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迫る闇

 港町から少し距離のある場所に旧時代の打ち捨てられた灯台がある。今はなんの機能も果たさず荒れるのみであるその場所は野生の魔獣の住処となっていて人が訪れることも稀であった。

 しかしそんな灯台から微かに零れる光と人の動く気配があった。魔獣を排除し息を潜めた人影たちには特徴的な角が生えていた。有角種――つまり魔族である。


「ぐっ……!」

「「「ソフィア様っ!」」」


 灯台の地下の一室にて、長い髪の女性騎士が男に突き飛ばされて尻もちをつく。牢に捕らわれた女兵士たちがそれを見て悲鳴を上げた。

 ソフィアと呼ばれた女性を突き飛ばした男が苛立たし気に舌打ちする。


「ピーピーギャーギャーと……少しでも騎士の自覚があるなら主家に命じられた任務くらい黙ってこなせばいいものを……」

「それが……納得いかないと言ってるんです」


 ソフィアがゆっくりと立ち上がり男を睨みつける。

 最初は密偵という話であった。フィルファリア王国に大きな動きがあったとかでその調査に駆り出されたのだ。だがここに来て指揮官である男から真の目的が告げられた。


「フィルファリア王国に向かった光の国の使者を暗殺しろなどと……ケイセル様の言葉とは思えません!」

「俺はケイセル様の家臣、ダウンゼン様から直々に命じられたのだ。戦争前に光の国とフィルファリア王国が同盟を組むのを阻止しなければならないと」


 上手く暗殺できればフィルファリア王国領内での不祥事。光の国とフィルファリア王国の同盟も立ち消える。そういう考えで彼らは動いていた。


「そもそも戦争の噂だって本当に始めるつもりかどうか……」

「お前は箱入りのお嬢様だもんな。領内で暗躍していた集団がいたのは知らねぇか……」

「それは……」


 恨めしそうに睨む男からソフィアが視線を逸らす。ソフィアも当主を務める兄から聞いていた。白いローブを身に纏った集団が領内で度々目撃されているという話を。そしてその集団が目撃されると決まって不可解な事件が起こるのだ。

 確かに白は光の国を象徴する色ではある。だがソフィアの兄は光の国が関与している証拠は今のところないとも言っていた。それなのに戦争を前提に話が進んでいる。ソフィアにとってやはり納得のいくことではなかった。


「今回の不服従については貴様の部下の拘束で大目に見てやる。釈放して欲しければ結果で示すんだな」


 男が言葉でソフィアを突き放す。

 ソフィアも部下を盾に取られてはこれ以上食い下がるわけにはいかなかった。強引な真似をしてもソフィア一人でどうにかなるものでもない。この部隊で自分の部下たちを除けばソフィアの味方はどこにもいないのだ。

 結局ソフィアは大人しく引き下がった。

 地下室を後にするソフィアと入れ替わるように地下室の端で成り行きを見守っていた別の男が指揮官の男に声をかけた。


「生真面目なお嬢様が暗殺部隊に選別されればこうなることは分かってただろうに……」

「知らねぇよ。ダウンゼン様の指示だ。無視するわけにもいかねぇ」


 指揮官の男もソフィアが選ばれた理由を知らなかった。そもそも彼自身も暗殺を得意としているわけではない。今回の人選に疑問を覚えていないわけではなかった。

 だが六名家に仕えている以上、上司からの命令は絶対だ。光の国がフィルファリア王国と良好な関係を築くのを阻止しなければならない。


「つまんねぇこと言ってねぇでお前も行け」

「わかってる。これ以上光の国の奴らに好き勝手させる気はねぇ」


 男はそう言い残して地下室を出ていった。

 残ったのは指揮官の男と捕らわれたソフィアの部下たち。そしてもう一人――


「おい」


 指揮官の男に声を掛けられて部屋の隅にいた少女がびくりと体を震わせた。従軍するにはまだ幼い容姿をしている。この少女も代々伝わる魔法の使い手ではあるがなぜ部隊に選別されたのか謎であった。


「余計なことはするなよ? 脱獄させたら殺さなきゃならなくなる」


 念を押す指揮官に少女が首を縦に振る。

 この今にも壊れそうな牢屋が機能しているのは少女の拘束魔法が込められているからだ。彼女自身が鍵でもあって情にほだされた少女が勝手に牢を開けてしまう可能性もなくはなかった。

