診断結果
光の国の使者たちを港に迎え入れたシローたちは主要な人物を集めて会議を行った。
アリーチェの状態を診たウィルの見解を整理すると以下のようになる。
アリーチェの体は通常の魔力の代謝とは別に魔力が行使され続けている。そのせいで慢性的な魔力切れを起こしているのだと。原因は過去に行使した魔法が完結していないからだ。不死に対抗するために発動した魔法が効果を発揮し続けていてアリーチェの魔力を要求し続けている。
「ウィル君はアリーチェさんと対峙した不死の存在が不完全な魔法の裏側の空間を利用して休眠しているような状態だと考えているようです」
壇上でウィルの見解を書き記していたカルツが集まった人物たちの方へ向き直る。そこには当然ロレッタやアルミダもいて彼女たちの表情は芳しくない。光の国というのは光の大幻獣を信仰していることもあり不死の存在や不浄な存在に対して圧倒的な強さを誇ると言われている。それがアリーチェに害をなす不死の存在に気付けなかったのだから当然か。
「魔法の裏側か……そのような力を持つ不死がいるのか?」
さも当然のように集まった者たちと肩を並べてカルツの話に耳を傾けるワグナーにカルツは笑みを浮かべて告げた。
「高位の不死の中には不可解な術を有するモノも存在しています。今回の不死が元々そういう術に長けていたのか咄嗟の行動だったのかは計りかねますが……」
少なくともウィルはアリーチェに憑りついている不死の存在を高位と位置付けたようだ。高位の不死と対峙するには相応の戦力と準備がいる。
「ふむ……」
ワグナーは頷いて理解を示すとカルツと同じく壇上にいたシローの方へ視線を向けた。
「シローよ。どのようにして戦うつもりだ?」
フィルファリア側にも光属性を得意とする魔法使いはいるが高位の存在を相手取れるほどの戦力はない。だからといって光の国の使者を戦力として計算するのは虫のいい話だ。不死に対応しようとするフィルファリア側としても沽券に関わる。
シローは小さく嘆息するとあまり気乗りしない表情でワグナーに視線を向けた。
「ウィルが対処するそうです」
「そうか……」
納得するワグナーとは対照的に光の国の使者たちからはどよめきが起きた。当然だ。船上で出会ったあの幼い子供が高位の不死と対峙しようというのだから。
だがフィルファリア側にとってウィルが高位の不死と対峙することは予想の範囲内ではあった。ウィルは国を滅ぼすとされる怨霊鯨を討伐したこともあるのだ。戦力だけで見れば不死との戦闘はこの中の誰よりも長けているのだ。
「我々もお手伝いします」
「なにもあのような幼子を戦闘に立たせなくとも……」
ロレッタとアルミダの発言ももっともであったがシローとワグナーがその申し出を受けることはなかった。
「ウィルはなんと言っている?」
ワグナーの確認にシローが苦笑して肩を竦める。その様子でトルキス家に近しい者たちはウィルの発言になんとなく予想がついた。
「アリーチェさんが苦しんでいるんだから助けてあげないと、と」
「ウィルらしいな」
ウィルはもうアリーチェを助ける気満々なのだ。そこに両国間の打算が含まれていないのは明白である。困っている人がいるから助ける。ウィルからしてみればそれだけの事なのだ。
ワグナーもウィルの様子に満足げな笑みを浮かべて話を続けた。
「準備は滞りなく進んでおるか?」
「はい。決行は今夜。カルツの魔法で隔離して行います」
「夜ですか?」
光の国の使者から疑問の声が上がる。不死とは基本的に夜の方が活発に行動する。だから昼間のうちに対処しようとするのが自然だ。
「ウィル君の話によると昼間は不死の気配が希薄で奇襲を受けやすいそうです。だったら夜に対峙した方が戦う以外の判断を遅らせられる、と……」
「戦う以外の判断……?」
「あいつらピンチになったら他の人おそおうとするし、だそうです」
ロレッタの質問にカルツがウィルの言葉を引用して答える。確かに不死の中でも狡猾な怨霊は自分の不利を悟ると逃走して違う獲物を求める傾向にあった。ウィルはそうした怨霊の動きをすでに知っている。
ロレッタたちはウィルの知識が正しいことを確認したがその元となったのが怨霊鯨という化け物と対峙したことがあるからだとは夢にも思わないだろう。
(確かに私たちもクラーケンから私たちを守ろうとしたウィルベルという子供の力を目の当たりにした……しかし、不死との戦いはまた別のものだ。頼りきってしまうのはどうなのだ……?)
