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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.剣闘士たちの祭典
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異邦の剣闘士セイ

「ふっ!」

 巡業剣闘士商会の女剣闘士、サーシャは軽く息を吐き、手にした得物を振り回す。


「げあっ!」

 一撃で手首を砕き、そのままの勢いで兜の上から脳天をかち割る勢いで叩き潰して失神させる。


「相変わらず容赦がないな」

「あら、酷い言いよう」

 背後に追いついて来た同輩のハンザの声に、サーシャはとぼける様に口を尖らせる。

「私の武器は剣なんかよりもよっぽど穏当よ」


「穏当ねえ……」

 ハンザは思わず笑みをこぼす。彼女が持っている物を見てそんな感想を持つものが一体どれだけいるか。


 サーシャの武器は棍棒。それも、山賊の頭領が担いでいそうな武骨で大振りのそれだ。

 はっきり言って女性の細腕には似つかわしくないことこの上ない。


「棍棒はいいわよ。鉄より軽いし、殴る場所さえ間違わなければ、死なないし血も出ないし。しかも――」

「うおぉ――!」


 同時。横合いから突っ込んで来た剣闘士の長剣に向かって、棍棒を振り抜く。

 鋼鉄の剣と木製の棍棒が正面からぶつかり合い、刃が食い込み――。


「戦闘で欠けても割れても、殴り倒すのには困らないんだもの」


 へし折れた剣が刺さったままに、その持ち主を叩き潰して見せたサーシャが、たおやかに笑んでそう言った。


「やれやれ――」

 もはや軽口も叩けずに、ハンザは背後から襲いかかって来た敵を斬り倒すしかできなかった。


●


 双剣祭の予選は、観衆の盛り上がりと共につつがなく進行する。「剣闘都市でもっとも危険な戦い」の名に違わず、この一日で二十名以上の死者がこの予選によって生まれている。

 背後から斬られたもの、倒れたところを何人もの足で踏み殺されたもの。名も無き剣闘士ばかりではなく、二つ名持ちの剣闘士も二名、そんな死亡者の中に含まれていることからも、その苛酷さは推して知れよう。


