『異装十二剣』
ロロナ=アンゼナッハという少女は、二十年前、帝都に生まれた。
母は、帝都鍛冶職人組合の長の娘。父はシュームザオン屈指の剣匠、カンバ=テンゼンの長子だった。
彼女の両親は、いわば政略結婚のような事情で夫婦となった。
ロロナの祖父に当たる鍛冶職人組合の長には、子は女ばかりで後継ぎとなる男を婿に取る必要があった。
そこで候補に挙げられたのが、ヤサカ=テンゼン。若干十八歳にして、父のカンバから独立する許可を得た鍛冶の天才児だった。当時二十二歳。
帝都から遠いシュームザオンから、長の娘婿を取ることになったのは、帝都の鍛冶職人組合の勢力図も影響していた。
帝都で鍛冶職人の長を継ぐに相応しい技量を持つものと言えば、そのほとんどは有力な職人の弟子や子息だ。その中から後継ぎを選び、特定の職人に大きな勢力を与えることを嫌った長が、わざわざ他都市を巡ってヤサカを見出したのだった。
そうしてヤサカはシュームザオンを離れて帝都へと移り住み、その翌年すぐに結婚した。
馴れ初めは現実的な事情であったが夫婦仲は悪くなかったらしく、彼らは二人の子を儲けた。
男が一人に、女が一人。それが、ロロナ=アンゼナッハだ。
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当時は、西方諸都市との紛争が激しさを増していた時期であり、武器の需要は帝国全土で高かった。その為、ヤサカは鍛冶場で多数の職人を差配し、日々大量の武器を生み出していた。
軍隊に卸す武器は、品質は勿論画一性も重要だ。できるだけ同じ長さで同じ重さ、同じ切れ味で揃えることも求められる。ヤサカはそのことを弁えており、質を落とさず同じ武器を量産することに心を砕いた。
そして、その反動とでもいうべきか、ヤサカは空いた時間を使って奇抜な剣を造るようになった。
あるいは、若い頃のように思うがまま己の腕で武器を鍛えられない立場に対する鬱屈もあったのかもしれない。
ただ貫くことに特化した、鉄杭のような刃のない剣。
ただ引き裂くために、獣の爪のように刃を並べた剣。
そして、限界まで長く、重く、大きな――車輪の付いた剣。
製法や材質など、とにかく通常の剣とは逸脱したそれらの剣は、一見して実戦的とはとても思えないものばかりで、周囲のものには「組合長の道楽」などと呼ばれていた。そしてヤサカ自身、そんな評価に対して何を言うでもなかった。
そんな時、ある一人の若い剣闘士が、偶然目にした一本の剣を譲って欲しいとヤサカに頼み込んできた。
始めは難色を示していたヤサカだが、相手の熱意と優れた剣の腕に負けて、ほとんど譲るような安値でその剣を売った。
それは、螺旋状に刃を打ち出した一本の長剣。
「斬る」ことも「潰す」ことも「突く」ことも放棄して、ただ「抉り」、ただ「削る」ことを目的とした、剣とも呼べぬ異質な刃。
それが、後に『闘技王』となる男と、その愛剣となる『螺旋剣』の出会いとなった。
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『螺旋剣』が『闘技王』の剣として名を高めると、現金なもので「組合長の道楽」に対する評価は一変した。奇剣だ異装だと、鍛冶職人の間だけでなく帝都中にその存在が知られるようになったのだ。
ヤサカは、「自分にも『螺旋剣』を打って欲しい」と頼みに来るものはにべもなく追い返した。同じ剣ばかり造っているのに嫌気が差したから『螺旋剣』を始めとした数々を造ったのに、それを量産するなど冗談ではないと。
ならばと、他の奇剣を望むものもかなりの数に上ったが、それもほとんどが徒労に終わった。
ヤサカは見込みのないものに自分の武器を預ける気はさらさらなかったし、腕があっても彼の奇剣と相性が合うかは別問題だったからだ。
結局『螺旋剣』を始めとするいくつかの例外を除いて、それらの剣を手にするものは現れず、いつしかヤサカの造った、十二あると言われた奇剣は、『異装十二剣』という名で帝国全土に広まって行った。
