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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.剣闘士たちの祭典
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シュームザオンの夏祭り

「おーいカタナ! こっちこっち!」

 雑踏の中、跳ねるようにして手を上げてこちらを呼ぶリウの姿を認め、カタナは人波を縫うようにしてそちらへと向かう。


「悪い、待たせたか。それにしてもすごい人だな」

「ふふん。こういう時にはこの耳が役に立つよね――ウルサイのはイヤだけどさ」


 片眉をひそめながらも不敵に笑みを浮かべるという器用な表情のリウに軽く頷き、カタナは周囲を見回した。

「街ってこんな盛大な祭りするんだな、想像よりとんでもない騒ぎだ」

「村とかの祭りはもっとこじんまりしてるというか、一か所にまとまってするヨね。ボクの里も大体そんなだったよ」


 『双剣祭』予選の翌日。大立ち回りを乗り越えたカタナとリウは、街に繰り出して祭り見物へとやって来ていた。


 シュームザオンの夏祭りは夏至の酷暑明けの『双剣祭』予選をもって開幕する。

 そこから二日の間を開けて、『双剣祭』本戦の勝ち抜き戦。

 そして祭り最終日には、『双剣祭』決勝と、優勝組の凱旋式となる。


 七日間の祭り期間中、『双剣祭』の剣闘が行われるのは三日間だけだが、街区での祭りはそれぞれ持ち回りで毎日行われている。


 そして二日目の今日は、ヒューバード剣闘士商会のある西地区の担当であった。


「いつもとは別の街みたいだな」

 路上には様々な露店商や大道芸人が集い、他の街区からも市民が押し寄せている。

 シュームザオンの中では中央区や闘技場のある東区などよりも静かな印象があった街並みが、今は喧噪に包まれている。


 カタナの記憶にある祭りとは、故郷の村の収穫祭が精々だ。それはリウの言うように、それぞれの家がご馳走を集会所に持ち寄って、歌って踊って飲んで騒ぐ。ただそれだけのごくごく小規模なものだった。

 それはそれでこうした場にはない気安さや落ち着きもあるものなのだろうが、眼前の通りを埋め尽くさんばかりの人出には問答無用の熱気と活力が溢れていた。


「レレットはこんな日も組合の会合か」

「まあすぐに『双剣祭』の本戦だもの。段取りやら準備やら商会のお偉方はテンテコマイ。戦うだけのコッチは気楽でいいね」

 ついでに言えば、『剣闘都市』の剣闘士商会組合はそのままこの都市経済の中心勢力でもある。若輩のレレットといえどもこの一般の祭りにもなにがしかの役割は回ってきているとかで、今日は朝から日暮れまでずっと仕事が入っているという。


「で、カタナは検査大丈夫だった? まさか棄権したなんて言わないよね」

「当たり前だろ」

「じャ、ヨかった! ボクは結局無傷だったから、実際どんな基準かわかんなかったんだヨね」


 『双剣祭』予選を突破したカタナとリウ。彼らは今日、朝から中央闘技場に出向いて医師の検査と本戦の参加確認を済ませてきたところであった。


 予選、十組で争う大乱戦を勝ち抜いた剣闘士たちだが、その中には本戦での剣闘を行うことが望めない深手を負った者も決して少なくない。中には一人が戦死した後、単身戦い抜いた者もいる。

 カタナたちが聞いたところ、予選を勝ち抜いた時点で十分な賞金が得られることもあって、ここで無理に連戦せず棄権を選ぶ者たちは、毎年数組は出るものだという。


 逆に、この大舞台を逃すまいと自身の傷も省みず強行出場しようとするものはさらに多い。

 普段の剣闘の興業であれば、事の是非は本人と所属する剣闘士商会の判断(と組合の政治)に任されるものなのだが、半ば商会の枠から外れたこの『双剣祭』においては、選任された医師の診察に基づいた判断が必要となっている。


