第9話 初討伐
その夜、村はざわついていた。不安からではない。――興奮からだ。
外れで警戒に立っていた男たちが、信じられないものを見るように夜の森を見つめている。
「本当に……静かだな」
「魔物の遠吠えが、聞こえない……」
日が落ちれば必ず届いていたはずの音。恐怖の前触れ。それが、今夜はどこにもない。
「……今日は、眠れるかもしれん」
誰かが呟いたその一言に、場の空気が止まった。眠れる――辺境の村にとって、それは贅沢すぎる願いだった。
やがて、視線がひとつ、またひとつと俺へ集まってくる。
「……アレンさんだ」
「あの人が、全部やってくれたんだ」
「い、いや、俺はやれることをやっただけで――」
言い終わる前に、子供が駆けてきて、小さな手で俺の服を掴んだ。
「ねえ! ほんとに、魔物いないの!?」
「ああ。少なくとも、今日は来ない」
そう答えた途端。
「……やったぁ!!」
子供たちが、弾けるように歓声を上げた。駆け出し、笑い、転んで、また笑う。夜の村に、長いあいだ絶えていた音が広がっていく。大人たちは、それをただ呆然と眺めていた。目を潤ませながら。
「……ありがとうございます。本当に……」
バルドの声が、震える。
「この村は、長い間、怯えながら生きてきました」
俺は首を振った。
「これが、当たり前でいいはずなんです。安心して眠れることが」
沈黙。次の瞬間、誰かが焚き火に薪をくべた。
「……今日は、祝おう。小さくても、いい」
その一言で、空気が変わった。鍋が据えられ、大事に取っておいた酒が開けられる。粗末だが、精一杯の料理が並んだ。強張っていた村人たちの顔に、ようやく笑みが戻っていく。
俺は焚き火のそばに腰を下ろした。隣に、リーファが並ぶ。
「……すごいですね。村がこんなに明るいの、久しぶりです」
「……そうか」
彼女は炎を見つめたまま、続けた。
「私、ずっと思ってました。いつか、誰かが助けてくれたらって。……でも、こんな辺境まで来てくれる人なんて、いないって」
俺は少し考えてから答えた。
「俺も、誰かに助けてほしかった」
リーファが、驚いたように目を見開く。それから、ふっと表情をほどいて笑った。
「……じゃあ、今はお互い様ですね」
焚き火の爆ぜる音が、やけに心地いい。見上げれば、星が瞬いていた。
――その時だった。
森の奥で、ひとつ、異質な気配が揺れた。魔物ではない。だが、人でもない。歓声のただ中で、それに気づいたのは、俺だけだった。
この平穏は、俺が守る。炎を見つめながら、そう決める。笑い転げる子供の声が、その決意に重さを与えていた。
あの気配の正体を確かめないかぎり、村の夜は本当には明けない。俺は、暗い森の一点から、目を離さなかった。
守れる場所を、ようやく見つけた。それでも彼が村を出る理由を、次話で明かします。