そして、それら『異装十二剣』のほとんどが所在不明となったのは、今から約七年前のことだ。
前皇帝の崩御と同時に、皇宮で皇族同士の騒乱が勃発。その混乱は帝都に波及し、一部には火も放たれた。
世に言う、『獅子皇家の乱』である。
一年にも渡るこの内乱は多くの皇族貴族の血を流し、帝国の威信を大いに揺るがせ、各地の大貴族の中には独立の気配を見せるものまでいたという。
その中心となった帝都では、乱を生き延びた皇族の一人が帝都を征するまでの空位期間に家々は荒廃し、多くの民の命が失われた。
そしてその犠牲者の中には、ロロナの両親もいた。
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「敗色濃厚な勢力の一つが武器目当ての略奪に走ってな。ロロナの家だけでなく、多くの鍛冶職人の工房が襲われたそうだ。ヤサカの兄貴とその嫁さんも、その中で死んじまった」
アサギ=テンゼンは、手にした剣から眼を離さずカタナにそう語った。彼の隻眼には、静かな刃が映るばかりでその内心は覗えない。
ここはシュームザオン職人街の外れにあるテンゼン工房。
ロロナとの遭遇の翌日、カタナは一人この場所を訪れていた。剣闘で使用した姫斬丸の整備のためだ。
「その馬鹿な皇族はすぐに叩き潰されちまったから、兄貴の造った『異装十二剣』も混乱の中で消えたままだ」
ちらりと、奥を確かめるように眼を動かして、アサギはため息をついた。
「ただ、今ロロナの持っている『車輪剣』は略奪を免れた。あんまりでかくて重いもんだから運び出されなかったんだな」
まあ、一見して使える武器には見えねえよな、と苦い笑いが漏れる。
「ロロナはその後で、カンバの親父が引き取ったんだ。まだ十三かそこらで、嫌な記憶のある帝都には置いとかない方がいいだろうってな。孫には甘い親父だったからな」
カシワにも甘かったせいで、あのガキは甘ったれやがったがな、と軽口を一つ叩いて。
「だからまあ、あいつがこの姫斬丸を知ってるのはそう言うワケだ。ここはロロナにとっちゃもう一つの実家だからな……最近はロクに顔も出しやがらねえが」
アサギは、そこでやっとカタナを見た。
「さて、こいつは一回研ぎ直した方がいいな。カシワ! 研ぎ場の用意だ」
「おうよ!」
奥から、威勢のいい、まだ高い少年の声が返って来る。カタナには覚えのある者の声だ。
「カシワ、頑張ってるみたいですね」
「ああん? まだまだ修行がきついだのなんだのと泣き言漏らしてやがるよ。逃げ出し癖がなくなっただけだ」
へっ、と少し父親の顔を見せて憎まれ口をきくアサギ。その姿にはカタナも苦笑して引き下がった。
「……姫斬丸は、どうですか」
「刃毀れはしてねえから、すぐに済む、待ってりゃ帰りに持たせられるさ」
アサギはそう太鼓判を押すが、すぐにその自信に満ちた笑みを引っ込める。
「……人を斬ったか」
唐突なその言葉に、カタナは動じない。アサギほどの剣匠なら、刃を見れば分かるだろうと思っていた。
「――はい」
頷くカタナの額に、アサギは軽く拳を当てる。
「ふん、揺らぎなしか。中々いい根性だ。親父の剣を譲ったおれの見立てに間違いはなかったらしい」
だがな、とアサギの声に力が篭る。
「人を斬ることに潰されないことと、人を斬ることを何とも思わなくなるのは違う」
敏感と鈍感と狭間で、自己のバランスを取るのが戦士の精神だ。
それが過敏に傾けば狂戦士で、不感に至れば処刑人だ。
「ロロナは、ほとんどその域に片足突っ込んじまってるからな。情けないが、俺には手が出せん」
「あの人が?」
カタナは眼を瞬かせる。彼には、あの人物がそこまで危ういものには見えなかった。
「強い、っていうのはすぐにわかりましたけど」
「ああ。そりゃそうだろうな。『車輪剣』との相性もあって、あいつの実力は並の二つ名持ちより上位だろう……だが、殺し過ぎだ」
アサギは、忌々しげに首を振る。
「あいつは、奪われた『異装十二剣』を取り返すためだけに、剣闘の世界に飛び込んだんだ」
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ロロナは商会への帰路、前日『英霊碑』で出会った少年のことを思い出していた。
