「『闘王殺し』の一番弟子へ」
――アダムへ。
親愛なる、などと心にもないことを綴るつもりはないが、お主は息災であるだろうか。お主の師、カーン=ハイドである。
お主が剣闘士となり『闘技王』の座を得たことは風の便りに聞いていたが、正直に言えば意外ではあった。
あのアダムが、剣を持って戦い、そして『無刃』の業を衆目に晒すことを選ぶとは、とな。
我の元を去ってから十余年。お主にも同じだけの年月が流れていたのだと実感したものだ。
己が心身の衰えを自覚した昨今となっては、時折当時のことを懐かしくも忌々しく回想している。
思えば、あの別れの日にお主と殺し合えなかったことは、人生最大の悔恨となっているような気がする。今の我では、お主を殺してやることはできないだろう。
だから、お主も我に期待することはやめておけ。
『闘技王』となったお主の『無刃』は、おそらく人のなし得る強さの極点に至っている。
それを打ち破ることができるのは、同じく人域の限界に辿り着いた、未だ見ぬ何者かだけだろう。
在りし日の『闘王』サーザン。彼もまた、そうした存在であった。
生まれた時から常軌を逸した強さを持っていた彼は、その暴威を存分に振るいつつも、その反面周囲との深い断絶を感じていた。
彼の腕の一振りで、人は壊れた人形のように吹き飛び、鋼鉄の鎧は硝子細工のように砕け散った。
『怪物』サーザンにとって、この世界はあまりに脆すぎたのだ。
お主なら理解できるだろう。常に紙の服を着ているように一挙手一投足に神経を張り巡らしていなければ全てを壊してしまうという者の人生が、いかに息苦しく心を苛むものか。
その閉塞と虚しさから逃れるために、彼は剣を振るい、女を抱き、敵を斬った。
破壊と、獣欲と、称賛と。彼はそうした衝動を満たすことで己を誤魔化しながらも最強の剣闘士として君臨していた。
そんな彼の生を終わらせたのが我のような人間であったことは、皮肉と言えば皮肉であろう。彼にとっては、我も結局は硝子細工の一体でしかなかったのだろうから。
そしてアダム。お主はどこかサーザンに似ている。
お主にとっては、人間とは余りに非力な種族にしか感じられぬのだろう。
鋼鉄の剣を素手で砕き折ることもできない生物など弱すぎると、そう感じているのだろう。
だが、お主がサーザンと異なっているのは、お主はそんな己を何よりも厭うているということだ。
お主が厭い、憎んでさえいる『無刃』の業。それを破ることができる人間は、我ではない。
それは、お主が己の手で探すがいい。お主のために、お主を下してくれる福音の剣闘士を。
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さて、思いもかけず長い前置きとなった。手紙など数十年ぶりに書くものであるから、どうにも加減がつけにくい。お主が眼の前に入れば、剣を合わせるだけで事が済むので楽なのだがな。
ここからが本題となるが、お主に一つ依頼したいことがある。
――我の今の弟子、カタナ=イサギナ。
彼に、『闘技王』のなんたるかを教えてやって欲しい。
齢は十六。シュームザオンに着く頃には十七になっているだろうか。我が今逗留している北方の出で、緑がかった黒髪と桃色の眼をしている。
数年前に、ある事情から引き取って剣を教えている、お主にとっては弟弟子にあたる者だ。
詳細は伏せるが、お主と比肩するほど悲惨な境遇を生き抜いて来た子供だ。単純なくせに妙にひねくれて見えるところもお主に良く似ている。
カタナは、既に我の元にはいない。『闘技王』となることを目的に、シュームザオンへと旅立った。
北方は騎士と傭兵が武を鳴らす地であり、剣闘はさほど盛んではないからな。昨今はそれも衰退気味らしいが。
ここに至った詳細な経緯は伏せさせてもらう。文に残すには血なまぐさい上に、諸々厄介な事情も絡んでいるので察してくれるとありがたい。
ともかく、この文が届くのに前後してカタナはシュームザオンに訪れ剣闘士となるはずだ。恐らく夏前になるだろうか。
……お主と同様、身の内に厭う魔性を秘めた子供だ。殊にその凶暴さではお主の『無刃』の上を行くと我は見ている。
カタナと初めて会った時、我はあわや左腕を失いかけた。十かそこらの子供に、このカーン=ハイドが腕を食い千切られかけたのだ。
天与の才とはまた違う。カタナを取り巻く環境が後天的に造り上げた、地生の能と呼ぶべきものだろう。
カタナの才は、別にある。
お主と異なり、カタナには剣才がある。剣に愛される素養がある。
だが、否、だからこそと言うべきか。我ではカタナの才を開花させることはできない。
その理由はお主ならば良く分かっていることだろう。
故、お主に頼む。カタナに、『闘技王』を教えてやってくれ。闘技場の頂点に立つものの本質を、その身に刻み込んでくれ。
剣闘士。真にその名を名乗るために無くてはならぬものを、アダム=サーヴァの『無刃』で示して、カタナ=イサギナに伝えて欲しい。
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……さて、これにて伝えるべきことも書いたので、そろそろ筆を置こうと思う。
そう言えば、お主は覚えているだろうか、『真の戦士』の話を。
「真の戦士にとって、絶対に勝たなくてはいけない戦いは、生涯に一度しかない」
この言葉は、六十年以上前、我が師から受け継いだものだ。師はさらにその師から伝えられたそうだ。
そのようにして、この言葉は師から弟子へと絶えず伝えられてきたらしい。
なんでもその源流を辿ると、歴史上最初の剣士に行きつくのだ、などと。我が師は大真面目に語っていたものだ。
それを信じるも信じないも好きにすれば良いが、もしお主が弟子を取るようなことがあったら言葉もろとも伝えてやると良い。子供が好みそうな逸話でもあることだ。
……お主には、この言葉の真意はもう理解できているだろうか。
何、一度気付いてしまえば大したことではないだろう?
要は、その「一戦」とは何に拠って定めるかと言うことで――おっと、また筆が滑ったか。
再び見えることがあれば、その時は答え合わせと行こうではないか。もしお主の答えの方が良くできていたら、そちらを正統にしてしまえばよいだけの話。
だが、我は再会は願わん。ただ、お主の武運をのみ祈ろう。
さらばアダム。我が人生最初の弟子よ。最後の弟子をよろしく頼む。