 余談だが、剣闘士保護の観点からこの医師による事前の出場判断を通常の剣闘にも制度として導入しようという声は組合からも上がっており、レレットなどもそれに賛同している。

 だが、諸々の費用や手続きの手間の問題、さらには当の剣闘士の多くからの「めんどくさいのは御免だ」という身も蓋も無い刹那主義的意見によって未だ実現には至っていない。


「コーザは結構ギリギリだったみたいで、医者と揉めてたけどな」

「あー、そりャ災難だったね……アレを止めなきャならないお医者さんが」


 予選終盤、『三本足』のセネバネと単身渡り合ったコーザの傷は、単純な数でもカタナよりも多かった。しかもカタナのような常人離れした『血』を持っているわけでもない彼にとって、一つ一つの傷の深刻さも異なるはずだった。


「でも、太い血管とか胴体の傷はほとんどなかったから、なんとか許可は下りたってさ」

「ははあ、『二つ名』持ちと戦り合いながら深手は避けてたのか。意外に守りも上手いんだね」

 カタナの内心を知ってか知らずか、リウがそんな風に言って指を鳴らす。


(遠目に見た、コーザのあの戦い方――)

 ふと、カタナは想起する。

 揺るがず、セネバネの幻惑の剣を最後まで堪えきり壁際まで誘導したあの剣技は、今までのコーザの戦いには無かったものだった。


 セネバネとの剣戟を通して、コーザは明らかに「一皮剥けた」。

 これから『双剣祭』本戦に挑む上で、それは好材料となることは間違いなかったが、同時にカタナの内心にはわだかまるものがあった。


 ――先に行かれた。

 言葉にすればそれだけの、周囲から見ればいかにも若い競争心の表れだ。


 だが、カタナ本人にとっては「それだけ」で済ますわけにはいかない。

 これから『闘技王』を目指して、剣闘士としての高みを目指して行こうという時に、先にいるものに追いつくどころか、追い抜かれていては話にならない。


『君もいずれ――色無しの剣士に』

 かつてアダムにかけられた言葉。セネバネという『二つ名』持ちと戦ったことで、その壁の厚さはかつて以上に実感できる。


 「それ」を打ち壊し切り開き――。

 「先」へと進んだ時初めて、カタナはアダムの予言を真の意味で否定し、再び『闘技王』に挑むことが出来る。


(『武器』が要る)

 セネバネの脚、カガマの槍のような。

 あるいはリウの暗器、コーザの二つの剣技のような。


 そしてアダムの拳や『獣』の暴威のようではない、剣士としてのカタナの『武器』が。


「こーら、カタナ!」

 と、その沈思を断ち切るように、リウの殊更明るい声がカタナの鼓膜を揺さぶった。

「またあれこれ考えてたな! この剣闘バカ!」

 びしびし、と暗器手袋越しの指が額を小突き、カタナは大して痛くもないリウの稚気を軽く振り払う。


「なんだよ、いいだろおれが悩んだって」

「イヤ、駄目に決まってるじャん」

「え」


 ちょっとした言葉を真顔で返され、カタナの方が面食らう。

 そんな少年に、男装の少女は呆れた顔で溜息をつく。


「あのね、祭りに出かけてる状況で勝手に悩みこむとか、普通にシツレイだからね?」

「え、ええ……?」

 まるで常識を知らない子供に教え諭すような口調で言われ、カタナは困惑する。

 リウに「礼儀」や「普通」を語られるという夢にも思わない状況も相まって、中々言葉が出て来ない。


「いい? お祭りっていうのは、要は『ハレ』の日。日常の『ケ』の日とは違うのさ」

 黙っているカタナに対し、教師か姉のような態度で言い聞かせるリウ。


「普段の生活の中で溜まった悩みとか鬱屈とか、あるいは単純な身体の汚れとか、そういうものをきれいさっぱり清めて、共同体の在り方や個々の生活を新しく定める。っていうのがそもそもの祭事の成り立ち」

 その場で陰に篭った態度を持ち込むのは本義に反する――と、リウはいつになく理知的に続けた。


「だから今のカタナみたいに、昨日までのことを引き摺ってちャあ駄目なのさ」

 わかった?

