番外編6 オードリー――縁談の話が届いた
マギーが私を「お義母様」と呼ぶようになったのは、熱を出した年の冬だった。
その日、伯爵家では小さな夜会があった。
雪にはまだ早いが、外の空気は乾き、玄関広間の床石は夕方になると冷えた。
私は客間の火を早めに入れさせ、温かい葡萄酒を用意させた。
伯爵は古い友人を数人招き、ウィリアムは父の横で客の相手をしていた。
マギーは淡い藤色のドレスを着ていた。喪が明けてから初めて、少し華やかな色を選んだ日だった。
胸元には、亡くなった母君の小さな真珠の飾りをつけていた。
客の一人が、それを褒めた。
「よくお似合いだ。奥様が選ばれたのかな」
マギーは一度、私の方を見た。
「はい。お義母様が、この色なら母の真珠にも合うとおっしゃってくださいました」
その場にいた者たちは、穏やかに微笑んだ。
伯爵は少し目元を和らげ、ウィリアムは妹の横顔を見た。
私も、そこで一つ頷いた。夜会の中で、マギーの返事はその場に合ったものだった。
亡き母を忘れず、新しい母を拒まず、客の言葉にも角を立てない。よくできた娘だった。
その夜から、マギーは私を「お義母様」と呼ぶようになった。
朝の挨拶でも、刺繍の糸を選ぶ時も、父へ取り次いでほしい時も。
ウィリアムは「奥様」から「オードリー様」と呼ぶようになった。
成人した長男として、彼は正しい距離を選んでいた。
父の妻として敬い、妹の世話をする者として礼を尽くし、母の場所は動かさない。
悪いことではなかった。
サミュエルからの手紙にはマギーに倣ったのか、「義母上」とあった。
王都の寮から届く手紙は、いつも書物と講義と友人の話で埋まっていた。
そしていつも最後に、マギーの体調と父の近況を尋ね、それから私への礼が入る。
――義母上。
――先日お送りいただいた手袋は、こちらの冬にはちょうど良いものでした。
――マギーにもよろしくお伝えください。
三人とも、それぞれに呼び方を選んでいた。だから私は、その呼び方に合う奥様でいればよかった。
――伯爵家の奥様。
――ウィリアムにとってのオードリー様。
――サミュエルにとっての義母上。
――マギーにとってのお義母様。
呼び名が増えると、屋敷の中に置けるものも増えた。
私の言葉は家政の指示として通り、贈り物は伯爵家の礼儀として扱われ、手紙は奥様同士の気遣いとして届けられた。
初めはロズリーの様子を知るためだった。
けれど、月日が経つと、それだけでは済まなくなっていった。
伯爵家の奥様という席は、思ったより外の世界へ、多くの扉を開けた。
*
子爵家の執事からの手紙は、年に数度、私宛にも届くようになった。
季節の挨拶の中に、ロズリーの小さなことが混じる。
リボンの色、刺繍の進み具合、庭に出たがる癖、夜に乳母を呼ぶこと。
どれも少しずつだったが、何も届かないよりはよかった。
子爵家では、ロズリーはお嬢様として扱われていた。
だが、その字の端々に、大人の都合で置き場所を決められた子供の窮屈さがあった。
――ロズリー様は、作法の時間を増やされました。
――ロズリー様は、食卓での振る舞いにも慣れてこられました。
――ロズリー様は、外出を控え、奥向きでお過ごしです。
控え。慣れ。奥向き。
ロズリーが笑ったことは、あまり書かれなかった。
私は返事を書いた。
黄色いリボンを贈り、季節の菓子を贈り、伯爵家で評判のよい刺繍糸を贈った。
伯爵家の倉庫には、贈答に使える品がいくらでもあった。
家令は品目を書き留め、帳簿に入れる。
縁ある子爵家へ、伯爵夫人が年頃の令嬢に似合うものを贈る。それだけのことだった。
そしてまた、子爵家から礼状が来る。
――ロズリー様は、たいそうお喜びでした。
その一文があれば、私は次の季節まで待てた。
*
縁談の話が届いたのは、ロズリーが十五になった年の春だった。
その頃マギーは、社交の場に少しずつ出るようになっていた。
伯爵は慎重だったが、ウィリアムは妹を誇らしげに連れて歩いた。
サミュエルは休暇で戻るたび、マギーの成長に少し驚いた顔をした。
「お前、また背が伸びたな」
「サミュエル兄様こそ、少し痩せたのではありませんか」
「義母上の菓子を食べれば戻る」
そう言って、サミュエルは私の方へ顔を向ける。
「王都では、こちらの焼き菓子が恋しくなります」
「厨房に伝えておきましょう」
