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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.カタナ、初陣
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闘士たちの帝国

「ヤっぱり大きいよね、この闘技場」


 カタナとリウ、そしてレレットは、カタナの初戦を前日に控え、剣闘会場であるシュームザオン中央闘技場を訪れていた。


「えと、帝国でも、ここより大きいのは、帝都の、建国記念闘技場だけだって」

 カタナとレレットが先日訪れた中央広場を通り抜けて、三人は闘技場の入り口にそびえる戦士像の前へ。見上げると首が痛くなるほど高い壁は、それだけの人数を収容出来る施設であることの証でもあった。


「もう始まってるみたいだな。みんなが見て来いって勧めてくれたんだし、早く入ろうか」

「レレットさー、商会長なら、豪華な観覧席とか入れないの?」

「一応、頼めば取れると思うけど、偉い人とかによく会っちゃうから、あんまり行きたくないな……」

 そんな、どこにでもいる若者たちのようで、少しずれた会話をしながら、彼らは石造りの門を潜っていった。



「会場の下見?」

 朝、ヒューバード商会の食堂で、カタナはグイードの言葉に首を傾げた。彼は丁度、初の剣闘が斡旋されたのを受け、今日は軽く身体を動かそうかと考えていたところであった。


 グイードは、うむと満足そうに呻ってから説明する。

「初めての剣闘というものは誰であろうとかなり緊張する。何せ多い時は何千人もの観衆が自分を見下ろす中で戦うことになる。そんな経験のあるものなど中々おらん。新人など、闘技場の空気に『呑まれ』て、一歩も動けずに叩きのめされることもあるほどでの。よもやお主にその心配は無用であろうが、観客としてでも見て、空気に慣れておいて損はない」


「あ、それじャボクも行く! 前は東区の闘技場だったし!」

 カタナの返答より先に、横で聞いていたリウが挙手して主張する。そしてフェートンが、謹直を装った態度で主人に声をかけた。

「お二人だけではシュームザオンに不案内でしょう。お嬢様、折角ですから今日はお休みにして一緒にお出かけなさってはいかがですか?」


「え、でも、仕事……、しないと」

 カタナたちの会話を黙って聞いていたレレットは、何を思っていたのか、はっと我に返って慌てて手を振り遠慮する。そんな主人の内心を察していたフェートンは、空っとぼけて返事をする。

「明日の剣闘まで大きな仕事もありませんから。今日は特に用件はございません。ここ一月ほど、お嬢様は働き通しでしたし、気分転換をなさってください」


「……い、いいの、かな」

 レレットは、少し上目づかいでカタナの方を伺う。カタナとリウはそれぞれ。

「確かに、おれとリウだけじゃあ、もし迷ったら目的地どころかここに帰りつけるかも怪しいな」

「カタナ、それボクに失礼。でもいーんじャない? フェト爺がこう言ってるんだし」


 そんな言葉で、商会長殿の引率を歓迎した。



 三人が闘技場に入り、壁の中に走る通路を登って観客席へ出ると、丁度今日の第一戦が終了したところだった。


 階段状にぐるりと囲まれた観客席の眼下、白い砂利が敷き詰められた地面の中央で、気絶して仰向けに倒れた男の傍ら、上半身裸の男が右手に持った長剣を掲げている。その男の左腕は、二の腕から先がない。


「ミゼの勝利だ!」

「よくやったぞ『隻腕』ミゼ!」


 早くも盛り上がっている観客は、勝者の名前をめいめいに叫び、腕を振り回している。

 まさに老若男女を問わず。立ち上がって叫ぶ裕福そうな中年男もいれば、顔を真っ赤にしている老女もいる。薄汚れた襤褸切れをまとった子供も、両手を握りしめて勝利した剣闘士に熱い視線を送っていた。


「ミゼ! ミゼ! ミゼ!」

 観衆は、他の言葉を忘れたかのように、一つの名前をひたすら叫ぶ。


 地に立つ勝者、『隻腕』ミゼは、観客の誰よりも下に位置していながら、この場では最も光り輝く存在として認められていた。

 己に勝る戦士(ツワモノ)は、天地の間に一人もいない。勝利者の威風堂々たる立ち姿はそう宣言するかのようで、敗れた剣闘士が地に伏せたまま気を失っている様も、勝利の栄光を演出する装置でしかない。


 これが剣闘。これこそが闘技場。


 大きな戦もなくなった平穏な帝国で今もなお、炎と鋼が産み出した力、剣に生きるものたち。

 剣闘士の、最大最後の楽土である。



「『隻腕』ミゼ。シュームザオン最大規模の剣闘士商会、イシュカシオン商会の最強剣闘士。この街でも五指に入る強さだって言われてる」

 観客席の中ほどに並んで座り、闘技場内で歩き売りから冷えた葡萄水を買って、カタナたちは剣闘を見下ろしていた。


「ならさ、エインさんヨリ強いんだ? そんな人が最初から戦うんだね」

 レレットの説明に、リウが疑問の声を上げる。

「確かに、普通は名前の売れてない剣闘士から前座扱いで出て来るけど、一番初めだけは、お客さんを盛り上げる必要があるから、豪華な組み合わせを持って来ることが多いんだよ」