 指揮官も別にソフィアの部下を殺したいわけではない。だが脱走されれば軍規に照らし合わせて殺さなければならなくなる。そういった意味の念押しであった。


「ふん……」


 必要以上に少女を怯えさせてしまって居心地の悪くなった指揮官は小さく嘆息すると用のなくなった牢屋を後にした。



 拠点となっている灯台の周辺はある程度の安全が確保されているとはいえ夜間に出歩くには適さない。

 それでもソフィアはなんとか一人でいられる場所を見つけて空を見上げた。

 部下を捕らえられている以上、命令には背けない。しかしやはり自分が正しいことをしようとしているとは到底思えなかった。


「兄さま……私はどうすれば……」


 ソフィアの兄は六名家当主ケイセルの側近。ソフィアにとっては頼れる兄だ。しかしその兄とは従軍前に連絡が取れなくなっていた。ケイセルの側近として忙しい日々を送っているのかもしれないがそれでも連絡を怠るような兄ではない。

 ソフィアが不審に思って兄に連絡を取ろうとしていたところに今回の命令が下された。六名家に仕える家柄のソフィアがその命令を無視することはできない。無視することはできないが、しかし――

 ソフィアの疑問に答えてくれる者はどこにもいない。結局ソフィアは部下を救うため作戦に参加するしかなかった。

 ソフィアの手に握りしめられたハルバードは彼女の心を表すように微かに揺れていた。




 無事に四カ国での協議が始まり子供たちは暇になった。

 シローは屋敷の警護、セシリアも治癒術師として屋敷で控えることとなりウィルたちにできることと言えば非番となったアリーチェたち聖女候補生と交友を深めることくらいだ。

 もっともアリーチェたちもフィルファリア側で異彩を放つウィルの人となりを探るためにちょうどいい機会であった。


「アリーチェさんとかりけーやくした鳥のげんじゅーさんは『こーよく』っていってね、ひかりのくにのだいげんじゅーさんのけんぞくなんだって。ひとひらさんがいってた」


 魔法のことを誰かに話したいウィルはアリーチェたちの質問に快く答えていた。裏表がなさ過ぎてアリーチェたちも困惑するレベルだ。だがこれがウィルのいつものスタンスでアリーチェたちの心配を他所に今日の付き添いであるレンも気にした様子はない。

 魔法は秘匿されるべきもの、という世界の常識はウィルには通用しないのだ。そのことをレンから説明されてもアリーチェたちはぽかんとするばかりで。周りが驚く見慣れた光景にセレナは苦笑いを、ニーナとアニアは驚くアリーチェたちに嬉しそうな忍び笑いを浮かべていた。


「『光翼』……きゃっ!」


 復唱するアリーチェから鳥の幻獣が溢れそうになってアリーチェが慌てる。

 ここは港町の道端でそれなりに人の目もある。特別な存在である幻獣をあけっぴろげに召喚していい場所ではない。

 そんなアリーチェの様子にウィルは笑みを溢した。


「けーやくしてなれてくればこっそりだすこともできるよー」


 見せびらかすようなウィルの肩には透けて見える蛇の幻獣ウカの姿があった。首に蛇をまいているというとんでもない光景だがウカは大人しいもので視線だけアリーチェの方へ向けた。


「でもメリア様の眷族と聞くと……勝手に契約していいものか迷ってしまうわ」

「…………?」


 後は幻獣に名をつけるだけで契約は成立する。そもそも仮契約の時点で幻獣側は特別な理由がない限り契約する気でいるのだ。

 それなのに渋るアリーチェや同意する他の聖女候補生を見てウィルは首を傾げた。


「なんでー?」

「それはおそらく光の国――とくに聖女様たちがメリア様を信仰しているからではないかと」


 ウィルの疑問に答えたのはレンと同じく今日の付き添いであるマイナであった。

 メリアを信仰している以上メリアの眷族と勝手に契約していいものか、聖女候補生であるアリーチェたちは迷ってしまうのだ。契約するにしてもアリーチェたちを統括する存在――大聖女にお伺いを立てるべきなのではないかとアリーチェたちは考えていた。


