アンデットが苦手で嫌いな理由
その日の夜――
ウィルたちは広い部屋を選んでアリーチェの治療を開始した。
「大丈夫、アリーチェ?」
心配したロレッタがアリーチェの様子を伺うとアリーチェは笑みを浮かべてロレッタを見返した。
「大丈夫。ウィルちゃんのこと、信じてるから」
事前に説明を受けているのだろう。アリーチェからはウィルに疑いを持っている様子は見られない。一方、ロレッタは幼いウィルがアリーチェの治療を担当することにどうしても不安を拭いきれないようだ。相手が高位の不死――アンデッドだと聞けばその恐ろしさをよく知るロレッタが不安に思わないはずがないのもしょうがないことなのだが。
「だいじょーぶ。ウィルにお任せー」
ウィルはというとこれから難敵を相手にするというのに微塵も気後れしていない。難敵という認識すらないのかもしれない。
「それじゃーはじめよっか」
ウィルが音頭を取ってロレッタがアリーチェから離れた。様子を見守るために集まったワグナーたちの方へ向かう。そこにはアルミダも控えていてロレッタと同じような心持なのか少し落ち着かない様子であった。
微かな不安を覗かせるロレッタたちを見たロンが小さく嘆息する。
「心配する必要はない」
そんな風に声をかけるロンはやはり微塵も心配していない。部屋に集まった者たちで心配しているのは光の国の使者たち以外ではセシリアやレンくらいのものだ。
セシリアは母親として、レンは教育係として。やはりウィルが戦いの先頭に立つのを快く思っていないのだ。それは仕方のないことだとロンも思う。だからロンはセシリアたちにとやかく言うつもりもない。だがロレッタたちはウィルのことを知らないのだ。声をかけておく必要はあると感じていた。
ロレッタたちがロンに視線を送る中、ロンはウィルの方へ視線を向けた。ウィルのことを知らないのであれば実践の中でウィルのことを知ればいい。
「見ていればわかる」
言葉にはしないがそれはなぜフィルファリア王国を中心に大きな同盟が出来上がったのかということも含まれている。ウィルが力を見せる以上、気付かれないと考えるのは虫が良過ぎる話だ。
ワグナーもロンと同じように考えているのかロンの言葉を遮る様子はなかった。ただ静かにウィルがもたらすものを見届けようと視線を送っている。
「クローディア」
ウィルの呼びかけに応じてクローディアが姿を現す。それだけで光の国の使者たちはどよめいた。ロレッタたちもクローディアの姿を見るのは初めてのことだ。
アリーチェがウィルに促されて部屋の中央に用意されたベッドの上で横になる。
「ウィル、始めるわね」
「おねがいー」
ウィルに確認してからクローディアが横になるアリーチェへ魔法をかける。その間にウィルはカルツへ向き直った。
「カルツさんもー」
「お任せ下さい、ウィル君」
ウィルに促されたカルツが空間魔法で結界を作り自分たちと見守る者たちとを隔てる。これで何かあったとしても不死が逃げ出すことも外側にいる者に手を出すこともできない。結界の中の人間はウィルとシロー、カルツとベッドで眠りに落ちたアリーチェだけだ。
ウィルが傍で護衛を勤めるシローの顔を見上げた。
「とーさま、ウィルも始めるね」
「ああ、任せた」
シローが頷いてみせるとウィルはやる気を漲らせてアリーチェに向かって手をかざした。ウィルには見える完結しない魔法にウィルの魔力が干渉していく。
ウィルはすでに完結しない魔法の解析を終えている。この完結しない魔法の正体にも気づいていた。
(だいじょーぶ、もーだいじょーぶだよ)
それはこの完結しない魔法がアリーチェを不死から守っていたこと。この魔法はアリーチェだけのものではない。アリーチェを助けようとした幻獣とアリーチェの魔力が結びついて発生したものだった。
だからウィルはアリーチェを守り続けていた幻獣に魔力を通して語りかけた。
アリーチェと幻獣の魔法とその隙間に巣食う不死の存在をウィルが魔力で切り離す。解された魔法から幻獣が飛び出して不死の気配が溢れ出た。