正確には、彼の腰にあった祖父の剣のことを。
祖父、カンバ=テンゼンは、戦火に家族を失ったロロナを引き取って保護してくれた人物だ。
騒乱を生き残った、歳の離れた兄は実家の工房を再建するべく帝都に残って、今もそこで暮らしている。
兄は、父の工房のために鍛冶を継いだ。そしてロロナは、父が鍛えた剣を取り戻すために戦うことを決めた。
シュームザオンに移ってから、すぐに父の残した『車輪剣』を使い熟せるように訓練を開始した。ロロナの背が大きく伸び始めたのはその頃からだ。
ロロナにとっては、剣とは物ではなく、家族そのものだった。父が心血を注いで造り上げた『異装十二剣』は、兄弟同然だ。
それが、ほとんどが無法に略奪され、今も血に濡れていると思えば、黙ってそのままにしてはおけなかった。
取り戻す。
『車輪剣』とともに、我らの兄弟をこの手に。
そう決意して、ロロナは数年間『車輪剣』の使い手として相応しい実力を手に入れた。
そして三年前、ロロナはアダム=サーヴァに会った。先代『闘技王』である『螺旋剣』の主を倒した男に。
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彼は、『闘技王』を定める戦いの後に手に入れた奇剣、『螺旋剣』をロロナに差し出してこう言った。
「剣闘士になるのならば、私が口を利こう。失われた『異装十二剣』の情報が欲しければ、『闘技王』の権限でそれを集めよう」
その代わりに、アダムはロロナに自らの片腕として働くことを求めた。
「私の目的は、剣闘を守ることだ。その存在だけではなく、剣闘の尊厳そのものを」
彼の言葉は、当時のロロナには良くわからないものだった。今も、完全に分かっているとは言い難い。
「私は、強敵が欲しい。ただ強さを求め、勝利を重ね、敗北を乗り越えて。その果てに『闘技王』を打ち倒すべくやって来る、最強の剣闘士と戦いたい」
そしてそれは、一点の瑕疵もない純粋な戦いでなければならない、そうアダムは静かに言った。
「だから、その日が来るまで、私は『闘技王』の名を以って、剣闘を汚すものを排除する。その為に、きみの『車輪剣』の力を預けて欲しい」
ロロナは、それを受け入れた。己の目的のために、障害があるのならばそれは取り除かなければならない。その考えは、ロロナにとって共感できるものだった。
処刑の『剣闘士』ロロナ=アンゼナッハは、こうして誕生したのだ。
「……これで、五本目」
ロロナは、小さく独り言を漏らした。ここ一年ほど追いかけている地下闘技場『人斬り剣獄』に、父の『異装十二剣』が確認されたのだ。
今までに取り戻した『異装十二剣』は元々所有していた『車輪剣』とアダムから渡された『螺旋剣』、そしてさらに二本を足して計四本。既に全体の三分の一を取り戻している。
しかし、所在の知れている『異装十二剣』は最早無く、今回の発見は久々の兄弟の消息だった。
「待ってて。すぐに、あなたを助け出す」
そのためなら、いくらこの身が血に濡れても構わない。ロロナは揺るがぬ決意で宙を見据えた。
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カタナは、職人街の外れをゆっくり歩いていた。
腰には研ぎ直して貰った姫斬丸。アサギの腕は確かで、その刃は冴え冴えとした光を取り戻していた。
「『異装十二剣』、そしてロロナ=アンゼナッハか……」
カタナは、昨日出会った少女とその剣を思い出す。成程、確かに他に類を見ない変わった剣ではあった。多くの血を吸っているのも間違いのないことなのだろう。
しかし。
「本当に人を斬ることを何とも思っていないなら、『英霊碑』に訪れるわけがない」
カタナには分かる。人を斬るということの重さは、そんな風に簡単に割り切れるものではない。
恥じるところがないから、目的のためだから。だからと言って、気に病まないわけがないのだ。