「ほーん……」


 マイナに教えられても精霊や幻獣を友達として認識しているウィルはあまりピンときていないようだ。


「じゃー、ウィルがメリアにおてがみ書いてあげるね。アリーチェさんと『こーよく』がけーやくできるよーに」


 ウィルがやる気になってマイナが苦笑いを浮かべる。メリアを信仰しているアリーチェたちの前で呼び捨てはあまりいいことではない。

 だがウィルが何かを言われる前にニーナが上手く発言をした。


「ウィルはもうレクス様とユルンガル様、友達だもんね」

「そー。ウィルはレクスとユルンガルとともだちー」


 レクスもユルンガルも一般的に知られた名だ。アリーチェたちもそれが地の大幻獣と水の大幻獣であると知っている。


「友達、なの?」

「そーだよ」


 何でもないように言ってのけるウィルにレンもマイナも否定する様子はなく、それが当然と受け入れられている様子にアリーチェたちはまたも驚いた。


「世界広しと言えど大幻獣と友達になれるのはウィル様くらいでしょうね」


 背後から予想していない声がかかって全員が声の主の方へ振り向く。ウィルたちの背後にいたのはスケロックであった。

 全員の視線にポーズを決めて応えるスケロックを見たマイナがあからさまに眉根を寄せる。


「ええい、子供たちの視界に映るな有害物件め」

「ひどい言われようだなぁ」

「当然でしょ。聖女候補の女の子に手なんて出された日には国際問題よ?」

「やだなぁ。さすがに学生には手を出しませんって」


 腰に手を当てて睨みつけるマイナにおどけるスケロック。その様子はどことなく気心が知れているように見える。


「マイナとスケさんはなかよしだよねー?」


 ウィルが見たまま告げるとマイナが嫌そうな顔をした。


「やめてください、ウィル様。顔見知りなだけです」

「マイナちゃんはお父上の仕事上、王宮によく遊びに来てましたし私も先王陛下の護衛で王宮に詰めていましたので。子供の頃から知ってるんですよ」


 マイナの父親はフィルファリア王国の御庭番の頭目である。その役割のためマイナは城の敷地内にある住まいで暮らしていた。散歩好きのワグナーとはそこで話し相手になっていたりしたのだ。

 スケロックとはその頃からの付き合いである。


「別にそこまで仲悪そうには見えないわね」


 ニーナもウィルと同じ感想なのかマイナが言葉に詰まってしまう。それはレンや他の娘たちから見てもその通りであった。

 みんなの視線がマイナに集まりマイナは言葉を濁した後ぽつりと呟いた。


「昔、まだ私が何も知らなかったころ……スケロックの振る舞いが男としての標準だと勘違いいたしまして……その、ラッツに言及してしまったことが……」


 ウィルはよく分からずきょとんとしてしまっていたが。ウィル以外は何があったかなんとなく察して苦笑いを浮かべてしまった。もちろん当時のマイナが恥をかいてしまったことは言うまでもない。

 思い出して恥じたのかマイナが恨めしそうな視線をスケロックに向けて唇を尖らせる。


「任務と亡くなったお義姉さんとの約束を体現していると言えば私だって勘違いしなかったんですよ……」

「おっとマイナちゃん。それは秘密事項だよ」


 小声で責められて慌てたスケロックが人差し指を唇に当てて一歩下がった。これ以上一緒にいては具合が悪いと思ったのかスケロックが恭しく一礼する。


「それでは皆様、私めは街の調査がございますのでこれにて失礼。聖女候補生の皆さま、フィルファリアの港町を思う存分ご堪能下さいませ」


 顔を上げてからは陽気に手を振り去っていくスケロックをウィルがぽかんとしたまま見送る。

 他の子供たちもスケロックが何をしにきたのか分からず似たり寄ったりの反応であったが聖女候補生の中にはスケロックのことが気になって熱い視線を送っている者もいた。

 それが少し気になってマイナが釘を刺す。


「聖女候補生の皆さま、スケロックに気を許すのはおよしになった方が賢明ですよ? 女性と見れば見境ないのは確かですので」


 マイナからすれば心配しての忠告であったが事情を理解しているアリーチェなどは苦笑いを浮かべていた。


「その……聖女候補生の学校って女性しかいなくって……」


 その性質上、男と知り合う機会が皆無であるらしい。スケロックのように顔が良く物腰柔らかな男性であれば興味を持つ少女もいるということだろう。

 困ってしまうマイナにやはりよく分かっていないウィルは首を傾げていたがふと遠巻きに見られているような気配を感じて意識を集中させた。

 不自然にならないように広げた探知魔法の網に気になる気配がいくつか引っかかる。気配は特にウィルたちと距離を詰めようとはせず気付かれないように様子を伺っているようだ。


『レン、きづいた?』

『見られてますね』


 ウィルが通信魔法でレンに確認するとレンは既に気づいていたようだ。気付かれないように周囲を警戒している。


『たぶんまぞくさんだよ。まほーで角をかくしてる』


 ウィルの探知魔法は気配の主たちが霧属性の魔法で角を隠して人間を装っていることまで見抜いていた。

 一瞬、レンが考えるような間が空く。


『目的が分かりませんね』


 光の国の使者や漂着したザムゼルのことなど標的になりそうな事案はいくつかあるが周囲で監視されているだけでは相手の狙いまでは推し量れない。ザムゼルの迎えと考えるには発見するのが早過ぎるしそもそも隠れてこちらを伺う必要は全くない。


『どーするー?』


 このまま予定通り観光を続けるか、それとも屋敷に引き返すか。ウィルが尋ねるとレンからの返事はまた少し間があった。


『……このまま観光を続けましょう。こちらが気付いたことを知られて行方をくらまされるのも厄介ですし……』

『わかったー』


 レンの提案にウィルは素直に従って。それとなく警戒を続けながらアリーチェたちと港町を巡るのであった。


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