょうどヒューバードの方々にご挨拶していたんですよ。闘技場では中々当たれませんから」

「ウチのとあっちの会長たちが組合の中では組んでるとかで、いつまでもお預けだろ? 今回は逃さねえさ」


 剣闘都市の出身者ということもあって、二人のこの都市の剣闘に対する思い入れは深い。余所から来て一気に名を上げている有力な新人には負けていられないという気持ちがここに来て絶好の機会を見つけて滾っている。

 自身の存在を打ち立てるために剣闘士となったコーザにはその辺りは良く分からない対抗心ではあったが。


「そうか」

 こちらはそれでも構いはしない。同じ商会のこの二人と実戦の剣闘で当たる機会はある意味カタナ以上に貴重だ。それが常以上の戦意で挑んで来るというなら願ってもなかった。



「やあルミル」

「こんにちはカタナさん、リウさんも! 今日はお祭り日和ですね」

「ああ、うん」


 カタナは駆けて来たルミルを認め、漲らせていた戦意を肚に沈める。意識してではなく、この少女と向き合うと勝手にカタナの血気は治まってきてしまうのだった。


 リウも、この邪気の欠片もない年下の女の子には苦手意識を植え付けられて久しい。

 先程までの好戦的な表情はどこへやら。借りてきた猫というか、半分眼を閉じて立ったまま瞑想するような風情だ。以前の隔意を押し込めた姿を思えばこれでも打ち解けた対応だ。


「カタナさんたちの商会もこの地区でしたよね。あたし、毎年西地区のお祭りは欠かさず来てるんです」

 何の武力も持たない幼い少女がただの無邪気さと人品だけでこの二人を大人しくさせるというのは、これで中々余人に代えがたい資質であるのだが、当の本人は自覚なくカタナの手を取った。


「へえ、何かあるのかな。おれたち今年が初めてだからどこに何があるか知らなくてさ」

「あのですね! 西地区にはシュームザオンのお花屋さんの会館がありまして、そこの前庭で花市をやってるんです! もしよろしかったらカタナさんたちもご一緒しませんか? 夏のお花は色が濃くて大きいのも多くて、見るだけでも楽しいですよ!」

 と、それこそ花の咲くような満面の笑みを浮かべるルミルにカタナは軽く首を捻る。


「花……?」

 何とも言えない表情だが、カタナにとって植物と言えば幼少期を過ごした北の樹海である。その思い出にあるのは鬱蒼と茂る木々や硬い蔓草。あとは懐かしくも忌々しいコトイなどの毒花ばかりだ。

 花を愛でるという行為は、理解はしてもあまり実感は湧かない。


「南の方からの珍しいお花もあるんです。淑女花とか、銀百合とか――」

「ごほっ」

 と、ルミルの花の説明――カタナには想像はつかない――を聞き流していたリウが突如むせた。


「リウ?」

「あー、イヤ。地元の花の名前がいきなり出て来たからびっくりした」

 気を取り直すように表情を改めたリウはルミルに向き直る。

「淑女花とか、結構育て難いのによくこの都市で咲かせたもんだね」


 ルミルの方はもとよりリウに悪印象などない。持ち前の闊達さで会話を繋げる。

「種をわざわざ取り寄せて、職人さんに特注して作ってもらった硝子張りの屋根のある花壇で育てたそうですよ! すごいですよね」

「ふーん……」

 ややそわそわと周囲を見回す南方出身の少女。圧倒的な耳を持つ彼女にしては珍しい挙動だ。


「どうするカタナ? 行く当てもないならついてって見る?」

「え、まあおれは構わないけど……」

 とはいえカタナも剣闘場の外でまで細かく気を回せる少年ではない。リウの様子に引っかかるところがあっても、それをはっきり組み立てて推論するまではいかず、流されるままに頷いた。


「よかった、じゃあご案内しますね!」

 ルミルは、年上の二人に対して張り切って胸を張り。

「お兄ちゃーん! カタナさんたちも行くって! はやく行こうよー!」


 まったく花の似合いそうにない兄に向かって、大きく手を振ったのだった。

ナムザとキズマは、2章1部の「嵐天に墜つ 前編」にも名無しで登場してます。

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