カタナは、ルミルと話してそのことがよく分かった。人の命というものは、一人支えようとすれば、知らず知らずに心を蝕んでいく。
かつてのジークのように、最期のカガマのように。
ロロナという名のあの少女に、共に命の重さを支えてくれる誰かはいるのだろうか。
ふと、そこまで考えたカタナの眼前に人影が差した。普段人通りの乏しいこの街外れ、珍しく思って顔を上げると。
「剣闘士、カタナ=イサギナだね」
そこに居たのは、カタナよりも年下、ルミルと同じくらいの年齢の少年だった。
しかし、その姿はルミルとはまるで反対だ。
垢の染みた古ぼけた着衣。日に焼けていない、痩せて血管の浮いた青白い肌。
そして手に持った。血に曇った曲剣。
「カガマの命の落とし前、付けさせてもらおうか!」
その声と同時、小さな身体が鋭く翻った。
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「――!」
カタナは、声も上げずに姫斬丸を掲げて打ち下ろされる曲剣を受け止めた。
「お、いい反応。そうこなくちゃ!」
ぺろりと舌を出した少年は、矢継ぎ早に剣を繰り出す。その全てが、カタナの急所を狙った殺人技だ。
「何者だ。カガマの縁者か?」
その剣を捌きつつ、カタナが少年に問う。少年の剣に篭るのは殺意と言うよりも遊ぶような稚気だ。剣呑さと隣り合わせのそれはリウの気配に近いが、目の前の少年は、彼女以上に血の匂いを隠していない。
「おいらはクク。カガマは、その内殺してやろうと思ってたんだけど、あんたに先を越されちゃったんだ!」
小さな身体を大きく振り回すように、ククと名乗った少年は曲剣を振るう。
「だからカタナ=イサギナ。あんたにはカガマの代わりに殺されて欲しいのさあ!」
「ふざけろ」
カタナは、言葉を交わす気もなくして姫斬丸の速度を跳ね上げる。ククは速さも力も齢にしては大したものだが、カタナには及ばない。
「その程度で、おれもカガマも殺せやしない」
「お、あんたおいらのこと舐めたな! 痛い目見るぜ、そういう態度!」
カタナの剣を飛び退いて躱したククは、一度距離を取ってカタナを軽く睨むと、悪戯を企む悪童の顔で笑った。
「じゃあ、見せてやるぜ、おいらの奥の手!」
そのまま、両手で握った得物を大きく振りかぶった瞬間。
「やめろ、クク。それまでにしときな」
カタナの背後から、青年の声が制止した。
「ザイン!」
「腕試しで調子に乗りすぎるんじゃないよ、お前は」
カタナがククから注意を逸らさないまま振り返ると、そこには、上等な服を着崩した瀟洒な青年の姿。
「やあ、お日様の下は久しぶりでね。こう天気がいいと気分がいい。きみもそうだろ、カタナ=イサギナ?」
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ザインは、初めて目にするカタナ=イサギナの姿に軽く頷く。
「なるほどね。若いのによく鍛えてる。カガマを討つだけのことはあるね」
体幹に足の運び、平地の人間とは、足元からしてものが違う。今のククとの攻防でも、実力のほどは見て取れた。文句なく合格だ。
「……あんたらは、何だ?」
カタナは、ザインに警戒しつつも問いかける。その表情に、ザインは僅かな揺らぎを見つける。
「ああ、安心してくれ。別に敵討ちってわけじゃあない。カガマとはちょっとした知り合いでね。仕事上の付き合いってやつさ」
「殺ったり殺られたりのね!」
ククが茶々を入れるが、ザインは無視。カタナもちらりと目線を動かしただけだ。
「カタナ=イサギナ。世に知られていないカガマの真実が知りたいのなら、今夜陽が暮れてから、北の廃棄区に来るといい。そこで全てお話ししよう」
ザインは、嫣然とした笑みでカタナを見た。
「そして良かったら、『異装十二剣』の主と、一手手合せでもして欲しいものだね」
「何だと?」
カタナの反応を確かめて、ザインは内心頷く。この少年が『剣獄』を受け入れるかどうかは分からない。だがどう転んでも、自分に損はないだろう。
「願わくば、長い付き合いになると良いのだけれどね」
心から、ザインはそうカタナに語った。