『この死霊の主と夜の闇に対峙しようと申すか、愚か者め!』
声だけが先に室内に響く。その声と気配の不気味さは結界の外であっても身をすくませる者がいるほどだ。
不死と対峙することの多い光の精堂に所属する魔法使いであってもその迫力をいなすのは難しいだろう。だが――
「きたれ闇の精霊さん! 闇間の鎖縛、我が敵を縛めよ、影帯の枷」
魔素の動きまでその眼で捉えるウィルに不死の脅しは効果がなかった。ウィルの展開した闇属性の拘束魔法が出現した不死を即座に捉える。スケルトンのような外見だがしっかりとしたローブに身を包みはっきりとした意思が落ち込んだ眼孔に光を宿している。
「リッチってやつか……?」
その外見から種族を察したシローの手に微かな力が籠もる。確かに楽観視していい相手ではない。リッチというだけでも不死の上位種であるというのに目の前の存在からは身を包むローブや威厳からそれ以上の強さを感じる。
「おそらくただのリッチではありませんね……」
カルツもシローと同じように考えていたのか、いつでも動き出せるように意識を集中させている。
そんな中にあってウィルと不死との間にお互いを推し測るように相手を観察していた。
『小さき者よ……儂に闇の魔法で対抗するつもりか? 闇の眷属であるこの儂と……』
ウィルの初動の早さに驚いたのだろう。拘束されたリッチが値踏みするようにウィルを見下ろす。
だがウィルはリッチの言い回しが癪に障ったのか、露骨に不機嫌そうな顔をした。
「うそつきー! おまえは闇の眷族じゃないでしょー!」
『……なに?』
リッチの言葉を否定するウィルにリッチが怪訝そうな反応を見せる。
ウィルはさも当然のことであるかのように続けた。
「おばけさんの力は闇の魔素じゃないでしょ。もっとじめじめした、いやなかんじでしょ!」
一瞬なんのことを言っているのか、聞いていた者たちも不思議に思った。どうやらウィルは不死の力の源が闇の魔素ではないと言いたいらしい。それなのにリッチが闇の眷族と自負していることに憤りを感じているようだ。
「ウィルはおばけさんがきらいだ! おまえたちは光がいやだから闇に逃げてるだけで闇の魔素はおばけさんの味方なんかじゃない!」
リッチに対して敵意を見せるウィル。傍から見ればそれは人として至極当然の立ち振る舞いなのだが敵意を向けられたリッチは滲み出るような焦りを感じていた。
(こやつ……不死の本質を……?)
リッチには分かっていた。ウィルの言っていることが間違いではないと。
不死の魔物というのは負の感情を糧として力を発揮している。その中には闇に対する恐れなども含まれていて闇の魔素自体には不死の魔物を成長させる要素はない。
だからウィルが闇属性の魔法で拘束していたとしてもリッチに闇属性への耐性があって有利に動けるということはないのだ。
他の者であれば不死の存在に対して闇属性の魔法を使うことに恐れや懸念があるかもしれない。だがウィルにはそうした恐れや懸念は微塵もなかった。それどころか不死の存在のせいで闇属性の魔法が悪く思われるのが嫌だったのである。
「闇ぞくせーのまほーはほんとはやさしくて強くてかっこいいのに……おまえたちのせいでわるくいわれるんだ!」
ウィルの話を聞いていたセレナはふと気になってザムゼルの表情をこっそりと伺った。ウィルの言う闇属性への悪評はザムゼルの語った迫害の話に通じている。その話を語って聞かせたザムゼルがウィルの偏見のない意見を聞いてどのような表情をしているか気になったのだ。
ザムゼルは少し驚いていてそれから微かに笑みを浮かべていた。その反応でザムゼルがウィルの発言を好意的に受け止めてくれていると分かる。
『うっ……ぬぅ……』
リッチがウィルの拘束から抜け出そうと力を籠める。会話の間もリッチはウィルの拘束魔法から抜け出そうと画策していた。会話の中で相手を絡め捕って術中に嵌めるのも高位の不死の常套手段だ。しかし――
(なんだこの馬鹿みたいな強度の魔法は!)