 と、琥珀色の眼で確認するリウに、ちょっと気圧され気味にカタナは頷く。

「ま、まあ、何となくは――というかどうしたリウ?」

「どうしたって……何が? 今ボク変なこと言った?」

 そこでようやくカタナの戸惑いが伝わったのか、きょとんとした表情を見せるリウ。


「いや、変かはわからないけど、リウがそんな風に、お祭りの成り立ちとか心構えとかをしっかり話すとは想像してなかったからな――ちょっとびっくりした」

「え」

「何ていうか、おれはお祭りって宴会のでっかくしたものくらいに思ってたから、そういう意味とかあるとはぜんぜん知らなかったし」

「え、え」


 そこまで言って、自分の言葉で気持ちの整理がついたカタナは軽く笑みを浮かべて目線を上げて。

「だから、リウって意外にしっかりした育ちだったんだなって――」


「――うぁ」

 初めて見る、赤面して明らかに照れている少女の顔に気付いた。


「り、リウ?」

「ち、違――。ボク別にそんな感じじャ――」


 常にない動揺を見せて両手で顔を覆う少女。


「ボ、ボクの里って元々神官の流れを汲んでるとかでそんな知識が割と残ってただけだからこっちの祭りがそこまではっきりした宗教色無いのは察してたしだから別にいちいちわざわざ言われるほどのアレはないからカタナは今聞いたこと忘れて気にしないでいいから!」

「今までにない早口!」

 しかも息継ぎなし。


「違うんだよう、ボクほんとはそんな浮世離れしてないし、世間知らずじゃないんだよう」

「落ち着けリウ、動揺しすぎて発音が逆にまともになってるぞ」


 どうも、諜報員として周囲に違和感なくとけ込むことが習い性だった彼女にとって、狙ってではなく素で周囲と盛大にずれた態度を取ってしまったことはよほどのしくじりだったらしい。

 あるいは当然だと思っていた地元の風習が相当古めかしい物だったのに今気付いてしまってどう反応したものか分からなかったのか。


「あぁあーうぁー……」

「分かった、リウ。おれが悪かった。ほら、今日はハレの日なんだろ、言ったお前が落ち込むな」

「……追撃だよそれぇー」


 とまあ、中々に貴重なやりとりをグダグダと行うことしばし。



「せっかくのお祭りで考え込んでちャ駄目だヨ、カタナ!」

「あ、そこからやり直すのか」

 赤面の残滓を残したまま、リウは断固として無視。


「お祭りなんてね、ぱーっと騒いで日頃の憂さを晴らさなきャ! だから行くヨ!」

「あー、まあそうだな」

 先程の真面目な話にせよ、この勢い任せの言葉にせよ、カタナが悩みこむことの不毛さを語っているという点では同じだ。

 自身も本戦を控えているのにこうしてカタナの世話に気を回すあたりは、何だかんだでリウの面倒見の良さだろう。この流れでそれを言ったら怒られそうなので本人には言わないが。


 ここで喧噪に背を向けて素振りを始めたところで、きっとこの懊悩が晴れるものではない。ならば一度、頭をからっぽにしてこの少女と笑って過ごした方がきっといい。


「こんなお祭り、初めてだからな。案内してくれよ、リウ」

「んー。実は、ボクも祭りで遊ぶのは初めてだヨ。祭りの最中は仕事のしどころだったからさ」

 ようやくいつもの調子を取り戻して悪戯っぽい笑みを見せる彼女に、カタナもまた普段の気負いのない笑みを見せる。


「じゃ、なにか面白そうなところを探して適当に歩くか」

「あー、巡業剣闘士の大道芸とか?」

「それは絶対に面白くない」


 『双剣祭』本戦二日前。未だ日は高く、若き剣闘士たちはそのまま雑踏の中に紛れていった。

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