第7話 エルフの里 Ⅳ
「エルフたちに何をしているかだって?」
レウスの問いに、白い鎧を纏った男は不敵な笑みを浮かべた。
「君、人族なのに面白いことを聞くね?」
「そんなの、燃料にする以外に何があるっていうんだい?」
「...燃料?」
思いもよらない答えに、レウスは眉をひそめた。
その反応を面白がるように、ミストは口元を歪める。
「おや、知らないのかい?」
「魔族の心臓部には、魔物同様に魔石があるんだよ。」
ーー魔族に魔石が!?
ミストは、まるで自分のことのように語り出す。
「それも魔物から採れる魔石なんかとは比べ物にならないほど、良質な魔石がね。」
「魔力の含有量も純度も段違い。魔道具の原動力としては、これ以上ない代物さ。」
「まあ、たまに魔族自体に興味を抱く物好きな連中もいるがね。」
ミストの話を黙って聞くレウス。
「魔族にも魔石があると判明してから、この世界の文明は大きく発展したよ。」
「魔道の性能は飛躍的に向上し、今では以前なら不可能だったことさえ可能になった。」
ミストは話しながら視線を巨大な魔道具へと向ける。
「特にこの魔封じ。」
「これのおかげで、魔族を狩るのもずいぶん楽になったよ。」
「厄介な魔法さえ封じてしまえば、魔族なんて魔物以下だしね。」
「...。」
レウスは依然として口を閉ざしていた。
だが、その拳は強く握り締められ、手のひらには爪が食い込んで血が滲んでいる。
口元からは、獣のように剥き出しになった歯が覗いていた。
レウスのことはお構いなしにミストは話を続けた。
「ただ、少しだけ困ったことがあってね。」
ミストは肩をすくめる。
「少しばかり、狩りすぎてしまってね。魔石の供給が追いつかなくなり始めたんだ。」
「だから、こうして生きたまま捕らえて、繁殖させてるってわけさ。」
「なにしろ、エルフの魔石は他の魔族に比べて質がいい。」
「手間をかける価値は十分にあるってわけさ。」
ミストの話を聞いていてレウスの脳裏で、これまで目にしてきた光景が一つにつながった。
地下牢に囚われていたエルフたち。
別の部屋に並べられていた無数の亡骸。
そして、腹を大きく膨らませた、エルフの女性たち。
レウスの閉ざされていた口が開く。
「お前たちは...魔族をなんだと...。」
言葉が喉につかえる。
あまりにも非道な行いに、動揺を隠せない。怒りをぶつけようにも、うまく言葉が出てこなかった。
それでも、目の前の男が何と答えるのかは、容易に想像できた。
確かに、俺も勇者時代は魔物を討伐し、その体から魔石を取り出していた。
魔道具の動力源にするため。あるいは、金銭に換えるために。
だが、俺が魔物を狩っていたのは、人々に害をなす存在だったからだ。
少なくとも、無用な殺生をした覚えはない。
魔物と魔族は違う。
魔族には、意思がある。感情がある。
そして、俺たち人族と同じように生きている。
ましてや人族に害を与える存在ですらない。
ーーそれなのに、こいつらは...。
「何って、ただの家畜だろ?」
ミストは、さも当然のことのように言い放った。
その瞬間、レウスの中で押さえ込んでいた怒りが爆発した。
「...もういい。黙れ。」
低く、冷たい声が響く。
次の瞬間、レウスの額から禍々しい角が伸び、全身からドス黒いオーラが立ち昇った。
エルフの村で初めてその力が現れたときと同じだった。
その異様な姿を目の当たりにしたミストは、驚いたように目を見開く。
「おいおい。まさかとは思ったが...。」
ミストはレウスの姿をしばらく眺めると、何かに納得したかのように口元を歪めた。
「あんた、魔族か。」
レウスは答えない。
ただ、敵意を剥き出しにした視線でミストを睨みつけていた。
「帝国の間者かと思ったが魔族とはな。」
そう言って、ミストは腰に下げた剣の柄に手をかける。
「まあ、どっちでもいいか。」
「人族だろうと魔族だろうと、ここに侵入した時点で殺すだけだ。」
