第73話 戻れない線
境界管理は、止まらなかった。
止まる理由が、ない。
事故は少ない。
成果は出ている。
反対の声も、大きくはならない。
だからこそ――
引き返す理由も、消えていく。
「……正式決定です」
ロイドが、重い声で告げた。
「境界管理体制を」
「常設制度として、導入する」
会議室は、静まり返っている。
反対は、なかった。
慎重論は、あった。
だが、否定は出なかった。
「技師派遣」
「装置配備」
「判断基準の一本化」
「緊急時の最終判断は」
ロイドは、一瞬だけ言葉を区切る。
「管理責任者が行う」
つまり――
人が、決める。
だがそれは、
現場の人間ではない。
遠くの机で、
書類を見ている人間だ。
「……もう、戻れませんね」
会議後、リーファが呟いた。
「ああ」
否定しない。
一度“便利”を知った世界は、
不便を受け入れられない。
管理が始まった瞬間、
世界は、その形に最適化され始める。
「……アレンさん」
リーファが、静かに聞く。
「それでも、行かないんですね」
「行かない」
即答だった。
「今、俺が行けば」
「“管理の失敗”を、俺が補うことになる」
「それは」
「この仕組みを、正当化する」
ロイドも、分かっていた。
「……だから」
彼は、苦い顔で言う。
「俺たちが、背負う」
「背負え」
冷たい言葉に聞こえるかもしれない。
だが、逃げではない。
選んだ者が、背負う。
それが、唯一残された責任だ。
数日後。
境界は、抑えられ続けている。
街は、平穏だ。
だが――
“判断する人間”は、減った。
現場は、指示を待つ。
判断は、上に集まる。
例外は、嫌われる。
誰も、悪くない。
誰も、間違っていない。
それでも、
線は越えられた。
丘の上。
風に当たっていると――
「……完全に、渡ったな」
旅装の男が、静かに言う。
「……ああ」
「戻れないか?」
「戻れる」
アレンは、答える。
「だが」
「戻れば」
「同じことを、もう一度やる」
管理を否定し、
中心に立ち、
判断を背負い、
また、依存を生む。
それは、
解決ではない。
「……だから、行かない」
男は、ゆっくり頷いた。
「選ばなかったな」
「選ばなかった」
便利な世界。
管理された境界。
減った被害。
それらを、
否定はしない。
だが――
それを“完成形”とも、認めない。
追放された無能魔術師は、この日、
**世界が越えてしまった線を、はっきりと見届けた。**
そして同時に、
自分が、もう戻らない場所も。
管理の外。
判断の外。
象徴の外。
それでも。
考える者が、残る限り。
選ぶ余地が、消えない限り。
世界は、
まだ――終わらない。
彼は、冒険者として、
その“外側”に立ち続ける。
戻れない線の、
向こう側で。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




