第60話 選ばれなかった道
その報告は、朝一番に届いた。
「……東の湿原都市だ」
ロイドが、地図を指で叩く。
「境界発生の兆候」
「規模は、かなり大きい」
俺は、黙って話を聞いていた。
「都市側は」
ロイドが続ける。
「お前を指名してきた」
予想は、していた。
湿原都市は、境界を“使う”判断をした場所だ。
踏むことを、恐れなかった街。
それによって、
被害を抑えてきた実績もある。
「条件は?」
「常駐」
「判断は、全てお前に委ねる」
つまり――
俺が行けば、救える。
間違いなく。
リーファが、俺を見る。
「……行かない、んですよね」
「ああ」
即答だった。
理由は、たくさんある。
だが、一つで十分だ。
「そこは」
「俺が行く場所じゃない」
ロイドは、何も言わなかった。
分かっているからだ。
湿原都市は、
“踏む”という選択を、すでに自分たちでしている。
そこに俺が入れば、
判断が、俺のものになる。
それは――
彼らの道を、奪うことだ。
昼過ぎ。
街の外れで、
ユイとすれ違った。
「お兄ちゃん」
「どこか、行くの?」
「いや」
「行かない場所が、あるだけだ」
ユイは、少し考えてから言った。
「……それって」
「大事?」
「大事だ」
「じゃあ」
ユイは、小さく笑う。
「ぼくも、踏まない」
その言葉が、胸に残る。
選ばれなかった道は、
無意味じゃない。
誰かが、歩いている。
夕方。
丘の上で、
最後にもう一度、空を見上げた。
「見送ったな」
旅装の男が、静かに言う。
「……ああ」
「後悔は?」
「ある」
否定しない。
「だが」
「行けば、もっと後悔した」
男は、満足そうに頷いた。
「それでいい」
「世界は」
「一人で救うものじゃない」
「だが」
「一人が、踏まないことで」
「救われる形も、確かにある」
風が、強く吹く。
男の姿は、もうなかった。
翌朝。
ギルドの掲示板に、
新しい依頼が貼られていた。
どれも、普通の仕事。
討伐。
護衛。
調査。
その中に、一枚。
件名:境界観測
発行元:湿原都市
備考:自立対応を前提とする
俺は、それを見て、
小さく息を吐いた。
選ばれなかった道は、
消えたわけじゃない。
誰かが、歩き始めただけだ。
追放された無能魔術師は、
この日――
救える場所と、
救わない場所を、
自分の意思で選び切った。
それが、逃げではないことを、
彼自身が一番よく知っている。
境界は、これからも現れる。
人は、これからも踏む。
それでも。
踏まない者がいて、
考える者がいて、
選ぶ余地が残る限り。
世界は――
まだ、壊れない。
彼は、冒険者として、
その場所に立ち続ける。
次の依頼を、
自分の足で選ぶために。
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