第82話 動かない前提
揺れが、わずかに広がる。
地面の砂が、音もなく震えた。
「……拡大、してます」
若手技師の声が、硬い。
「装置は?」
「干渉なし」
「波長が、合っていない……?」
管理装置は、ただ光らない結晶のまま沈黙している。
ミレナが、一歩前に出た。
「避難、先にやります」
「判断理由は?」
アレンが、静かに問う。
試すような声音ではない。
ただ、確認だ。
「規模は小さい」
「でも、揺れが不規則です」
「読めない」
「読めないから?」
「読めないから、動かす」
一瞬、アレンは頷いた。
「いい」
それだけ。
ミレナは、息を吐き、
周囲の住民に向き直る。
「南側に移動!」
「荷物は最小限!」
「子供と年寄り優先!」
声が、少し震えている。
だが、止まらない。
若手冒険者たちも動く。
誰も、装置の指示を待たない。
管理がない。
だから、
自分で考えるしかない。
境界が、今度は横に裂けるように揺れた。
「形が……変わってる」
技師が、青ざめる。
従来の円形波ではない。
線状に伸び、
地面を撫でるように走る。
「踏めるか?」
誰かが言う。
ミレナが、一瞬だけアレンを見る。
アレンは、何も言わない。
境界を観察するだけだ。
「……踏まない」
ミレナが、自分で決めた。
「性質が分からない」
「代償も分からない」
「分からないものに、賭けない」
その言葉は、
第三章の彼女からは出なかっただろう。
境界が、鋭く光る。
だが、
広がらない。
揺れは、数分続き――
やがて、静かに薄れた。
消えた。
完全ではない。
だが、収束した。
誰も、すぐには動かなかった。
確認。
二次波。
余震。
慎重に、時間をかける。
「……終わり、か」
若手技師が、力なく座り込む。
「管理がなくても……」
「なくても、じゃない」
アレンが、静かに言う。
「管理が“通じない場所”だっただけだ」
「それでも、世界は動く」
ミレナは、息を整えながら呟く。
「怖いですね」
「ああ」
「でも」
彼女は、境界があった場所を見る。
「ちゃんと、怖かった」
その言葉に、
アレンはわずかに目を細めた。
管理は、恐怖を薄める。
だが、
恐怖があるから、
人は考える。
空白地帯。
そこは、
制度の欠落ではない。
**思考を強制される場所**だ。
遠くで、もう一度、
かすかな揺れが走る。
第四章は、
まだ始まったばかりだった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