「それに、今日は、最後に()()()()()があるから、それに合わせて、いつもより参加者の質が高いんだ。ほら、まだ五戦目なのに、二つ名のある剣闘士が出てる」


 言って、レレットが示す先では、『羽根付き』と呼ばれる槍使いと『巨鎚』という二つ名を持つ大男が激しい攻防を見せている。

 客の入りも、最初は半分程度だったのがいつの間にか九割方埋まり、今や五千人以上の人間が、たった二人の戦いに見入っている。


「ふーん。ね、どっちが勝つと思う? ボクは羽根帽子の槍が勝ちそうだと思うけど」

 リウがカタナたちに尋ねる。折しも、『羽根付き』が槍を連続して突き入れた。


「いや、鉄鎚使いだろ。見ろよ、でかくて重い武器をあんなに器用に取り回してる」

 対する『巨鎚』が、片手で鉄槌を盾のように構えて、襲い来る突きを柄で捌いていく。そのまま防戦一方と見せかけて、攻めの間隙を縫って両手で一気に打ち掛かる。


「ああっ!」

 試合にのめり込んでいた観客が一斉にどよめきを上げた。『巨鎚』の一振りが、『羽根付き』を横殴りに吹き飛ばす――と見えた瞬間、『羽根付き』がそのまま相手の懐に飛び込んだのだ。鉄鎚の一撃は、槍を掠めて真っ二つにへし折るに留まった。


 当たれば命に関わる豪打を掻い潜った『羽根付き』は、手に残った槍の残骸を構え、石突を『巨鎚』の鳩尾に突き上げる――。


「うわっ!」

 勝負を決めた一撃にリウが悲鳴を上げる。

「なんとまあ」

 カタナも思わず呆れ声を漏らした。

 

 両手での渾身の一撃を回避された『巨鎚』は、手の内側に入り込んだ『羽根付き』に、身体ごと倒れ込むような頭突きを叩き込んでいたのだ。

 想像外の一撃を食らった『羽根付き』は、べしゃりと砂利の上に沈み、立ち上がれない。


「勝負あり!」

 観客席の一番下で、判定役の男が『巨鎚』の勝利を告げた。その瞬間観客の間で、歓声や悲鳴が飛び交う。


「ヤー、あんなのアリ?」

「ああ、全く、とんでもないな」

 カタナとリウも興奮して頷き合っていたが、レレットがふとカタナを見て言った。


「でも、カタナも酒場で似たようなことやってなかった?」

「え、そうなの?」

 リウが目を瞬かせてカタナを見る。当のカタナは、困ったように前髪を触った。

「いや、あれは半分騙し討ちで、相手も丸腰だったしな。今みたいな武器の打ち合いからいきなり格闘に持ち込むのは難しいし、特に頭突きなんて一歩間違ったら死ぬような真似、中々出来るものじゃないぞ」


