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魔族の矛先

 一通り街を巡ったウィルたちであったが監視してくる魔族たちに動きはなく何事もないまま屋敷へと帰還した。


「なんだったのかなー?」

「なんだったんでしょうね」


 アリーチェたちと別れてシローたちへ報告に向かう道すがらウィルがレンに尋ねる。レンも魔族たちの狙いまで絞り切れないでいた。


「ウィルとなかよくなりたかったのかなー?」

「それはどうでしょう」


 少なくともその可能性はないように感じた。魔族たちの視線は近付く機会を伺うというよりは距離を置いて観察しているような視線だ。


(こちらを警戒していたのは間違いなさそうですが……さて……)


 レンが胸中で情報を整理しながらウィルたちと共に警備の兵が立つ部屋へと足を踏み入れた。室内にいたシローやワグナーたちがウィルたちに気付いて視線を向けてくる。

 そんなシローの下へウィルは小さな手足をばたつかせて駆け寄った。


「とーさま。へんなひとたちがいたー」

「…………?」


 要領を得ないウィルの言葉に首を傾げたシローがレンに視線を送る。

 レンは街で感じた気配のことをシローたちに報告した。


「監視の気配、とな?」


 報告を聞いたワグナーが顎髭に手をやる。実際に問題が発生したわけではないのだがウィルとレンが気にかけるほどの気配だ。まったく問題ないと割り切ることはできない。


「魔族が正体を隠して監視してきている以上、狙いはありそうですが……」


 シローもただ事ではないと考えているようだ。しかしそれがフィルファリアやトルキス家に害をなそうとしているという確証は持てない。フィルファリアと闇の国との接点が少なすぎる。ザムゼルへの追撃者と考えられなくもないがそれにしては海に放り出されたザムゼルへの対応がお粗末すぎる気もする。

 そうした疑問からシローとワグナーは同じ可能性に行きついた。


「あるとすれば……」

「狙いは光の国の使者か……」


 ザムゼル曰く、闇の国は光の国と戦争を起こそうとしているとのことだ。本国を離れた光の国の使者に対して何らかのアクションを取ってきたとしても不思議はない。

 それも推測の域は出ないが。元々ウィルという最重要案件を抱えているフィルファリアであるからどこかでウィルが狙われているのではないかという警戒心は払拭できなかった。


「先王陛下、どのみち街に出たスケロックが何らかの情報を拾ってくるかと思われますが?」


 ワグナーの脇に控えたカークスがそう進言するとワグナーは小さく唸ってから近場の椅子に腰かけた。


「そうじゃな。夕暮れまでにはまだ間がある。スケロックの話を聞いてから今後の対応を考えるとしよう」


 身構えるにしても情報が少なすぎる。

 そう判断したワグナーはウィルたちからの報告を丁重に受け取り、後ほど人を集めることに決めた。



 日が沈み夜の闇が濃くなり始めた頃、帰還したスケロックからもたらされた情報に一同は驚きと共に難しい顔をした。


「狙いは聖女殿の暗殺、か……」

「おそらくは」


 ワグナーが静かに確認するとスケロックはしっかりと頷いた。

 街の酒場で接触してきた女がスケロックから聞き出した情報。聖女たちの滞在先やその周辺の地形。警備と護衛の数、今後の活動予定など。それらをまとめると狙いが聖女であることははっきりする。


「あんさつ……」


 大人に交じって話を聞いていたウィルも暗殺という単語に神妙な顔をしていた。しかししばらくするとその表情は複雑なものに変わった。


「あんさつぅ……?」


 ウィルのことを知っていればすぐに分かる。その顔はよく分かっていない時の顔だ。


「レン、あんさつってなに?」

「秘密裏に……こっそり殺してしまうことです」


 レンがウィルにも分かりやすく説明するとウィルは驚いてから頬をぷくりと膨らませた。


「よくない!」

「そうですね」


 憤ってみせるウィルをレンが落ち着かせる。だがウィルの怒りは収まらないようだ。

 なんとなく次に続く言葉の予想がついてレンは小さく嘆息した。


「そんなわるい人だったなんて! ウィルがおしおきしてあげる!」


 高らかに宣言するウィル。すぐにでも駆け出してしまいそうなウィルの肩にレンが手を添えた。


「だめです、ウィル様」

「えー、なんでぇ」


 魔法を使えるチャンスだと思っていたのだろう。不服そうな声を上げるウィル。その様子を見ていたラッツがウィルを諫める。


「坊、暗殺者というのは相手を確実に仕留めるために準備していることが多いんだ。危険な相手なんだよ」


 ラッツの言うことはもっともでウィルの力に焦った刺客が仕留めるために準備したなにかをウィルに向けて行使する可能性がある。もしウィルが対応を間違えればウィルの命が危険なのだ。

 ラッツに諭されてもまだ不服そうなウィルだったが大人たちの意見はラッツと同じで話を聞いていたロンがウィルの説得に加わった。


「坊主。庭師の兄ちゃんの言ってることは正しい。レンだって昔は暗殺者との戦闘からは遠ざけてた。今回の坊主と同じようにな。レンは大人しく従ってたぞ」

「むぅ……」


 ウィルがレンの顔を見上げるとレンは涼しい顔で頷いた。

 ウィルが暗殺者と対峙することが危険であることは間違いない。ただいつもなら強く反対するレンが何も言わないのは自分のことを引き合いに出されたからだ。暗殺者との戦闘から遠ざけられていたレンはウィル以上に不満を持っていてシローやロンを困らせていた時期があった。