ウィルの拘束はびくともしなかった。完全に抑え込まれている。これではウィルが魔力を消耗するまで抜け出すことは叶わない。リッチとしては拘束魔法に負荷をかけ続けるしかなかった。
(いや、焦るな……まだチャンスはある)
ウィルの拘束魔法が如何に強力とはいえ相手は子供。魔力量にも限界はある。このまま拘束し続けられるはずがない。それに周りの護衛も不死に対して決定的な力を持っているようには感じなかった。それができるなら子供を先頭に出すはずがないのだから。
「おねーさんにめーわくかけたことを謝ってじょーかされなさい!」
ウィルの言葉に反抗するような笑みをリッチが浮かべる。ウィルの言う浄化される要素がリッチの目には見当たらない。つまりはブラフなのだと。その考えがリッチに余裕を持たせていた。
『浄化だと? やれるものならやってみるがいい!』
決定打がないのならウィルたちを焦らせることも可能だ。そうすれば自然とリッチに対する恐れや負の感情も増していく。リッチが力を得る絶好の機会となる。
そのはずであった。
「わかったー」
ウィルから返ってきたのはあっけらかんとした答えであった。
左手をリッチに向けたままウィルが右手を引く。
ここに至ってリッチは気が付いた。ウィルが全力でなかったことを。左手に添えた魔力だけでリッチを封じ込めていたのだ。
ウィルの右手に左手の闇属性とは真逆の光属性の魔法が構築されていく。
(馬鹿なっ!? 左右で相反する光と闇の魔法を同時に……しかも同じ強度でだと!?)
そんなことができるなど長く存在し続けたリッチでも知らぬことであった。だがウィルは間違いなく左手で支える闇属性と同じ強度の光属性の魔法を操っていた。
『ま、まてまてまて!』
リッチの余裕はどこかへと吹き飛んでいた。自分を封じ込めていた魔法がただの片鱗で、今見せているウィルの所作が本来の姿であるというのならその魔法能力は技術や総量ともに桁外れということになる。そうでないと説明がつかないのだ。単純な足し算などでは実力を推し測れない。
『貴様、儂が怖くないのか? 誰もが恐れる不死の存在なのだぞ?』
もはや恥も外聞もない。リッチの頭は如何に逃げ延びるかということでいっぱいであった。それほど圧倒的な力の差を感じていた。少しでも有利に働くならとウィルへ必死に問いかける。
だがウィルから返ってきた言葉はとんでもないものであった。
「そんなにー」
『な、なぜだ!?』
「だっておばけさん。きれーな服きてるし、はっきりお話しできるし、怖いとこないよ?」
ウィルの発言を聞いて面食らってしまう者もいればロンのように吹き出してしまう者もいる。
整えられた衣装も会話が成立する高い知能も高位の不死としての証明だ。ところがウィルが苦手としている怖い不死のイメージはゾンビやグール、スケルトン。または低級な怨霊といった希薄な意思と不衛生な見た目に代表されるような存在なのである。
つまりウィルはそれら低級の不死と比べてそれなりの身なりをして会話できるリッチの方が良い印象を持っているのだ。
実力のほどは見えている敵ならウィルにとってゾンビもリッチも大差ない、ということなのだろう。
「きたれ光の精霊さん。明けの福音、彷徨える不浄の夜を祓え、暁光の波紋!」
それ以上の問答もなく、ウィルが浄化のための魔法を完成させる。
そうまでしても底の見えないウィルの魔力にリッチは完全に抵抗を辞めた。まるで巨大な壁に突き当たってしまったかのように。目覚めて即対峙したのがウィルであったのがリッチの運の尽きであった。
『化け物め……』
自分の姿は差し置いて、そんな風に呟いたリッチは諦めの笑みを浮かべてそのまま光に包まれた。抵抗を辞めたことで静かに浄化されていったリッチはあっさりと光に溶けて怨嗟の声もなく消えていった。
全てが終わったことを見届けたシローが魔刀から手を離す。同時にカルツも結界を解いて周りから安堵するような息遣いも漏れた。
「ネル、バハリム」
ウィルが呼びかけてアリーチェの守護についていたミネルヴァとバハリムを呼び戻す。
「おねーさんのおかげんはー?」
「リッチからの影響はありませんわ。即座に捕縛したのが良かったようですわね」
「魔力の巡りも滞りなく。これなら明日にも元気になるであろう」
ミネルヴァもバハリムもウィルの懸念を予想していたのだろう。すぐに答えて安堵したウィルが笑みを浮かべた。
そんな一仕事終えたウィルの元へ何かが舞い降りてきた。二、三度羽ばたいてウィルの小さな肩に着地する。
「ウィル、その幻獣は?」
