第51話 名前が動く
その変化は、静かだった。
だが、確実に――
広がっていた。
「……増えましたね」
リーファが、ギルドの掲示板を見ながら言う。
「何が?」
「名前です」
視線を向ける。
依頼書の本文ではない。
備考欄。
走り書きのような一文。
※アレン・フェルドに確認希望
※可能なら、アレン氏の判断を仰ぎたい
「……これは」
ロイドが、苦い顔をする。
「公式じゃない」
「だが、現場判断だ」
つまり――
**“アレンを呼べばいい”**という空気が、
現場に浸透し始めている。
「昨日の事故が、効いたな」
ロイドが言う。
「助かった連中が、喋ってる」
俺は、静かに息を吐いた。
(……来たか)
力が評価されるより、
名前が期待される方が、厄介だ。
受付嬢が、申し訳なさそうに声をかけてくる。
「あの……」
「直接、聞きに来てる人もいます」
「……通して」
ギルドの隅。
そこにいたのは、
見覚えのある商人だった。
以前、“相談”を持ちかけてきた一人。
「アレンさん」
「昨日の件、聞きました」
「それで?」
商人は、深く息を吸い――
言葉を選びながら口を開く。
「次は」
「失敗したくないんです」
「だから」
「最初から、あなたに……」
俺は、首を振った。
「それは、違う」
「……何が」
「あなたは」
俺は、静かに言う。
「判断を、俺の名前に預けようとしている」
商人は、言葉に詰まる。
「それは」
「責任を、移すことだ」
重い沈黙。
「……助けたじゃないですか」
商人が、絞り出すように言う。
「昨日の事故」
「助けた」
俺は、認める。
「だが、代わりに決断はしていない」
商人は、視線を落とす。
「……どうすればいい」
その問いは、正しい。
俺は、少しだけ考え――答えた。
「決めるんだ」
「自分で」
「どこまで踏み込むかを」
「俺は」
「結果を見て、止めることはできる」
「だが」
「最初の一歩は、あなたが選べ」
商人は、しばらく黙っていたが――
やがて、深く頭を下げた。
「……分かりました」
去っていく背中は、
軽くはない。
だが、それでいい。
夕方。
ギルドの外で、
冒険者たちの会話が聞こえた。
「アレンなら、どうするかな」
「いや、呼べばいいだろ」
「……それ、違うだろ」
最後の一言に、
少しだけ救われる。
名前が動くのは、避けられない。
だが。
名前に、決断を預けさせない。
それだけは、譲らない。
丘の上で、風に当たっていると――
「いよいよだな」
旅装の男が、静かに言った。
「力の次は、名前」
「次に来るのは……」
「象徴、だろ」
男は、口角を上げる。
「分かっているなら、いい」
風が吹き、
男の姿は消えた。
追放された無能魔術師は、
この日――
“最強”よりも厄介なものが、
自分の名前だということを、
はっきりと理解した。
境界は、まだ壊れていない。
だが。
人は、
楽な答えを、必ず探す。
それを拒み続けることこそが、
今の彼の――戦いだった。
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