第59話 冒険者の限界
その依頼を、俺は断った。
断ること自体は、珍しくない。だが今回は、少し勝手が違った。
「……理由は」
ロイドが、静かに聞いてくる。
「俺じゃ、ない」
それだけ答えた。
依頼は、境界が頻発する地域への常駐要請だった。期間は未定。要するに、その土地に居座る“守り神”になれ、という話だ。
「できるだろう」ロイドは言う。「お前なら」
「できる」
否定はしない。だが、と俺は続けた。
「それを始めた瞬間、俺は冒険者じゃなくなる」
ロイドが、黙り込む。
街を守る。人を救う。それ自体は、尊い。だが、そこに居続けることは、話が別だ。守り神が根を張れば、その足元に“依存”が生まれる。
「俺がいなければ何も決められない――そんな場所を、作りたくない」
リーファが、少し驚いた顔をした。
「……それって、見捨てる、ということですか」
「違う」俺は首を振る。「手放す、だ」
任せる。考えさせる。選ばせる。それも、救いの一つのかたちだ。
その夜、丘へ上がると、旅装の男が先に立っていた。風が、乾いた草を鳴らしている。
「限界を、認めたな」
「……ああ」
「怖くないか」
「怖い」正直に答えた。「俺がいなくなったあと、誰かが間違った選択をするかもしれない。死人が出るかもしれない」
「それでも、か」
「それでも」
男は、少しだけ笑った。
「だから、お前は冒険者なんだ。全能を、捨てた」
「……最初から、持ってない」
「違う」男は、はっきり言った。「持てる立場に立って、それでも持たなかった。その差は、大きい」
翌朝、ギルドの掲示板には、いつもの依頼が並んでいた。討伐、護衛、調査――どれも、ありふれた仕事だ。
その中に、一枚。
件名:境界調査
備考:アレン・フェルド指名ではない
わざわざ「指名ではない」と添えられたその一行を見て、肩から力が抜けた。
「……いいですね」リーファが微笑む。「ちゃんと、“戻ってます”」
「ああ」
俺は、冒険者だ。誰かの代わりに世界を背負う存在じゃない。選んで、動いて、去る。それが限界であり、役割でもある。
名前を書く手が、少しだけ軽い。この一枚には、俺の中にある六つがひとつも要らない。要らない場所が増えるのは、悪くなかった。
できることより、やらないことを選ぶ。あの一枚は、俺一人が抜けても回り始めた街の、最初の証だった。だから明日は、“指名ではない”あの調査に、ただの一冒険者として名前を書きに行く。
限界を認めた矢先に、名指しの依頼が届きます。次話、境界を“使う”と決めた街から。