淡く輝く白い鳥を見たシローがウィルに尋ねると白い鳥はウィルに礼を告げるように頬ずりしてからまた飛び立って眠るアリーチェの横に着地した。
「あの子は光のげんじゅーさんだよ。おねーさんをずっとおばけさんからまもってたの。かりけーやくみたいな感じかな?」
白い鳥はアリーチェの傍から動く様子を見せない。どうやらアリーチェのことを近くから見守っているようである。
「あの……」
ウィルたちがアリーチェと幻獣の様子を伺っているとロレッタとアルミダがウィルたちの下までやってきた。他の光の国の使者たちも彼女たちに追従している。
「もう大丈夫ですよ」
「もーすこししたらおきるとおもうー」
シローとウィルからアリーチェの無事を知らされてロレッタたちはようやく安心できたようだ。表情から硬さがなくなっている。何名かはすぐにアリーチェの元へ向かって様子を確認するようだ。
ロレッタとアルミダはその場に残ってウィルたちに深々と頭を下げた。
「アリーチェは聖女候補生や光の国の使者と言う前に私たちとは同郷で妹のような存在なのです」
「私事であり場にそぐわないのは重々承知の上なのですがアリーチェをお救い下さり誠にありがとうございます」
ウィルには難しい事がよく分からなかったがシローたちは理解していた。アリーチェを救ったことと彼女たちが同盟の真意を問いに来たのはまた別の話なのだ。
だからウィルの発言は誰からも責められることではなかった。
「ウィルたちは光の国の使者さんと仲良くなるためにきたんだもん。こまってたらたすけてとーぜん」
胸を張るウィルにシローとカルツが苦笑いを浮かべてしまう。大人の事情はややこしい。
だがウィルの言葉が全く通じないわけではなかった。ロレッタたちも目を細め、ウィルの活躍を労ってくれた。
一通り賞賛を受けたウィルがシローに向き直る。
「とーさま、ウィルはちょっと疲れたのでお休みます」
「その前に先王陛下へ報告だろ?」
「そーでした」
シローにやんわり窘められたウィルが照れたように頭を掻く。シローはそのまま後のことをカルツに任せ、ロレッタたちに別れを告げてからウィルと共にワグナーへと報告に向かった。
精霊たちを引き連れて歩くウィルの背を見送ったカルツが小さく笑う。
「ウィル君の気持ちも分からなくはないのですが……」
それはロレッタたちも同じである。個人的に仲良くなることに何の問題もない。国家の判断に私情を挟めないだけだ。
カルツもそれ以上は同盟のことに触れずロレッタたちの方へ向き直って笑みを見せた。
「今はアリーチェさんの全快を祝ってあげてください」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
促すカルツにロレッタは笑みを浮かべてお辞儀をすると使者たちと共にアリーチェの方へ向かうのであった。
翌日――
光の国の使者を迎え入れて四カ国での協議が始まった。
フィルファリア王国を代表するワグナー。ドヴェルク王国を代表するマルガレーテ。闇の国を代表するザムゼル。そして光の国を代表するロレッタ。
ロレッタの最大の懸念であったアリーチェの病も完治したことでその表情は晴々としたようにも見受けられる。
「話がうまくまとまればいいのだけれど……」
椅子に腰かけて窓の外に視線を送るアリーチェ。それを見たウィルはきょとんとしてしまった。
ウィルはアリーチェの体に問題が発生していないかクローディアと共に調べるためにアリーチェの部屋を訪れていた。
「あっ、ううん。なんでもないの」
ウィルに余計な心配を掛けさせてしまったかとアリーチェが謝る。だがウィルは何でもないかのように笑みを浮かべた。
「ウィルにはよくわかんないけどー」
そう前置きした上でウィルが続ける。
「ウィルとアリーチェさんたちはもーなかよしでしょー?」
もちろん国同士で仲良くなる方がいいということはウィルにだってわかる。だがすでにこうしてアリーチェたちと分かり合えているという事実が今のウィルには大切なのだ。
「きっとみんな、なかよくなれるよー」
ウィルはそう信じている。
ウィルの表情を見ていると自然とそのことが伝わってアリーチェからも笑みが零れた。
「そうね。私もそう思うわ」
アンデッドによって苦しめられてきたアリーチェにとってもフィルファリア王国は忘れられない国となった。そして命の恩人であるウィルへの感謝も揺るがないものだ。両国が良い関係を築くことはアリーチェの願いでもある。
(きっと……)
そんなアリーチェの希望を繋ぐように。淡い光を放つ白い鳥の幻獣は二人の足元に寝そべる風狼のレヴィへと身を預けていた。




