第68話 便利な世界
境界技師エルドの装置は、
想像以上に“静か”だった。
大きな詠唱も、
派手な光もない。
ただ、
境界の前に結晶を設置し、
数式のような符号を刻むだけ。
「……これで、終わりです」
エルドが言う。
数分後。
境界は、
何事もなかったかのように、消えた。
「……踏まなくて、いいんだ」
若い冒険者が、思わず呟く。
「判断も、不要」
エルドは、穏やかに言う。
「規定通りに設置すれば、結果は出ます」
現場に、安堵が広がる。
誰も、迷わない。
誰も、責められない。
数日後。
街の対応は、明らかに変わった。
「境界? ああ、技師を呼べばいい」
「踏む踏まないで揉めなくなったな」
「事故も、減った」
事実だ。
被害件数は、激減。
対応時間も、短縮。
書類の山を見ながら、
ロイドが言う。
「……数字だけ見れば、理想だ」
「ああ」
否定はできない。
ミレナも、装置を使う側に回っていた。
「……楽ですね」
彼女は、正直に言う。
「考えなくていい」
「決められてる」
それは、救いだ。
判断を背負わなくていい。
失敗しても、個人の責任じゃない。
「……不安は?」
俺が聞くと、
ミレナは少し考えた。
「今は、ないです」
正直な答え。
ユイも、街での変化を感じていた。
「境界がね」
「怖くなくなった」
それは、良いことのはずだ。
だが――
違和感は、消えない。
丘の上。
風に当たっていると――
「順調だな」
旅装の男が、言う。
「……ああ」
「誰も、困っていない」
「困っていない」
だが、
誰も、考えていない。
「……選ばなくて、いい世界だ」
「そうだ」
男は、静かに言う。
「そして」
「一度それに慣れたら、戻れない」
俺は、目を閉じた。
便利さは、
必ず――基準を塗り替える。
追放された無能魔術師は、
この日――
“管理された境界”がもたらす、
完璧に近い成果を、
否定できずに受け止めていた。
だからこそ。
この世界は、
次の段階へ進もうとしている。
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