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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.カタナ、初陣
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鉄の傭兵

「ルミルちゃん、だっけ。大丈夫?」

 危ういところで路地の陰に押し込められていた用品店の少女を発見したカタナは、男から解放され、酷く咳き込む彼女を片手で支えながら声をかける。


「けほ、ごほっ……! あ、あなたは、新人さん!」

「あ、まだ名前を教えてなかったかな。カタナだよ。カタナ=イサギナ」


 カタナの眼は、ルミルを脅迫していた男を油断なく見据えている。男は突然現れた闖入者を感情の薄い赤目で睨んでいたが、すぐに踵を返した。後姿に、濃緑の髪を革紐で縛ってまとめているのがわかった。そのまま路地の奥へと逃げて行く。


「オット残念。行き止まりー」

 しかし、男の逃げる先には僅かな笑みを浮かべるリウが立っていた。暗器である鎖分銅を敢えて晒し、強行突破を牽制している。


「話は少し聞こえたけど、そこの子のお兄さんと当たる剣闘士。またはその雇われの妨害工作ってトコかな? 一応、同業の恥ってことでお邪魔するヨ」


「ルミルちゃん、後ろのお姉さんのところまで退がってて。レレット、悪いけどこの子を頼む」

「え? あ、うん」

 男をリウと挟み込む形となったカタナは、足の速さの関係で遅れていたレレットが追いついて来たのを気配で感じて、男から目を逸らさないままルミルを後退させ、路地の中央に立ちはだかる。これで自分が抜かれなければ二人に手は出せない。


 その時。

「あ……! カタナ、この人、()()()()()だよ!」

 この場に到着したばかりで状況の掴めていないレレットが、驚きの声を上げて男を指した。


「なんだって?」

「ソレって、カタナの対戦相手のことでしョ?」

 カタナは思わず背後に顔を向けようとしたのを堪え、リウも男を視界に捉えながらレレットに問いかける。


「うん、間違いない。前に闘技場で見た。よく似てるから、兄弟のどっちかまではわからないけど……」

「そうだ! 今朝お兄ちゃんが言ってた。明日の初剣闘の相手は連勝してる兄弟だって!」

 レレットの言葉で目前の男の素性に思い当たったルミルも、こくこくと頷いて同意する。


「お前がキアン兄弟の片割れなら、おれの明日の対戦相手でもあるはずだな?」

 カタナは、構えを崩さず男を見据えて問いかける。彼の脳裏に、昨日手に入れた武器を持って来なかったのは失敗だったかと後悔が過ぎる。男の方も見たところ丸腰だが、油断は出来ない。


 男が、包囲され逃げ場をなくしたというのに妙に落ち着き払って口を開いた。

「お前がカタナ=イサギナ……成程、俺の次の相手だという新人か」


「! 弟のジーク=キアンか?」

「そうだ」

 平然とした態度でカタナに応じるジーク=キアン。事情を知らないものには、たった今一人の少女に一生物の傷を負わせようとした男とはとても思えないだろう。まるで良く出来た鉄仮面を被っているように表情が無い男だった。


「……まさか、キアン兄弟の連勝の理由って、こういうコト?」

 リウがジークに向かって、挑発するような揶揄を込めて問いかける。


「それこそまさか、だ。あんな雑魚どもにそこまでする意味は無い」

 だが、ジークは怒るでも笑うでもなく、ただ淡々と否定する。

「戦場を知っている俺たちが、都市の中で棒切れを振り回していたような間抜けどもに負けるわけがないだろう」


「だったら、どうしていきなりこんな真似をしでかした? 兄貴の指示か、それとも商会か?」

 カタナは、一日早く向かい合うことになった『敵』に鋭く問い詰める。しかし相対するジークは、カタナに何の興味も感じていない様子で答える。


「俺の独断だ。珍しく『使える』相手らしいからな。俺たちの障害になる恐れのある剣闘士には、当たる前に消えてもらうのが手っ取り早い」

 そして同時に。

「貴様らも、同じだ」

 後方のリウに向かって駆け出した。



「――ふっ!」

 急速に迫る敵に遅滞なく反応したリウが鎖分銅を蛇がのたうつように飛ばす。ジークは冷静に分銅を足裏で蹴りつけて鎖を止めた。そしてそのまま、ほとんど速度を落とさず疾走する。


「アマいね!」

「ふん」

 しかしリウは手元の操作だけで鎖をジークの足に絡みつかせる。流石に歩調を乱すジークだが、咄嗟に振り払うように靴ごと鎖を蹴り捨てて、裸足にも構わず路地の端を駆け抜けた。