 少年の説明を聞いたレレットは、納得したように頷く。剣闘にはレレットの方が詳しいが、実際の戦いの機微はまた別の話だ。

「へえ、やっぱりああいうのって難しいんだ。じゃあ、『あの人』って本当にすごいんだね」

「え、誰のことだ?」

 心当たりのないカタナが聞くと、何故かレレットはきょとんとして答えた。


「あれ、言ってなかったかな。今日、最後に戦う人。今日の最終戦(メイン)に出るのは、建国記念祭の優勝者――『闘技王』だよ」



 アダム。

 この日の最後に、彼が闘技場に姿を現した瞬間。観衆の興奮は最高潮に達した。


「アダム! アダーム!」

「待ってました『闘技王』!」


 今代の『闘技王』。アダム=サーヴァ。

 当年二十七。簡素な革の防具に身を包み、細身の長剣を片手に携えた立ち姿は、修羅場に臨むものとも思えない静謐さを湛えている。


 短く刈り込んだ青髪と黒く日焼けした精悍な肉体は、戦士というよりは山野で修験する求道者を思わせる。

 茫洋とした薄紫の瞳は何物も映していないかのように凪いで、足元の砂利を眺めている。


「今日、無敵の『闘技王』に挑むのは、この男――『炎』のギジオン!」

 最強の名に相応しい、底知れない気配を持つアダムに向かい合うのは、大剣使いだ。

 筋骨隆々たる肉体を惜しげもなく晒し、その背中から胸、手足に顔までも炎を象った入れ墨を刻んでいる。

 彼は口を引き結び、その威圧的な風貌からは信じられないほどの落着きで『闘技王』に対している。


「あれが『炎』のギジオン。帝国全土に名の通っている大物剣闘士じゃないか」

 カタナが剣闘場の二人を食い入るように見つめながら呟く。レレットも息を潜めて応じた。

「うん。単純な腕力ならこのシュームザオンで恐らく一番。前回は、相手の剣闘士の金属盾を一振りで真っ二つにしてた」


「力だけじゃなく、技術も相当だし頭も切れるって評判だね」

 リウが静かな眼で言う。そして葡萄水を一気に呷った。


「確か、これまでの対戦成績は『闘技王』の三戦全勝」

 レレットが自らの顎を摘んで記憶を探る。それを受けてリウはにやりと笑みを浮かべた。

「これで四連勝か。はたまた『炎』の雪辱が成るか、双方のお手並み拝見」


 そして、この日最大の戦いは開始された。



 開始直後、両者は示し合せてあったかのように前に出た。


 巨体からは想像もできない素早い突進から、ギジオンの大剣がアダムの正中線に振り下ろされる。対するアダムは、半身に躱すと同時にギジオンの眉間を突き通す。


 ギジオンは咄嗟に首を捻り刃から逃れる。頬を斬り裂かれ血が噴き出すが、一切構わずに伸びきったアダムの腕を斬り上げた。躱せない。

 客席は驚愕の混じった悲鳴に包まれる。彼らには、一瞬後にアダムの腕が宙を舞うのが幻視されていた。


 だが、『闘技王』の反応は彼らの想像の遥か上を行った。


「踏んだ!」

 リウが思わず叫ぶ。アダムは自らに迫る剣に向かって飛び上がり、靴底で蹴りつけたのだ。カタナは呆気にとられて言葉もない。


 文字通り一歩間違えば足を失いかねない行動を、瞬時に決断し、しかも平然とやってのける不動の精神力。これこそが『闘技王』アダムの真価の一端であろう。

 敵の剣勢に乗って跳び上がった空より長剣を打ち下ろすアダム。蹴撃に大剣を取り落しかけたギジオンはたまらず転がって逃れる。着地したアダムも深追いせず、摺り足で後退し距離を取る。


 双方、間合いを取って再び構える。同時、開始早々の攻防に見入っていた観客たちが我に返り、耳を聾さんばかりの歓声を謳い上げた。



 しばし睨み合っていた二人の剣闘士は、再び示し合せた様に前進し斬り結び始める。


 斬り、払い、突き。時に足を払い、手を狙う。両者は細かく立ち位置を変えながら、互いに剣を目も止まらぬ速さで交わし続ける。

 息もつかせぬ技の応酬に客席の興奮は天井知らずだ。


「探り合いだな」

「うん。お互い、踏み込み過ぎずに相手を牽制してる」


 熱気に溢れる観衆の中で、カタナとリウは静かに意見を確認し合う。

 傍目には一瞬も気の抜けない激闘に見えるだろう。しかし二人には、アダムもギジオンも『自分の反応ならば紙一重で捌ける範囲』からは僅かも出ていないことが見て取れた。


 いかに際どい空間を剣が抉ろうとも、当たることはないという自負と計算が両者にある以上、それは予定調和のやり取りだ。

 そして双方、安全域からの鬩ぎ合いの中から、少しずつ自らの支配する剣域を構築し、相手の領域を塗り潰すという形の戦いへ移行する。

 言わば陣取り。だが。


「ギジオン有利か」

「え?」

「だね。武器の長さが違う」


 カタナとリウには、ギジオンの剣が占領する徐々に『場』が拡大していくのも同時に察せられた。精密な扱いの難しい大剣を、短剣でも握っているかのように軽々と振るうギジオンは、同速度、同精度で長剣を振るアダムを武器の長さの利で押し退けつつある。

 敗勢を悟ったか、今まで涼やかな表情を保っていたアダムが、歯を食いしばるように顔を歪める。


「このまま行けば……」

 カタナが下剋上の到来を予想し始めた時、『闘技王』が大きく後退した。


「おおっ?」

 客席はどよめく。彼らの眼には互角の剣戟が繰り広げられていたとしか映っていないのだから無理はない。

 だが当然、追い詰めていた当の本人、『炎』のギジオンはアダムの反応は予測済み。


「つああぁ!」

 故に僅かな遅滞も生まれずに、ギジオンは大喝とともに突進。

 それはまさしく乾坤一擲。二つ名に相応しい、野に放たれた炎のような激しさで大剣を突き出した。


「……!」

 そして、跳び退がったばかりのアダムは、ギジオンの餓えた羆もたじろぐ様な渾身の剣を正面から迎える形となり――。


 カラン、と。『闘技王』の剣が地に堕ちた。

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