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剣闘のカタナ  作者: 某霊
三章 1.二つの刃
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異邦の戦士たち

「ほら、どうどう!」

 オーブ=アニアは、軽く手綱に力を込めて駆ける馬に速度を緩めさせる。


 彼がいるここは、泉から傾斜を上がっていった小高い丘の頂上あたり。人の足では一刻はかかるであろう距離も、馬の足を持ってすればさほどのこともない。


「さあどうかな、良い眺めでしょう?」

「あら、わたしのこともまだ覚えていたのね」


 やや切り立った、崖に近い斜面の上からは、陽光を受けて輝く泉が一望できた。遠くには、彼が住むシュームザオンの街も認められる。

 足を止めた馬上でオーブの言葉にくすりとした笑みを含んで応えたのは、彼の背後、同じ鞍に乗っていた人物だった。

 まだ若い、オーブと同い年程度と見えるその女性は、切れ長の瞳に悪戯っぽい光をたたえてオーブを見ていた。

「あなたがあまりに見事に馬を操るものだから、すっかり忘れられたかと思っていたわ」

「いや、申し訳ない。久々に馬に乗ったものだから、つい夢中になってしまってね」


 大仰に気取った仕草で馬を下りたオーブは、蒼い瞳を明るく輝かせ、すっと手を差し出して見せる。

「お手をどうぞ、お嬢さん?」


「ありがとう、騎士さま」

 横座りに腰かけていた鞍からオーブの手を取って優雅に降り立った女性は、艶やかな亜麻色の髪を揺らしてくすくすと笑う。


 オーブが、キュアーと名乗るこの女性と出会ったのは、商会の面々と泉のほとりについて少し経った頃だ。

 水辺を一人で歩いている彼女にオーブの方から声を掛け、そのまま話が弾んで二人で馬に乗ってその辺りを一回りすることになったのだ。

 お互い連れが居る身だったので、昼までという約束であったが、その道行きはお互いにとって中々楽しいものであった。


 オーブの一々大げさな芝居がかった言動は、傍から見ているだけならともかく、一対一で付き合うのは疲れるものがある。慣れている商会の仲間たちならともかく、初対面では大体の者がついていけなくなってしまう。

 それがわかっていながら自分の個性を貫くオーブも大概だが、今回のこのキュアーという女性は器が大きいのか単に面白がっているのか、オーブのそうした態度をごく自然に受け入れていた。


「ふふ、やっぱり面白いわねあなた」

「はは、それは光栄ですね」

 オーブにとっても、そうしてノリを合わせてくれる相手に会うのはかなり珍しい。いつも以上に朗らかに笑みを返して、馬の首の辺りを軽く叩いて今日限りの愛馬を労った。


「でも、本当に見事な手綱さばき。名騎手なのね、あなた」

「いやあ、子供の頃から馬だけは得意でね」


 騎士の家に生まれたオーブが、家の者が誰も御すことのできなかった荒馬を見事に屈服させて乗りこなして見せたのが十一歳の時。

 早駆けをすれば現役騎士さえまったく寄せ付けず、近隣では負け知らずのオーブには、孫たちを一人前の騎士に育てようと厳しく鍛えた祖父でさえ、こと馬については何も言えなかったほどだった。


