季節を違えた渡り鳥
小説家になろう3
「ついに月間ランキング五位にまでいっちゃったんだよねー」
話は変わり、昼休みの学校。
やはり和奈日がさも得意気な顔をして自慢話に花を咲かせている。それだけならばいいのだが、こちらをたまにチラッチラッしてくるのが気に入らない。
あんなやつを無視して昼飯を口に放り込む作業に従事する。
「ちっ」
そんな僕の耳に舌打ちの音が届いた。しかししばらく思案した後、それは空耳だとの結論が出る。理由は簡単で、今クラスにいるのは和奈日に和奈日に群がる一般ピーポー。そして僕と、僕の前の席に座るちょっと痛いけど顔だけ見れば美人な神林さん。
舌打ちの音が聞こえたとしたならば、その発信源は神林さん以外は考えられない。あの顔を持ってして、あまりの他人への興味のなさからクラス内ヒエラルキーの最下層に君臨する神林さんがまさか舌打ちなど、
「ちっ。なにがチーレムだ」
することもあるんですね意外と。
その後も和奈日の自慢話に反応して、神林さんは明らかな機嫌の悪さを見せた。和奈日が小説なんてちょろいちょろいと言えば、お前程度のなんちゃって一人称が何を言うんだと一人呟き、和奈日が小説家にでもなっちゃおうかなと言えば、まともに比喩すら使いこなせないお前が何を言うんだと鉛筆を一本砕いた。
なんて恐ろしい子☆
とまあ五分以上に渡り、宝石のように美しい神林さんが怒りに打ち震える様子を観察させていただいた訳ではあるが、いかんせんその理由がわからない。確かに和奈日という存在は基本的にスギ花粉のようなものであり、国民の半数以上から疎まれている存在だ。しかし神林さんに関してはどうだろうか。彼女が僕と同じように、勘違いしたクラスの中心人物気取りにアレルギーを見せるのだろうか。答えは否である。現に今までの彼の愚行っぷりに神林さんが反応したことは皆無だ。
ではなぜーー。
そんな疑問は、思いもよらない形で解決されることになる。
そう、小説家になろうというサイトによって。
★
「つまり、ハーレムだと思っていたのに寝取られが起きたりした場合、感想欄が荒れることは間違いないと言うことになる。よし、じゃあこれで今日の授業は終わり」
起立、気をつけ、礼、と五時限目の授業が終わった。僕が現代文の教科書を机の上に載せたスクールバッグに入れようとしていると、神林さんの肩越しに見慣れたサイトが彼女の携帯に映し出されているのが見えた。
そのサイトはもちろん小説家になろう。
なぜかはわからないが、それを視認した瞬間僕の口が勝手に動いていた。
「神林さん」
神林さんは体をぴくりと振るわし、その後すぐにスマートフォンの電源を切った。
「どどどどうしたの」
神林さんが異常にどもっているのは他人にいきなり話しかけられたことだけが原因ではない。彼女は会話という行為に対し、何らかのトラウマ的な者を抱えているらしい。特にそれは異性と話すときに顕著になる。そのため神林さんのまさに日本美人といった風貌に完全に押されている僕と、異性と話してどもってしまう神林さんというクラスの中でも上位を争うくらいに異質な空間が出来上がる。しかしそれでも会話は止めない。
「あのさ……僕の見間違いかもしれないんだけど……、さっき小説家になろうっていうサイト見てなかった? いや別に違ったら違ったと言って頂ければ本当に……それは……」
支離滅裂な内容だと心ではわかっていても、変えることなど出来ない。僕に異性と喋るスキルなどはほぼ皆無といっていい。しかも小説家になろうという言葉を出した瞬間に神林さんのダイアモンドのような顔が曇ったのがわかった。それは自信もなくなってしまう。
しばらくの沈黙。
その沈黙を破ったのは僕でも神林さんでも、もちろん和奈日でもなく、五六時限の間の休みの終わりを知らせるチャイムだった。
「あ……。なんか勘違いしてたみたいだ。ごめんね」
チャイムに被せるようにして放ったその言葉も神林さんには届かなかった。
その後の六時限目中、僕たちは会話を交わすどころか、目を合わせることすらしなかった。
「はーいつまり熱膨張って知ってるかというのがどうかというのがテストを解く場合に大切になってきます。以上」
なんとなく気まずかったような一時間が過ぎた。
教科書をバッグにしまいながら神林さんの様子を伺う。しかし彼女はいつもと変わらず黙々と帰りの支度を進めている。しかし、完全にさっきのはやらかしのようだと判断していた僕に天啓が訪れる。
「ねっ、ねえ」
神林さんと視線がぶつかる。どうしたの、と口を開こうとすると、それより先に神林さんが話を続けた。
「ささささっきは、むっ、無視しちゃってごめんね。へっへっ返事しようとしてたらパニクっちゃってて」
すごい勢いでまくしたてているのだが、真っ赤になっている顔の可愛さと、周囲からの奇異の視線が気になって全く頭に入ってこない。
「神林さん」
はい、とでもいいたげにきょとんとこちらを見る。あまりの可愛さに制服を脱ぎ捨てて河原を叫びとともに走りたい衝動にかられるがそれをなんとか抑え、声を振り絞る。
「ここじゃあれだからさ、どっかでゆっくり話さない?」
ふるえていた。周りの視線もあるし、いくら勢いとはいえ女性をデートのような感じでお誘いしてしまった。ミスター童貞の名を欲しいがままにしてきた僕には、アレルギーが発症してもおかしくないシチュエーションだ。
「えええあ、はい」
彼女もとうぜんのごとく戸惑いを見せたが、クラスの視線を集めていることに気付き、まるで僕が英国紳士のように気を利かせたかのように勘違いしたようだ。
しかし僕も男だ。そう誰かが僕を童貞チキンと呼ぼうとも、僕は男だ。こんな展開になろうシチュエーションを何度妄想してきたことか。今の僕には、どんな言葉を発すれば相手がどんなリアクションを返してくるかが手に取るようにわかる。その中から最善だと思われる選択肢を選ぶだけの簡単なお仕事です。
「シャルウィーダンス?」
世界が、
凍った。