「逃げるだと?」

 背を向けたジークを追っていたカタナが意外の念に打たれて止まる。数の不利を嫌ったか、挟撃の危険を重く見たか。

 とにかく勝ち目が薄いと見るや即撤退。元傭兵らしい割り切った判断だと言えた。


「チ……」

 リウは鎖を捨てるのと同時に二つ目の暗器――『針』を袖から滑らせるように手中に収めると、逃走者の背中を狙って撃ち放つ。


「リウ、撃つな!」

 だが、直前に届いた背後からの叫びが、リウの投擲を制止した。


 声の主――カタナに振り返ったリウは、不満そうに口を尖らせた。

「何で止めるのさ?」

 既に逃走者の姿は曲がりくねった路地の奥に消えてしまった。もはや追っても補足は不可能だろう。


「深追いするな、ああいう手段を選ばない相手を迂闊に追い詰めると何をされるかわからない。それに――」

 背後を振り返り、レレットに支えられているルミルを見る。

「あの子のことが先だろ」


「そう? ボクはキョーミ無いよ。それより、アイツに新しい武器も試せるかと思ったのに……」

 リウは言いつつも、手品のように手元の『針』を素直に仕舞う。カタナは憎まれ口に苦笑して手を打ち振った。

「アイツはおれの獲物だよ。横取りはやめてくれ」


「ヤヤ? 意外と本気になってるね、カタナ?」

「さあな」

 言って、ルミルとレレットの方へと戻る。リウは後を追わず、その場に座り込んでさっき投げ捨てた鎖を回収し始めた。「興味がない」というのもあながち嘘ではなかったらしい。ひとまずリウのことは置いておく。


「ケガはないか?」

「え? あ、はい! だいじょ……ケホッ!」

 ルミルは、話そうとしてまた強く咳き込む。かなりの力で掴まれたのだろう、きめの細かい肌には、荒々しい手形が真っ赤に残っている。


「とにかくこんなところじゃ手当も出来ないな。どこかに移動しよう」

 痛ましげに顔をしかめるカタナに、レレットが頷いた。

「それじゃ、また中央広場に戻ろうか。あそこの水で冷やしてあげないと」



「あの……カタナさん。ありがとうございました。レレットさんと、リウさんも」

 中央広場の長椅子――以前カタナとレレットが使用したのと同じ場所――で、レレットに手当てされながら、ルミルはぎこちなく礼を言った。


 一旦落ち着いて経緯を確認すると、改めて事の重大性がカタナにも分かった。剣闘で不正をするために対戦相手の家族に危害を加えるなど許されることではないが、それ以上にこの少女が酒場でやりあったコーザの妹であったことに驚かされた。

 都市(せけん)って意外と狭いのだと田舎者の少年は妙に感心する。


「わたしは、大したことしてないから」

「ボクも別にいい」

 レレットは年下の少女に安心させるように柔らかく笑いかけ、リウはそっぽを向いてそっけなく言う。


「まあ、無事でよかった。かなり危ない奴だったからな」

 カタナの言葉にリウが顔を向ける。

「でも、どうするの? アイツ、まだ諦めたとは思えないけど。あんな捨てゼリフ言ってったくらいだし」

「……そうだな、対策は取って置くべきだろう」


「あの、やっぱり、都市警に連絡した方がいいんでしょうか?」

「でも、お兄さんの試合は明日でしょ? それまでに対応してくれるかな」

 レレットが疑問を示す。シュームザオンの治安は帝国内では良い方(何せ皇帝直轄領だ)だが、殺人でもない一つ一つの案件に即座に対応してくれるほどではない。


 今度はリウが、レレットに尋ねる。

「組合の方で何とか出来ないの、コレ。明らかに不正でしョ?」


「……組合に情報を上げることは出来る。でもミノス商会は認めないと思う。証拠がないとか、証言が信用できないとか」


 剣闘士商会組合では、脅迫や賄賂などで勝敗を操作しようとしたことが発覚すれば、剣闘士個人の場合は剣闘から永久追放。商会ぐるみで行われていた場合は、組合からの除籍と定められている。つまり商会丸ごと剣闘に参加出来ず、闘技場から締め出されることになる。