言い終えると同時に、ミストは勢いよく剣を抜き放った。
そして、レウスへと斬りかかる。
「まあ、今すぐに殺しはしないさ!」
「何一つ質問に答えてもらえてなんでね!」
「手足の1、2本は覚悟してもらうよ!」
ミストは間髪入れず剣戟を繰り返す。
だが、何度振るってもレウスは容易にその斬撃を受け流す。
そして、ついにレウスは反撃の一撃を振るった。
ミストは間一髪のところで剣で防いだが、想像を超える威力に耐えきれず、後方の壁へと叩きつけられた。
「「ぐはっ!」」
ーーなんて力だ...。
叩きつけられた壁から這い出し、体についた石片を手で払う。
「どうやら、力比べじゃあ、あんたには敵わないみたいだ。」
「魔族ごときにこれは使いたくはなかったが...。」
そう言うと、ミストは剣を胸元に掲げ、口を開いた。
『不屈の剛躯!』
その言葉とともに、背後に巨大な光の十字架が現れ、ミストの全身が神々しい光に包まれた。
「驚いたかい?これは俺の固有スキルだ。」
「このスキルは、物理攻撃の一切を遮断する。」
「いくら力自慢のあんたでも、所詮は魔族。魔法を封じられた状態で、このスキルを発動した俺には指一本触れることはできない!」
だが、レウスはお構いなしにミストへと切り掛かった。
レウスの剣は確かにミストの体へと届いた。
しかし、その刃はなぜか通らない。
剣を通して伝わってくるのは、まるで岩盤を叩いたかのような硬い感触だった。
何度剣を振るってもミストの体は愚か、鎧にすら傷一つつけられない。
「ハッハハ!」
「話を聞いていなかったのか?」
「本当に魔族は哀れで低俗な生き物だな!」
高らかに笑い声を上げると、レウス目掛けて勢いよく剣を振り下ろした。
レウスも剣で受け止めるが、先ほどとは比べられない威力に、今度はレウスは受け止めきれずに後方の壁へと叩きつけられる。
「言い忘れていたが、不屈の剛躯は、受けた物理攻撃は蓄積され、俺の筋力へと変換される!」
「だから、いくら攻撃しても無駄なんだよ!」
「無敵の防御力に無限の攻撃力、これが聖騎士の力だ!」
魔法を封じられ、自慢の攻撃も通じない。
目の前の魔族には、自分を倒すことなどできない。
そう確信したミストは、再び高らかに笑い声を上げた。
だが、それも束の間だった。
レウスが激突した壁の周囲に、砂埃が舞い上がる。
その奥から、ドス黒い光が漏れ出していた。
やがて砂埃が晴れると、レウスの握る漆黒の長剣が、ドス黒い炎をまとっているのが見えた。
その光景を見たミストは目を疑った。
そして、魔封じへと視線を向ける。
だが、どこにも異変は感じられない。
「おい、それはなんだ!」
「魔封じの影響下の中でなぜ魔法が使え...。」
その瞬間、ミストは違和感を覚えた。
そして、それは確信へと変わった。
ーーあれは、魔法じゃない...!
幾度も魔族との戦闘をしてきたミストには、魔法がどういったものかは知っている。
魔族が魔法を使う時、大気中のマナが術者に集まる。
放出される魔法は、そのマナの塊と言っていい。
その大気中のマナを散らして、魔法を阻害するための魔道具が魔封じだ。
だが、奴の周りにはマナは集まっていない。
魔法は確実に使えないはず。
なら、あれはーー。
「...なぜ、魔族のお前が”それ”を持っている!」
魔法が魔族にしか使えないように、”スキル”というのは人族のみが神に与えられたものである。
スキルは魔法とは異なり、体内魔力であるオドを消費して発動するため、魔封じの影響を受けない。
そうなると、必然的にその正体ははっきりとする。
「お前...お前は一体何者だ!」
わかっていても信じることのできないその出来事に、動揺の声をあげるミスト。
すると、レウスはゆっくりと口を開く。
「俺は『復讐者』だ。」
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