伯爵家の食卓は、穏やかだった。
その穏やかさの中に、ロズリーの名が入ることはまずなかった。
伯爵は私が子爵家の令嬢を気にかけていることを知っていたが、詳しく尋ねない。
縁戚の一人として見守っている―― たぶん、その程度に受け取っていた。
だから、縁談の知らせは、子爵家の執事からではなく、先に社交の場で耳に入った。
伯爵家の午後の茶会だった。
招いた夫人たちは、春の花と王都の新しい布地と、誰の息子がどの職に就いたかを話していた。
やがてその中の一人が、ふと思い出したように言った。
「そういえば、子爵家のお嬢様にお話があるそうですわね」
私は茶を注いでいた。夫人は、何の悪気もない顔で続けた。
「お相手は、かなり裕福な商家の方とか。年は《《少し》》離れていらっしゃるようですけれど、子爵家としては悪くないお話でしょう。あのお嬢様は、少し《《事情がおあり》》でしょう?」
茶の色は、よく出ていた。私は夫人の杯を満たし、砂糖を添えた。
「詳しくは存じませんが、よいお話なら何よりです」
「まあ、よいお話と言えばそうですわ。お相手は前の奥様を亡くされていて、お子様もすでにおありだそうですから、若い奥様が入れば家も明るくなるでしょうし」
――親子ほど離れた男。
――前の妻を亡くした家。
――すでに子供がいる商家。
ロズリーは、十五だった。あの時の私と同じ年。
夫人は別の話へ移った。
王都で流行っている帽子の飾り。輸入物の薄い絹。誰それの夜会で出た菓子。
笑い声が広がり、茶会はそのまま続いた。
私は菓子皿の数を確かめた。
この時、マギーは隣の席で夫人の娘と話していた。淡い緑のドレスがよく似合っている。髪飾りは小さな真珠。ウィリアムが選んだものだった。
伯爵は遠くの書斎にいて、夕方には客の前に顔を出す予定だった。
伯爵家の午後は、いつも通り、穏やかに流れているというのに。
《《なのに》》、ロズリーは十五の体を持ったまま、遠い商家の食卓へ置かれようとしている。
茶会が終わると、私は家令を呼んだ。
「子爵家へ使いを出します。至急ではなくてよいわ。ただ、明日の朝には届くように」
「承知いたしました」
「執事殿へ、季節の挨拶と、先日の贈り物への礼を書きます」
家令は頷き、書斎の机を整えさせた。
私は手紙を書いた。
――春の挨拶。伯爵家の近況。ロズリー様のご成長を喜ぶ言葉。
――茶会で縁談の噂を耳にしたこと。
――もし差し支えなければ、祝いの品を選ぶためにも、詳しいことを知らせてほしいこと。
いつも通りの文面だった。
*
返事は早かった。
子爵家の執事の字は、いつもより少し詰まっていた。余白は少なく、季節の言葉も短い。
――ロズリー様の件につきましては、閣下がご検討中にございます。
――お相手は、南方の商業で大きな利益を得ておいでの家で、子爵家にとっても今後よい結びつきになるものと存じます。
――ロズリー様は、まだお若く、急なことに戸惑いもおありのご様子ですが、いずれお立場を理解なさることと。
戸惑い。理解。
私はそこを二度読んだ。
その下に、ほんの一行だけ、いつもの文体から外れた言葉があった。
――黄色のリボンは、今も大切にお持ちです。
私はその一行から目を離せなかった。
子爵家の奥向きで、教育係に作法を直され、食卓で硬いパンを残し、夜に乳母を呼び、十五になったロズリーが、黄色いリボンを持っている。
*
その日の夕食は、魚だった。
厨房では白身魚の焼き加減に少し迷いがあり、料理長がソースを二種類用意していた。
私は濃い方を選ばせた。
伯爵はおいしいと言い、マギーは少しだけ残した。
ウィリアムは近く予定されている馬術会の話をし、サミュエルは王都の図書館で見つけた古い写本の話をした。
私は食卓の花を見ていた。白い花だった。
名は忘れた。庭師が今朝選んだものだ。細い茎が水差しの中でまっすぐ立ち、花弁の端だけが少し透けている。伯爵家の食堂にふさわしい、控えめで上品な花だった。
――ロズリーにも、こういう食卓があってよかったはずだった。
母の香水も、父の書斎も、子爵家の門も、男爵家の閉じた部屋も、全部が遠くへ行ったわけではなかった。
年を重ね、名を変え、家を移り、伯爵家の奥様と呼ばれるようになっても、それらは同じ場所にあった。
――子爵は、まだ生きている。
私はその夜、はっきりと噛み締めた。