ウィルが戦うことに今一つ納得ができないアルミダ。その様子にシローが気付いてアルミダに声をかける。
「ご心配には及びません、アルミダ様。護衛には私もつきます。我が子だけを戦場に立たせませんよ」
「はぁ……」
見透かされて曖昧に頷いてしまったアルミダだったがそれを最終決定としたワグナーによって話は打ち切られた。
「シローよ。我らは高みの見物でよいのかのぅ?」
「お任せ下さい、先王陛下。必ずやアリーチェ嬢の命を救って見せます」
「よし、任せる。光の国の使者殿たちにも失礼がないようにな」
ワグナーが席を立ち、全員がそれを見送る。
残されたロレッタたちはまさか自分たちの横に陣取っていた老人がフィルファリア王国の先王とは知らず、目を白黒させていた。
会議が終了するとシローはロレッタとアルミダと共にアリーチェの元へ向かった。光の国の使者たちに用意された宿舎はシローたちの屋敷と同じ敷地内にあり移動も時間はかからない。
アリーチェの部屋に通されるとそこにはウィルと付き添いのエリス、アリーチェの世話をしている聖女候補生が横になるアリーチェの様子を伺っていた。どうやらアリーチェは眠っているようである。
「ウィル、アリーチェさんの様子はどうだ?」
アリーチェのベッドの脇に腰かけていたウィルがシローを見上げる。その表情は明るく自信に満ち溢れていた。
「いまはクローディアのまほーで寝てるー。夜にまたねむってもらうけどー」
「解呪が必要なんだったな」
「そー」
シローの言う解呪とはアリーチェが発動してしまっている魔法の効果を解除することだ。ウィルや精霊たちの話だとアリーチェが起きたままでは無意識に抵抗してしまう可能性もあるらしく眠っている方が都合もいいらしい。
そんなシローとウィルのやり取りをロレッタとアルミダが不安そうに見守っていて。それに気付いたウィルは椅子を降りてロレッタたちの前に進み出た。
「だいじょーぶ。おねーさんはウィルたちが治すから」
胸を張ってみせるウィル。その様子からは気後れする様子がまるでない。失敗することなど微塵も考えていないようである。
「とーさま、ウィルはおねーさんの魔法の解析はできたよ。あとは夜を待つだけ」
「わかった。それじゃあ時間まで待機しててくれ」
「りょーかい」
シローの指示にウィルが畏まって敬礼をして。
「ネル、バハリム。あと、よろしくね。エリス、いこー」
「はい、ウィル様」
ウィルがミネルヴァとバハリムにアリーチェを任してエリスと共に退室する。
残されたシローたちの前にミネルヴァとバハリムが姿を現しロレッタたちが息を飲んだ。光の国の使者であるロレッタたちも精霊や幻獣を間近で見る機会はそうそうないようだ。
シローがウィルを見送ってからミネルヴァたちに視線を向ける。
「実際のところはどうなんです?」
それとなく父親としての心配が出てしまったのか、尋ねるシローにミネルヴァが笑みを浮かべた。
「滞りなく」
「ウィル様の成長ぶりには目を見張るばかりだ」
バハリムもウィルの成長速度に驚きを隠せないようだ。器用にその場で向きを変え、視線をアリーチェの方へ向ける。
「この娘に憑りついている不死はかなり強力なはずなのだが……ウィル様の前では小物にしか見えん」
バハリムの呆れの混じった評価を聞いたミネルヴァも思わず苦笑する。
その評価が正しいかどうかを確認するのは夜になりそうだが。
「私もウィルの護衛に立ちます。お二方とも、よろしくお願いします」
「了解しましたわ」
「心得た。ウィル様と共に我々も最善を尽くそう」
ミネルヴァにもバハリムにも焦った様子はなさそうで。自然体で精霊や幻獣とやり取りするシローの様子にやはりロレッタとアルミダは唖然として見守るしかないのであった。