 しかし、そうしたことに構うこともなく――あるいはだからこそか、観衆は熱狂し、剣闘士もまた戦いにのめり込んでいくように刃を振るっていく。


「『狂い斧』と『落涙』が勝ち抜きだ! あのイカレ兄妹、手が付けられん!」

「二つ名持ちはやっぱり強いな、『炎』のギジオンと『吼え猛る』モーガンは当然として、『大盾』と『旗使い』の二人も圧勝だったってよ」


「なあ、このワインとヒューってのは聞いたことないぞ、新人か?」

「おい『車輪剣』と暗器使いの戦いっぷりを見たか? あれなら二つ名持ちだって喰われるぞ」


「セネバネが負けるなんてウソだろ? 相方が二つ名持ちだったら勝てたのに!」

「エインだって後輩と組んで勝ってんだ。言い訳になるかよ」


 300組を超える剣闘士たちが一日の内に溶けるように消えてゆき、生き残った者たちが本戦出場の枠を埋めていく。

 そして、息の長い夏の太陽も、ようよう暮れかかるかという頃合いに。


「さあ、予選最後の戦いが始まるぞー! これで本戦出場者が確定だ!」


 多くの剣闘士の血と汗を吸った戦いの舞台にも、幕が下りようとしていた。


●


「いいね、ノッて来た!」

 『双剣祭』予選最終戦。

 脳天をかち割る勢いで落ちてきた一撃を笑顔で躱し、返す一撃で相手の顎を撃ち抜いたセイ=シャインナッハは、両足を広げ深く構えて吼える。


「ニス・キス! そろそろいいだろ?」

 右手に構えるのは鍔のない直剣。刀身には飾り気はなく、柄に巻かれた麻布が柄頭から垂らされている。


「堪え性の無いヤツめ。だが、まあそろそろか」

 応えて背中合わせに立ったニス・キスは両手に構えた武器をそれぞれ一振り。迫っていた敵を打ち倒してから周囲を見回す。

 闘いも終盤戦。残っているのは自分たちを含めて三組ほどか。

「相手の腕のほどは大体わかった。数も減ってきたことだし、終わらせに行ってもいいだろう」


 右手には短槍。長さは通常のものよりも足りない反面、片手での取回しに優れた得物である。

 左手には短剣。逆手に構えた刃は、隻眼の彼の側面を守ると同時に槍を掻い潜った敵を刈る備えでもある。

 異なる二種の武器を自在に操る、西方都市群で恐れられし『独眼狼』。その爪と牙は、すでに幾人もの剣闘士の血に濡れていた。


「さすが、ニス・キスは叔父さんと違って話が分かるな!」

「ハンザの方がお前を分かっているから手綱を締めているんだがな」

「いいじゃんいいじゃん、せっかくのお祭り、ちょっとくらい羽目を外してもさ」

 お目付け役の許可を得つつも、苦言を聞き流したセイの眼が荒々しくも無邪気に光り、その全身が躍動に備えて力感に満ちる。


「じゃ、演目を――」

「ああ、始めるとしよう」


 宣言と同時。二人の戦奏者は、その場に残る最も強い剣闘士に向かって駆け出した。


●


 二つ名持ちの剣闘士――『月光』のティエは、迫る二人の敵手を認め、僅かに目を伏せた。

「見ない顔――他所の剣闘士ね」

 白一色の戦闘衣をはためかせ、薄刃の三日月剣(シャムシール)を構えた彼女は、剣闘都市でも珍しい女性の二つ名持ちだ。

 この時代、剣闘士を志す女性は少ないし、男と渡り合って頭角を現すことのできる人材はなおさら貴重である。それゆえに、『車輪剣』のロロナのような悪名でもない限り、名の知れた女性剣闘士には実力以上の声望が集まることはままある。

 

 しかし、こと彼女に関しては男性の剣闘士よりも実力で劣っているとは誰も言わない。


 単純に――彼女がそう言わせないだけの実績と強さを誇っているからだ。


 女性剣闘士の筆頭格にしてシュームザオン上位の二つ名持ち。その称号は伊達ではない。

「ハハヤ、後ろは任せる」

「はい!」

 応じる相棒、彼もまた二つ名持ち。『羽根付き』の名で知られる剣闘士だ。格は同じ商会の先達であるティエに劣るものの、その身軽な槍さばきは若手屈指とされている。


 後顧の憂いをなくしたティエは、迫る二人の剣闘士に自らも足を踏み出して迎え撃つ。


●


「まずは、前衛から」

 声よりも早く。

 抜く手も見せない斬り上げがセイを襲い、急停止してやり過ごすも瞬時に巻き込まれた次撃が首を刈る。


「――!」

 咄嗟に直剣を差し込んで止めるも、噛み合う前に引き戻された刃が今度は足元に迫る。


「見え……たっ!」

 宙に跳びざま一発叩き込むが、その刃は見当違いの方向へ――否、読まれた。


「まさか残像でも見えた? 『三本足』じゃあるまいし」

 肩に走る痛みと同時、平静を保ったままの声が降りかかる。慌てて距離を取って向き直るが、二つ名持ちがそんな悠長を許すはずもなく、更なる閃光が放たれる。


「これが――」

 ティエの『月光』。

 その二つ名の由来となる三日月剣から放たれる剣舞を前に、しかしセイは怖じることなく牙を剥く。


「すげえ――強いな、あんたは!」

「あなたもまあまあね。ハハヤでも、ここまで綺麗には躱せない」


 ちらりとティエの目線が動く。セイは敢えて追わなかったが、耳に届く音と気配から、ニス・キスが相手の『羽根付き』と激しく斬り結んでいるのが分かる。

 『独眼狼』と『羽根付き』、ともに二つ名持ちである、両者の戦いは即座に決することはないだろう。

 しかし。


「悪いけど、あんたの相棒――うちのニス・キスには勝てないよ」

「……だとしても、あなたを倒した後で私がやるわ」

 セイの挑発的な言葉。しかし当然、その程度で動揺するほど甘くはない。


 間髪入れず放たれる『月光』。軌道の見切れない斬撃を、セイは必死に払い、捌くが、二つ名持ちの剣速は単純な対処など許さない。見る見る押し込まれ、手足を削られる。


 つい先刻、カタナやコーザが『三本足』のセネバネに追い詰められたのと同様の展開だ。若手の俊英たる彼らであっても寄せ付けないのが二つ名持ちの上位陣。その壁を超えるには、単純な気合や小手先の技術だけでは届かない。