 剣闘士としての槍の腕は彼の研鑽が築いた努力の結晶だが、オーブの馬術は間違いなく天与の才であった。


「馬に乗せてもらうなんて、子供の頃以来。いつもは自分で乗ってばかりだったから」

「へえ、是非あなたが馬を乗りこなしているところも見てみたいな。きっと絵になる」


 彼女の身体が、常人のそれと比べてかなり鍛えてあることは、ずっと馬の後ろに乗せていたオーブには分かっている。キュアーの方でも隠しているつもりは最初からないだろう。


 恐らくは同業者――、そうと察していても特にオーブは触れる気のないことだった。


「ご冗談。あなたの腕を見た後に乗る気にはなれないわ」

 だが、そこまで言ってから、キュアーは太陽の位置を確かめるように空を見上げる。


「いけない、もうこんな時間。『仲間』との待ち合わせに間に合わないわね」

「あれ、もうそんな時間か。残念だな」


「あなたのせいよ。わたしに時間を忘れさせるなんて」

「それは失敬。お詫びの代わりと言ってはなんですが、待ち合わせの場所までお送りしましょう」

 名残りを惜しむように、ことさら芝居がかった言葉を交わす二人だが、オーブの言葉に彼女は首を振った。


「いいえ。ここからなら、馬を使うより速く着けるから結構よ」

「?」

 馬より速いという言葉に首を傾げるオーブに、一歩距離を取ったキュアーはこう告げる。


「代わりと言っては何だけど、一度お相手願いたいわね。今度はわたしの得意分野で」

 そしてそのまま、軽いステップで駆けだしたその身が、崖を蹴って宙に舞う。


「なっ!」


「わたしはフィターニア商会のサーシャ=キュアー。オーブ、次は闘技場で逢いましょう――!」

 その言葉の余韻を残して、その身体は崖を駆け下りていった。


 急斜面に突き出た岩や木の根を蹴って一気に下って――正確には落ちて――行く姿は、人というよりは山羊か何かのようで、見送るオーブの視界からあっという間に消えていってしまった。


「闘技場で逢いましょう、か……」

 残されたオーブは小さく繰り返すと、遠く霞むシュームザオンの街影をじっと眺めていた。


●


「不本意だ」

 カタナが、木製の剣を片手にそう呟いた。


「こっちの台詞だ」

 その横で、同じく模擬戦用の剣を持ったコーザが、呻るように言った。


「さあ、賞金銀貨10枚を賭けた飛び入り有りの模擬試合、なんと現役剣闘士の挑戦だ!」

 巡業商会の男が声を張って盛り上げる。大分増えて来た観衆も相まって場が温まって来たようだ。


「対するは我が商会自慢のこの二人、セイとニス・キス!」

 カタナとコーザの視線の先にいるのは、巡業商会の剣闘士が二人。


 つまり。


「二対二(・・・)の剣闘試合、さあ勝つのはどっちだ!」


 そういうことだった。


●


 そもそも最初に始まったのは、簡単なパフォーマンスだった。


 即席ながらもしっかりと整えられた舞台に、少年がとんぼを切って飛び乗ると、袖に控えた仲間から剣が投げ渡される。


「ほーれ、行くぞセイ!」

「おうさ!」


 応えて、セイと呼ばれた少年は宙にある剣を掴み取るが、それは一本だけでは終わらない。


「よっ、とう、はい!」


 二本、三本、四本と、次々に投げ込まれる剣を危なげなく受け止めて、そのままひょいひょいと宙に放り上げて回していく。


 直上から落ちて来る切っ先を柔らかく指先で摘むように受け止めると、そのままの勢いを保って右から左へ振り子のように。


「そらっ」

 ひゅん、と軽い風切り音を残して再び高々と舞い上がる鋼鉄の剣。

 それが息つく間もなく次々と繰り返されていく様は、少年の周りだけ物の重さがなくなっていくかのような錯覚を見るものに与える。


「ソードジャグリング?」

 感心して眺めているルミルの眼前で、それぞれがナイフとは比べ物にならない長さを持つ剣闘用の剣で軽々と曲芸をこなしていくセイは、いかにも朗らかな笑みを浮かべている。


「すごいね、リウくんみたい」

「いや」

 レレットが、素直な感想として身内の暗器使いを引き合いに出すが、カタナは軽くかぶりを振った。


「リウのは、暗器自体の細工とそれを扱うリウの器用さが肝なんだ。けど……」

 この少年にあるのは、鋼鉄製の剣が落下する剣の重心を捉え、勢いを落とさずに扱える力と技術。これはその双方が揃って初めてできることだ。


 だがカタナがそれをレレットに伝える前に、セイは一際高く打ち上げた四本の剣の内一振りを片手で掴み様、上段に一閃。


「どうだ!」

 稚気の籠った気合の声と同時、少年の頭上に降りかかっていた残り三本の刃が斬り払われて、セイの周囲に突き立った。


「おおー」

 いつの間にか集まっていた観衆が口々に歓声や拍手を送るのに混じって、ルミルもまた、思わず素朴な感嘆を漏らしたものだった。


 その後は、飾り立てた女性の剣士が剣舞を披露したり、巡業商会の剣闘士同士が真剣を打ち合う模擬戦など、観客を飽きさせない演目がしばらく続いた。

 それなりに見ごたえのある技の数々は、この商会の面々の実力の高さを裏付けるものだったが、正直、カタナはあまり集中できなかった。


「喧嘩売られてるな」

 ぼそりと、カタナは不穏な言葉を漏らす。

「舐められているな」

 コーザも、忌々しげに吐き捨てた。


 最初に出て来たセイという少年。カタナと同じか一つ二つ年上に見えるその少年から、こちらに向かって放たれる相変わらずに稚気交じりの視線が、カタナとコーザを神経に触っていた。


 どうだ、お前にこれができるか?