 その厳しい罰則があるだけに、ほぼ全ての剣闘士商会は、剣闘を組む段階での駆け引きや談合は行っても、実際の戦いに関与はしないことが不文律になっている。

 身も蓋もない言い方をすれば、ただ一戦の不正に対して危険が大きすぎるのだ。


「だからこそ、言い逃れの出来ない証拠がないと厳しいと思う」

「となると、こっちは自衛に専念するしかないか」

 カタナはさっき無理にでも決着を急げば良かったか考える。が、あの不穏な男に深追いをかけるのは険呑過ぎた。

「さしあたり、ヒューバードの方は問題ない。コーザ本人も。流石に剣闘士が何人も住んでるところに襲撃なんて掛けられないだろう」


「問題はルミルちゃんとご家族だね」

「家にはお母さんが……今一人でいるはずです」

 ルミルが困ったように眉を下げる。


「そっちまでには手が回らないね。ウチの誰かに護衛して貰う?」

「いや、自衛はともかく、護衛となるとな。商会を手薄にも出来ないし」

「なら、どーする?」

 三人は考えあぐねて話を止める。どうにも手が足りないのは弱小商会の悲しさだ。


 と、ため息をついたカタナが少し嫌そうな顔で立ちあがった。


「しょーがない。これは()()()()()にも相談した方がいいな。実際、あいつの方が事態の中心に近いし」



 サザード剣闘士商会の剣闘士宿舎は、規模こそヒューバードよりやや大きい程度だったが、こちらの盛況ぶりは比べ物にならなかった。


「うわ、人がいっぱい」

 リウが口を大きく開けて驚きを表す。日も暮れたというのに大門は開け放たれて、剣闘士や商会の人員と思しき人々が忙しなく出入りしている。

「……うちも、昔はこれくらいの人は、居た」

 レレットが、羨むような、あるいは懐かしむような顔で誰にともなく呟く。


「さて、コーザは何処かな? 呼び出せればいいんだけど」

 言いつつカタナが門を潜ろうとした時。


「ルミルか? 家で何かあった……」

 丁度前庭で木剣を振っていた剣闘士が一行に気づいて声をかける――コーザだ。


「お兄ちゃん!」

 緊張の糸が切れたのか、ルミルが兄に駆け寄って跳びつく。涙こそ流していないが、隠しきれない身体の震えは受け止めたコーザにも伝わっただろう。


「何だ。一体何が――」

 コーザはそこまで言って、妹の首の手形に目を留めた。



「……()()()()()()()?」



 近距離でその声と殺気を浴びる羽目になったカタナは、慌てて一歩後退する。コーザの迫力は酒場の時とは段違いだ。見れば周囲の者たちが自然と距離を取りだしている。

 後ろではレレットが明らかに怯えているし、リウに至っては他人のフリをしてさりげなく玄関の方に小走りで去っていった。


(何処に逃げてんだよ!)

 内心で叫ぶが、リウにはコーザとも面識は無いし、それで『コレ』では無理もない。


「……カタナ=イサギナ」

「おれじゃないぞ!」

 カタナに気づいて顔を上げたコーザにとにかくそれだけは伝えてから本題を切り出す。


「まず事情を説明するから、どこか落ち着いた場所に行かないか?」



「事情はわかった。妹が世話になったな」

 サザード商会の玄関に入ってすぐ傍の談話室。その片隅でコーザはカタナに頭を下げた。先の因縁に引きずられた様子もない堂々とした態度だ。


「いや、それはもういいさ。それより、問題はキアン兄弟――と言うか、ジーク=キアンだな」

 カタナはコーザに顔を上げさせて話を進める。隣で、いつの間にか合流したリウが合いの手を打つ。

「アイツは『自分の独断だ』って言ってたけど、裏取ったわけジャないから、多数が動く可能性も捨てきれない」


「とにかく、おれ自身の警戒はどうでもいい」

 コーザはハシバミ色の眼に殺気の残り火を燻らせながら言った。


「わざわざ来てくれたら、ナマスにするだけだからな」


 ルミルをコーザの部屋で休ませておいて良かった――とカタナは息をつく。身内と言えどもこんな殺気と向き合うには並みの神経では保たない。コーザにはいい思い出の無いレレットが付き添いでこの場にいないのも幸いだ。


「ってことは、後はコーザの家族……ルミルちゃんと、お母さんか。お前の方で、守れるアテは無いのか?」

 カタナの言葉にコーザは腕を組んで沈思する。

「すぐに動いてくれる知り合いはいるが、二、三日ならともかくあまり長期間は無理だろう。奴らにも生活がある」


「奴ら?」

 カタナの疑問にコーザはあっさりと答える。


「お前が一昨日叩きのめした三人だ」

「あいつらかよ!」

 小男と巨漢、髭面というチンピラ三人を思い出してひっくり返った声を上げる。カタナにとってはとてもじゃないが家族の護衛を頼める手合いではないと思える。しかしコーザは首を横に振って。


「あれで仲間内には律義な連中だ。それとイーユ――幼馴染にも泊り込んで貰うように頼む。男ばかりだとルミルも母も落ち着かんだろう」

 意外に細やかな心遣いを見せたコーザは、そこで言葉を切る。


「いずれにせよ、出来るだけ早く『元』を絶つ必要がある」

「明日の試合が終われば脅迫する理由は消えるけど、勝ったら報復もあり得るし、口封じを考えるかもだしね」

 リウが他人事のように言う。実際その通りでもあった。当事者はコーザ、そしてカタナだ。


 カタナが、ゆっくりと口を開く。

「それなら、今日と明日は守りを固めて貰って、明日の剣闘で報復も口封じも出来ないようにケリを着けるしかない」

「どうやってだ。言うのは簡単だが、実際には……」

 コーザの言葉を、カタナは静かに遮った。


()()


「何だと?」

「ふぅん?」

 同時に、コーザとリウがカタナを見る。少年は、凪いだ湖面のような無表情で宣言した。


「明日、おれがジーク=キアンを潰す。二度と闘技場に立てないように」

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