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「もしかして、怒ってる?」
馬車が走り始め、アイリーンは仕方なしにシェルトの前に腰を下ろした。窓の外を眺め黙り込むアイリーンを見て、シェルトはようやく怒らせてしまったかと思い声を掛けた。
えぇ、えぇ、怒っておりますとも。どう見てもこの状況で怒らない奇特な方などいませんよ。
「ねぇ、アイリーン?」
アイリーンは、聞こえないフリをしてひたすら顔を背ける。これ以上、シェルトのペースに持っていかれたくない。
「何か、答えてよ」
「‼︎」
シェルトは、腰を浮かせるとアイリーンの横に席を移る。身体が触れて、驚いたアイリーンは思わず反応してしまった……。
「僕の事、嫌いになった?」
シェルトの寂しそうな声に、アイリーンはチラリとシェルトに視線を向けた。
眉を寄せて、寂しそうな、物悲しいような表情を浮かべている。……流石に、無視したのはかわいそうだったかも知れない。
確か、シェルトはアイリーンよりは年上ではあるが、そんなに歳は変わらない筈だ。男性の方が精神年齢が低いと一般的に言われているし、精神的にはシェルトの方が年下の様なものかも知れない。とアイリーンは勝手に解釈をした。
「嫌いになってませんよ、シェルト様」
そもそも、好きも嫌いもない。シェルトと関わるのは、今回で2回目だ。
「本当に?」
「はい」
「本当の、本当に?」
「ええ」
「本当の本当の本当に?」
「……本当の本当の本当です」
かなりしつこい。やはり、これではただの子供だ。
「じゃあ、僕の事、好き?」
「え……」
それはまた別の話になってくる。アイリーンは困った。嫌いでないからと言って、好きだとは限らない。シェルトを、見るとまた先程同様悲しそうな表情をしている。
「そうだよね。別に僕の事なんて、この国の第3王子でレベッカの婚約者くらいの認識しかないよね。僕の事なんて、好きな筈がないよ」
シェルトは、そう言うと逆方向に身体ごと向けた。どう見ても、自分落ち込んでますオーラが出でいる。
「シェルト様?」
アイリーンは、戸惑った。こんな時どうすればいいのだろうか……。男性と余り接して来なかった故、さっぱり分からない。舞踏会では色々な男性と踊った事はあるが、正直会話らしい会話はした事がなかった。
男性達は、アイリーンと踊った後は興味がなくなった様に直ぐに何処かへ行ってしまう。その理由はなんとなく分かっていた。
『公爵令嬢』とダンスした。多分その事実が欲しいだけだろう。所謂ステータスの様なものだ。
アイリーンは押しに弱い性格故、誘われたら断れない。だが、他の公爵令嬢達は中々誘いに乗ってくれないらしい。それ故、絶対に断らないアイリーンに、男性達は目を付けたのだろう。なんだか、今更ながらに自分が情けない。
と、今はそんな事を考えている場合ではない。シェルトをどうにかしなければ。
「シェルト様?」
取り敢えず、もう1度声を掛けてみた。反応はなし。困った。もういっそのことほっとこうか。正直面倒だ。アイリーンも、シェルトが視界に入らない様に背を向けて見る。
「……」
暫く沈黙が続き、アイリーンはそっとシェルトの様子を伺う。やっぱり、気になる。
「あの、シェルト様。その、私……シェルト様の事、好きだと、思いますよ?」
自分の事なのに、疑問形になってしまった。というより、何言ってるの⁈私は……。
「……それって、本当?」
「は、はい」
アイリーンは、条件反射で返事をしてしまう。
「本当に本当?」
「ええ、まあ」
「なら、ちゃんと言って?私はシェルト様の事を愛してますって」
「……」
いやいや、大分ニュアンスが変わってますよ‼︎アイリーンは、流石に呆れて黙るが。
「やっぱり、さっきのは嘘なんだね」
「ち、違います!本当ですから!」
「本当に?良かった!アイリーン、嬉しいよ!」
出た、この顔。嬉しそうに笑みを浮かべて、アイリーンを見ている。正直反則です。だって、だって……カッコいいんです!
「じゃあ、僕に教えて?君の気持ちを」
シェルトはいつの間にか、アイリーンの手を取り顔を息が掛かる程に近づけている。
「へ⁈あ、の…………私、は、シェルト様の事を……あ、愛して、ますっ‼︎」
恥ずかし過ぎて、思わず言っちゃいました。これは、脅迫です!私は、別にシェルト様の事を……。アイリーンは至近距離にあるシェルトの顔を見遣る。
いや、やっぱり、好きかも知れない、です……。