 さあ、こっちの腕は見せたぞ、今度はそっちの番だ。


 そんな風に、セイが舞台に出て技を披露する度に彼の意思が二人に向けられているのだ。気が立たないわけがない。


「か、カタナ。落ち着いて」

「お兄ちゃんも、何でそんなに怖い顔してるの、もう」

 彼らの様子を察したレレットとルミルがそれぞれ宥めるが。


「なあ、これって飛び入りもありだとか言ってたよな?」

「ああ、言っていたな」

 戦意が呼び起こされた剣闘馬鹿二人は、とっくに火が点いていたのだった。


 これは、挑発に乗せられたというよりも彼らの方から誘いに乗っかっていったという方が正確だろう。

 土台、戦いを誘われて尻尾を巻くような精神性はこの二人には無縁のものなのだから。


「さあ、お次はいよいよ挑戦者を募集しての剣闘試合だ。賞金はなんと銀貨10枚! 参加料はたった銀貨一枚、我こそはという猛者は名乗りを上げてくれ!」


 そして、いざそう声がかかると同時に、カタナとコーザが先を争うようにして立ち上がり前に進み出た。


「おれがやる」

「待て、こっちが先だ」

 即座に名乗り出た挑戦者に周囲の者たちがざわりとどよめく。

 その中で彼らを見知っていたらしい誰かが「剣闘士だ」と驚きの声を上げると、その声はいっそう騒がしくなった。


「本物の剣闘士だ」

「こりゃあ面白い」


 否応なしに盛り上がっていく場に取り残された少女二人は、片や慌てて、片や諦観を持ってそんな二人を見送っていた。

「って、お兄ちゃん。カタナさんまで!」

「ああ、これはもう、止まらないかな……」


●


「とにかく、先は俺に譲れ」

「お前こそ待ってりゃいいだろ」


 即席の剣闘舞台の手前で、カタナとコーザは額を付き合せるようにして互いに一歩も退かずに睨み合っていた。


 勇んで名乗り出たまでは良かったが、カタナとコーザはいざ挑戦という段になってどちらが先に戦うかという子供じみた理由で言い争いになっていたのである。


「先に返事をしたのはおれだろ」

「ふざけるな。大体お前はジークの時も先に戦っただろうが!」

「今さらいつの話をしてんだお前は!」


 本題の剣闘そっちのけで互いに間で戦いが起こりかねない様子に、巡業商会の者たちもどうしたものかと言いたげに困った顔をしている。


 そんなところに。

「それなら、二人まとめて上がって来なよ!」


 いつの間にか舞台上に姿を現していたセイ=シャインナッハが、そう声を投げかけて来た。


「二人まとめて……?」

「どういうつもりだ」

 カタナが怪訝な表情をあらわし、コーザも険しさを増した目線で同年代の少年を睨む。

 だが、豪胆にも剣闘士二人の眼力にわずかも怯まず、セイはにやりと笑みを見せて言葉を返す。


「ま、流石に二対一でやるのは無理だけどさ。こっちも二人で相手をすれば問題ないでしょ。なあ? ニス・キス!」


「そういうわけだな。こちらとしては一向に構わない」

 すたすたと、気負いの欠片もなく進み出て来たのは隻眼の剣士。右目を潰す大きな傷跡と、それに反して物静かな印象を持つ奇妙な男だった。


「と、言うことで。どうかなお二人さん? ここらで一つ『双剣祭』の前哨戦ってことで、二対二の剣闘試合としゃれ込むのは?」


 そして、そこまであからさまに挑まれてこの二人が黙っていられるはずもなく。


「足は引っ張るなよ」

「誰が!」

 互いに闘技場にて雌雄を決すると約している二人は、こうして何の因果か肩を並べて戦いに向かう羽目になったのであった。


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