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「僕の初恋は……か」
アイリーンの手元には本が握られているが、先程から1ページも捲られる様子はない。ここ数日アイリーンは、ずっとこの様な感じだ。
舞踏会の開かれた夜から、数日。シェルトから初恋は君だと告げられたアイリーンは、思考回路が停止した。
これは、何?何の告白なの⁈シェルトは、さらりと言ってのけたが、目的は何なのか……。
初めはアイリーンを揶揄っているのだろうと思ったが、シェルトの雰囲気から本気なのだと伝わってきた。ならば、何故あの場にてそれを告げたのか……アイリーンには分かりかねる。
アイリーンには、今のところはユリウスという婚約者がいて(婚約破棄思案中)、シェルトにもレベッカという婚約者がいる。故に、シェルトからの告白は何の意味もないものと思える。
「ま、まさか……」
まさか、シェルトは自分に愛人になれという意味なのでは⁈所謂、秘密の関係だ。
「そんな不埒な事、私には出来ません‼︎」
誰もいない自室でアイリーンは、そう叫び立ち上がる。それと同時に手元の本が滑り落ちた。
「はぁ……」
アイリーンは、深いため息を吐くと本を拾い上げ、また座り直した。ここ数日の間、アイリーンの頭の中はシェルトの事でいっぱいだった。
舞踏会での、ユリウスとレベッカの振る舞いのお陰で、謂れの無い様々な噂が飛び交う事すら、忘れてしまいそうな程に。
「ねぇ、ユリウス。食べさせて」
「全く、レベッカはいつになっても子供だな」
ユリウスは、焼き菓子を手にするとレベッカの口まで持っていく。レベッカは、口をあ~んと開けてソレを頬張った。
「う~ん、やっぱりユリウスに食べさせて貰う、ユリウスのお家の焼き菓子は最高だわ」
「それは、良かった。あぁ、レベッカ、菓子屑が付いてるよ」
テーブルの上には、アイリーンの屋敷の優秀なシェフが作った焼き菓子と、ユリウスがレベッカの為だけに持参した焼き菓子が並べられており、無論レベッカはユリウスの家の菓子にしか手を付けない。
ユリウスがレベッカの為だけに持参した焼き菓子を、2人は仲良く食べていた。アイリーンの屋敷の客間で。
そういった事は、他所でお願い致します!とアイリーンは、思った。毎度恒例の如く、ユリウスとレベッカの2人は屋敷に招待していないのに、押しかけてくる。本当に迷惑なものだ。
そして、これまた恒例で目前で繰り広げられる戯れ。本当に、目に余る。
だが以前までは、興味はなくとも苛々としながら見ていたが……今は少し違う。苛々すらなく、何も感じない。
何故ならアイリーンの頭の中は、未だにシェルトの事でいっぱいで、この愚かな2人に割ける感情などない。
「あ、忘れてました~。アイリーン様も、食べます?」
「レベッカは、優しいな」
「やだ、ユリウスったら」
何がそんなに愉しいのだろうか。レベッカの戯言に、ユリウスもレベッカも、一々大袈裟に反応する。何も感じはしないが……これは面倒くさい。
大体恋愛とは、そんなに愉しいものなのか……。ふと、頭にシェルトの姿が浮かんだ。
恋愛で、どうしてシェルト様が⁈べ、別に、私はシェルト様の事、何とも思って……。
「……はぁ。分からない」
「アイリーン?」
アイリーンは、椅子から立ち上がるとため息を吐き、部屋から出で行ってしまった。ユリウスは、いつもと様子の違うアイリーンに戸惑い声を掛けるが……。
「アイリーン……」
存在を無視されたユリウスは、呆然とするしかなかった。