第86話 同行者の立ち位置
空白地帯の朝は、妙に澄んでいた。
昨夜の境界は現れない。
だが、誰も気を抜いていない。
管理装置は沈黙したまま。
観測班は交代で見張りを続けている。
「……眠れましたか」
リーファが、アレンに声をかける。
「少しな」
本当は、ほとんど眠っていない。
だが、それを言う必要はない。
少し離れた場所で、
ミレナが地図を広げている。
境界の発生地点、
揺れの方向、
避難経路。
昨日の判断を、振り返っているのだ。
「……間違ってたら」
ぽつりと呟く。
アレンは、隣に立つが、
覗き込まない。
「何がだ」
「避難を優先したこと」
「踏まなかったこと」
「何もしなかったこと」
拳を握る。
「もし、あれが拡大してたら」
「拡大しなかった」
「結果論です」
アレンは、少し考えてから言う。
「結果論でいい」
「……え?」
「判断は、未来を見てできない」
「できるのは、今持ってる情報だけだ」
ミレナは、黙る。
管理がある世界では、
基準がある。
統計がある。
成功率がある。
だがここでは、
“その場の自分”しかない。
「俺はな」
アレンは、空を見ながら言う。
「正解を持っていない」
「でも、知ってることはある」
「何ですか」
「一人で背負うな」
ミレナは、目を上げる。
「昨日の判断は、お前だけのものじゃない」
「全員で選んだ」
「……でも、最後に言ったのは私です」
「最後に言う役が回ってきただけだ」
沈黙。
風が、草を揺らす。
「じゃあ、アレンさんは」
ミレナが、ゆっくり聞く。
「何なんですか」
「判断もしない」
「命令もしない」
「正解も出さない」
「何のために、ここにいるんですか」
少し、間を置く。
答えを探すというより、
言葉を選ぶ時間だ。
「同行者だ」
「……同行者?」
「ああ」
「決めない」
「だが、逃げない」
「間違えた時に」
「一緒に受け止める役だ」
ミレナは、言葉を失う。
管理の世界では、
責任は制度に向く。
空白地帯では、
責任は個人に向く。
だが――
誰かが横に立っていれば、
完全な孤立にはならない。
「それって」
ミレナが、少し笑う。
「ずるくないですか」
「ずるい」
アレンも、わずかに笑う。
「英雄じゃないからな」
遠くで、見張りの声が上がる。
「揺れ、微弱!」
全員の視線が向く。
小さい。
だが、確かにある。
誰も、アレンを見ない。
ミレナが、深く息を吸う。
「観測継続」
「避難は待機」
「拡大兆候が出たら即移動」
短く、明確に。
その声は、
昨日よりも、迷いが少ない。
アレンは、何も言わない。
ただ、隣に立つ。
空白地帯。
ここでは、
管理も万能ではない。
冒険者も万能ではない。
だが――
**一人で決めなくていいという事実が、
人を前に進ませる。**
第四章は、
裁定者ではなく、
同行者としての冒険者を、
ゆっくりと形にしていく。
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