 そんな過去があるからレンには居心地が悪くウィルの説得をラッツやロンに委ねたのだ。


「暗殺者の対処はこっちでやっとくから坊主はその後の治療活動で手を打っとけ」

「うぅー」


 ロンの提案に唸りながらも迷う素振りを見せるウィル。こうなったらひとまず安心だ。もったいをつけているだけでウィルの心は決まっている。従えば文句なく魔法を使わせてくれると言われているのでわがままを押し通す理由はない。


「しょーがないなぁ。こんかいだけ、こんかいだけね」

(ちょろいなぁ……)


 その場の誰もが思ったことだが言わないのが華である。

 満足して引き下がる様子を見たワグナーは少し気取って見えるウィルに笑みを浮かべると視線を傍にいたロレッタとアルミダに向けた。


「そういう訳で賊の対処は我が国で行うこととするがよろしいかな」

「畏まりました、先王様」

「私としましては聖女に降りかかる火の粉は我らの手で打ち払いたいと思うのですが……」


 ロレッタとアルミダの意見は二つに割れた。アルミダからすれば聖女の護衛が任務なのだから自分たちまで守られるわけにはいかないと考えたのだろう。

 だが聖女の護衛に被害が出ればそれもフィルファリア王国の落ち度であった。

 難色を示すアルミダの前でスケロックが恭しい物腰しで膝を突く。


「そのようにおっしゃられずに、アルミダ様。私にあなた様をお守りする栄誉を――」

「お前は賊を引き入れる手立てを講じる役目だろ」

「ああ、そんな! カクさん!?」


 アルミダに手を差し出すスケロックの襟をカークスが掴んで引きずっていく。

 その様子を見送ったワグナーが視線をアルミダに戻した。


「騎士としては不服であろうがここは我々に任せてもらえんか、アルミダ殿」

「えっ、あっ……はい……!」


 アルミダが慌てた様子で手を引いて頬を染める。どうやら男に手を取られるなど経験がないようで思わず反応してしまったらしい。横で見ていたロレッタも少し驚いていたようだがアルミダの慌てぶりに思わず笑みを溢していた。


「うーん……」

「どうかしたの、ニーナ?」


 大人たちの様子と上機嫌なウィルを少し離れて見ていたニーナが唸る。

 どうやらニーナには気になることがあるようで、ニーナの様子に気付いたセレナが首を傾げた。


「どうかなさいましたか、セレナ様、ニーナ様?」


 ウィルに付き添っていたレンがセレナとニーナの様子に気付いて声をかけるとニーナは真剣な面持ちでレンを見上げてきた。


「ウィルって魔力でいい人か悪い人か見分けられるんじゃなかったの?」


 ニーナに指摘されてウィルがキョトンとしてしまう。確かにウィルは魔力で人の良し悪しを判断している。しかし今回、ウィルはスケロックから魔族たちの狙いを聞くまで敵意を感じ取れていなかった。これは珍しいことだ。

 ニーナの指摘を聞いていたシローたちも気になってウィルに視線を向ける。


「どうなんです、ウィル様?」

「んー……」


 レンがウィルを促すとウィルは腕組みをして唸ってしまった。

 ウィルが頭の中で感じ取った魔力を思い返す。街に広がっていた魔族たちの魔力に悪意は感じなかった。だからウィルとレンは魔族たちを泳がせていたのだ。

 そんな魔族たちの平凡とも言える魔力の流れの中でウィルが気になった点がひとつだけあった。


「ひとりだけ、ちょっとちがったひとがいたー」

「違った人、ですか?」

「そー」


 確認してくるレンに向かってウィルが首を縦に振る。一緒にいてその場で報告しなかったということは思い返して気付く程度の魔力なのだろう。

 ウィルは悩みながらもウィルなりに言葉を選んで告げた。


「ほかのまぞくさんたちはふつーだったけど、そのひとだけー。ちょっとどーしよー、ってかんじのまりょくだった」

「どうしよう? 迷っていた感じですか?」


 ウィルの説明からそれが気の迷いだったのではと容易に想像がつく。暗殺には一番持ち込んではいけない感情だ。

 もちろんウィルがそう感じただけの可能性もあるが。少なくとも魔族たちにもよほどの理由があっての行動なのだろう。

 だからといって見過ごせるわけは当然ない。特にザムゼルにとっては同胞の愚行だ。


「どのような理由であれ、罪のない者の命に手を伸ばすのであれば悪は悪。処罰せねばならない」


 闇の国の代表として暗殺者の生死を問わないザムゼルの姿勢に見かねたシローが嘆息した。


「ロン、カルツ」

「分かっている」

「私も話を聞いてみたいですね。それに命のやり取りを外交の盾にされるのもつまらないですから」


 シローたちは極力暗殺者を痛めつけずに無力化したい考えだ。相手の事情を聴き出すのにもそのほうが都合もいい。

 シローがワグナーの方へ向き直る。


「先王陛下」

「うむ、シローたちに任せよう。スケロックが上手く手引するはずじゃ。よく連携するように」

「「「はっ」」」


 ワグナーもシローたちの考えに理解を示して暗殺者の迎撃をシローたちに任せた。


「必要な人員も選別してくれ。儂らは高みの見物とさせてもらおう。のぅ、ウィルよ」

「たかみのけんぶつー」


 招かれたウィルが嬉しそうにワグナーへと駆け出す。ワグナーはロレッタたちやウィルたち、今回の非戦闘員を集めて今後の動きの確認を始めるのであった。


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