 セイの勝ち筋は、普通に考えればニス・キスが相手を打倒して助勢に来るまでの時間を耐え忍ぶしかない。ティエは当然、それをさせじと短期決戦を計るだろう。

 カタナたちが二人がかりの上で奇策をもってして、なおも薄氷の勝利を掴んだことを思えば、単独で向かい合う彼の苦境はある意味それを上回る。


 だが。

「残念、それも無理だ」

「――?」


 自身の劣勢など知りもしないと言いたげに――。牙を剥いた表情そのまま、セイが嗤う。


「あんたもここで、おれに負ける」

 予選で使うことになるとは思っていなかったが、出し惜しみしていても勝ちはないし、何よりこの相手なら楽しめる。


「何を……」

「さあ、ついて来てよ、おねーさん」

 セイの一族が古来より伝える戦闘術。ニス・キスの使用する「災狼」よりも、直系たるセイの技は深く、凶悪だ。下手な相手に使用することは、ハンザにも固く禁じられていた。

 だが、この極上の剣闘士相手なら、叔父も納得するだろう。ダメだと言われても聞く気はないが。


 獣奏戦舞(ウォー・アーツ)――。セイが宿す牙の名は。


「『渾沌(キマイラ)』!」


 獣を超える、化生の猛威である。


●


 瞬間、向かい合う気配が文字通り豹変したことを理解したティエは、無意識に下がりかけた足を踏みしめ、冷静に息を止めた。

 この圧力は、単なる若手の剣闘士の戦意ではない。二つ名持ち――否、それとも異質の危機感が『月光』の警戒を引き上げさせる。


「――はっ!」

 弾けるように突進してくる敵が腕を閃かせ。そして、飛来する刃。

「!」


 咄嗟に撃ち落とす。だが、手にした剣を投げる奇手に意表を突かれ次の動きが一瞬遅れ、同時に地に落とした剣が浮(・)き(・)上(・)が(・)る(・)。


「どんどん行くよ!」

 声を聞く間もなく、旋回する刃がティエを追う。

「紐――?」

 セイが持っているのは、剣ではなく、そこから伸びる麻布――正確には、布に紛れて編み込まれた鋼線だ。それを振り回し、剣を遠隔操作している。


「曲芸を!」

「いいや、戦技さ」

 斬り込むティエに応じてセイの手が閃く。直接持っていないとは思えないほどに「刃の立った」斬撃が、『月光』の刃を弾き逆に彼女の身体に牙を突き立てる。


「くっ!」

 構わず間合いを詰めるが、セイは冷静に飛び退き、追随する刃が足止めする。


(見切られている)

 彼我の距離が開いたため、セイの見切りの精度が上がっている。伸びた得物の分、先刻ならば斬り込めた空間から追い出された格好だ。

 『月光』の剣は手妻でも幻惑でもない、あくまでも技術と駆け引きによる技だ。近距離からの攻防でなければセイほどの使い手に完全な優位を保つことは難しい。


「けれど」

 それで詰むほど二つ名持ちは甘くない。

 頭上から落ちる遠隔斬撃を紙一重で掻い潜り、放つ一閃はしかしセイを追っていない。


(斬るのは――鋼線!)

 刃とセイを繋ぐか細い線を断ちさえすれば、それで終わりだ。無手のセイでは為す術などない。

 狙い澄ませた『月光』が、セイの操作に先んじて見事に布ごと鋼線を斬り裂く。

 その瞬間――。


「この技を初見で受けると、大体の奴はそうするんだよね」


 戦意と稚気を等分に混ぜた笑いと同時。距離を取っていたはずのセイの顔が眼前にあった。


「……!」

 その刹那。

 驚きよりも危機感が先にあり。そして、身体に灼きつく痛みが何より速く奔り抜けた。


「決めるよ」

「ぐ、ぅ!」

 二つ名持ちの女剣闘士を肩から斬りつけたのは、セイが持っていた鋼線の残骸――そのもう一方の端に結わいつけられていた短剣だった。


 理解して飛び退くよりもはるかに早く、とどめの一閃が負傷した手から三日月剣を弾き飛ばす。


 距離を取っての遠隔剣からの超至近距離での短剣術――。二つ名持ちのティエでさえ虚を突かれた一撃は、彼女から剣を振るう力を奪うには十分すぎた。


「キマイラ、って言ったじゃん? 毒蛇の頭だけじゃなく、山羊の角もあるわけさ」


 今回は見せなかったけど、獅子の牙もね。と、たった今刃を突き立てた相手に向かって悪戯小僧のような顔で言ってのける少年に、『月光』のティエは、愕然と膝を着く。


(怪物――)

 異形の怪物を模した異質な戦技。それを勝負所まで隠す胆力。それよりなにより、戦いを心から楽しむ狂気と、裏腹な無邪気な表情。

 闘いの技量よりも、この少年の常人とは全くかけ離れた人間性こそが、その名を冠する魔物(キマイラ)であると、ティエには思えてならなかった。


 『双剣祭』本戦。最後の席がここに決した。

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